魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第10話 獣②

佐倉杏子の紅の視線の先。

抑揚のない声の根元にいたのは、雪のような純白の毛皮を纏った獣であった。

大きさは成猫のそれとほぼ等しく、前例の生物と同じ姿勢でソファの上に座している。

 

ソファの手摺の上に、それは声以外の前触れも無く忽然と現れていた。

四足が床を踏む音も、更には身体が大気を縫って進む音すらも聞こえなかった。

だがこの辺りは承知の上なのか、杏子が特に驚いた様子は無かった。

 

代わりに、別の感情を抱いていた。

普段なら気にもせず、淡々と用を済ませただろう。

だが今回は少しばかり違っていた。

気の抜けない相手が身近にいる事と、厄介極まりない同族との激戦により、

彼女の猜疑心は研ぎ澄まされていた。

それによって、紅の眼には観察者の眼差しがあった。

 

異界から来たかのような女顔と不気味な黒い魔法少女。

この両者はそれぞれ異常にしぶとく、また何をしでかすか分かったものではないため、

僅かな変化も見逃すまいと相手を分析する癖が付いていた。

 

それ故に、杏子は改めて獣の姿をつぶさに見た。

己に力を与えた者の姿を。

 

「久しぶりだね」

「呼ばれたのは久々だからね」

 

杏子の社交辞令的な挨拶に、獣は素っ気なく返した。

不備を指摘するかのような、いらぬ反感を買いそうな言い回しだが、獣は気にした風もない。

杏子もまた同じであった。

 

「近頃もあれかい、魔法少女の世話でもしてんのか?」

「そんなところだね。近頃は君たちの数も増えているから、色々な所を廻っているよ」

 

言葉を交えつつ、獣の各部を見る。

大きさは先の通り成猫のそれであり、顔の形もやや近い。

赤い眼の中には、獣を見据える杏子の姿が映っていた。

 

「(よくよく見ると、血の珠みてぇな眼ぇしてんだな)」

 

それ故に、獣の眼に映る自分はまるで、血の池に堕ちたかのようだった。

また嫌悪感を堪えた杏子の眼に、蠢くものが映った。

それは獣の背の奥にあった。

背中で揺れるのは、体に匹敵するサイズの狐尾に似たふっさりとした尾。

白い饅頭に似た頭部に生えた猫のような外耳。

その外耳から伸びた…謎の器官。

 

形状としてはデフォルメされた人間の手か、或いは鳥類の翼に見える。

手だか翼だか分からない器官の先端、

手で言えば指先に当たる部分には淡い桃色が広がっている。

そして更に桃色が白色と交わる位置、再び手を例にすれば手首に相当するであろう個所には

眩いばかりの金色の輪が浮かんでいた。

装着されているのではなく、器官を中央に据えて滞空しているのだった。

補足するまでも無く、物理法則に反している。

 

結論。

 

「…胡散臭ぇ」

 

言った本人でも聴き取れないような、か細い声だった。

それだけに、その意思は強かった。

 

「眠いのかい?」

 

欠伸の変形と思ったのか、獣は尋ねた。

 

「まぁね。ここ最近ロクに寝れてねぇ」

「君達の私生活に干渉するつもりはないけど、体調管理は大事だよ」

 

抑揚のない声で獣は語る。

「淡々とした口調」という事例のサンプルとして使えそうな音階だった。

序に杏子は思った。

そういえばこいつ、体調についてはとやかく言う事が多いな、と。

 

「魔法少女は貴重だからね」

 

一応の礼を述べようかと開かれた杏子の口は、獣が続けたその一言で硬直した。

 

「気に掛けてくれんのはいいけど、モノみてぇに言うんじゃねぇ」

 

癪に障るが便利な兵器に近い同居人と、不気味で不死身の美しい魔法少女。

これらは佐倉杏子をして非現実的な存在にも思えたが、

一方で実際に剣戟を交わし、命を削り合った仲でもある。

 

だから否が応にも、迫りくる生命力の波濤が感じられた。

例えそれが、黒い魔法少女の虚無的なそれであったとしても。

『現実』として彼女の前に立ち塞がった生命であった。

 

だが眼の前にいる獣からは、それが感じられない。

抑揚のない声は機械のそれを思わせ、時折の瞬きは見受けられつつも、

その眼からは一切の感情の発露が伺えなかった。

血玉のような眼は、感情移入を拒絶するような意匠さえ感じられる。

 

対比の相手が生々しい存在だっただけに、獣の無機質さがより際立って感じられていた。

 

またそれでいて、精緻な縫い包みに植え付けられた美しい毛並みや

柔らかそうな体つきから、身体は肉で出来ているというのは分かる。

矛盾しているようだが、例えるなら、肉で出来た機械といったところだろうか。

正直なところ、食欲と憎悪と悪意に満ち、

斬れば悲鳴と血肉を撒き散らす魔女どもの方が生き物らしさがある。

 

それどころか…杏子が指先に引っ掛けるようにしてぶらさげた奇妙なキャラクターの方が

まだ生命感に溢れているようにすら思える。

 

「ところで、要件はそれかい?」

 

「お手」をするように、獣が左脚を持ち上げた。

ふっくらと膨らんだ指先には、闇の光を放つ袋が下げられている。

 

ああ、そうだ。さっさと済ませよう。

ただでさえ疲れてるってのに、深く考えたあたしがバカだった。

野郎が戻ってくると面倒だ、さっさと帰って貰っちまおう。

 

そう思い、杏子は袋の口に指を添えた。

「うさぎいも」の頸椎あたりにある袋の口が開かれ、闇の一角が外気に触れた。

その時だった。

 

杏子は手を止めた。

獣は顔をくるりと廻した。

血色の眼の先には、教会の入り口があった。

そこから屋内に侵入する光が、人の姿に切り取られていた。

杏子は溜息を吐いた。

 

「…毎度毎度、タイミング悪ぃんだよ。クソバカヤロウ」

 

悪罵が聴こえなかったか、或いは無視しているのか。

陽光を背に、一人の少年が薄暗がりの中に足を踏み入れた。

白い皮手袋で覆われた右手が、底部が変形した工具箱を下げていた。

土足でずかずかと、それでいて床板を傷めないように歩いていく。

 

歩みは止まらず、遂に祭壇の麓へと辿り着いた。

上体が僅かに下がり、工具箱を床に丁寧に置いた。

次の瞬間、少年の足の爪先が床を軽く蹴った。

音も無く跳躍、そして着地。

少年が降り立った場所は、獣の直ぐ傍だった。

 

「なんだこいつ」

 

若干の困惑と、隠しきれていない(尤も、隠す気があるとも思えなかった)嫌悪感を

童顔に浮かばせながら、ナガレは魔法少女に尋ねた。

当の杏子は返答はせず、尻を浮かせて身体を真横へとスライドさせた。

厄介事からの退避であった。

因みに彼が、魔女や魔法同様一般人では認識不可能な獣を視認出来た事については、

 

「(ま、そうだろな)」

 

と平然と受け止めていた。

寧ろここまできて、見えていなかったら滑稽だった。

予測の範疇にありすぎて、思わず欠伸が出そうになったほどだった。

ただ、馬鹿にできる要素を一つ失った杏子は少しだけ残念そうに見えた。

 

「やぁ」

 

獣がナガレへと声を掛けた。

彼は獣へ視線を向けた後、再び杏子の方を見た。

彼の眼は疑惑に満ちた視線を送っていた。

魔力を用いての嫌がらせかと思っているのだろう。

 

杏子は射殺すような視線で返した。

虚空にて、静かな死闘が始まり、直ぐに終わった。

浴びた殺意の凝集が、彼からの疑いを蹴散らした。

 

「てことは、つまりこいつは、魔法少女ものでいうとこの…インベーダーか」

「………」

 

意味不明の言葉に、杏子の殺意は呆れへと変換された。

違うのか?と、少年が闇色の眼で問い掛ける。

先程の視線のやり取りが繰り返され、

 

「あー…じゃあ、お前らの元締めってとこか」

 

二秒ほど考え、仕方なく杏子は頷いた。

気に食わない言い方だが、間違ってはいないし他の言い方が思い浮かばない。

妖精とも言えるが、妖精という立場というか役職が分からない。

 

それとインベーダーとは確か、主に侵略者を表す言葉だったと

ゲーセンでの経験からぼんやりと思い出した。

この物騒な少年の眼には、架空世界の魔法少女と戯れる可愛らしいマスコットが

人間世界に侵入した異界の存在と映るのだろう。

間違ってはいないだろうが、物語を楽しむものの視点とは、とてもじゃないが思えない。

 

予想はしていたが、この少年がどんな視点を以て魔法少女作品を

読み耽っていたのかがよく分かる一言だった。

こいつはあくまでも物語としてではなく、

現実の延長線として魔法少女作品を読んでいたのだろうと。

勉強という意味も合点がいった。

空想の魔法少女から、現実の魔法少女への対抗策を考えていたに違いない。

 

「君には僕が見えるんだね」

「あぁ、いい毛並みしてんな。つうか口まで利けるのか」

 

気が付くと、獣と少年の会話が開始されていた。

先の杏子と同様に、少年は獣の姿を貫くような視線で見ていた。

恐らくは肉突きや骨格も見ているんだろうなと、彼女は思った。

 

「僕の手入れをしてくれる子は多くてね」

「自慢かよ。ていうかてめぇ、その声で雄だってのか」

「それを云うなら、君の方も同じじゃないかい?」

「…あ?」

「説明不足だったようだね。口調は兎も角、君の声の音程は第二次成長期の少女のそれだ」

「喧嘩売ってんのか、このインベーダー野郎」

「僕の名前はキュゥべぇだよ」

 

少年から湧き上がる怒りの発露にも、獣の態度は変わらない。

忌々しい程に生命力あふれる少年と、虚無的な獣の対比はこの上なく分かりやすいものであった。

杏子が眺めている間にも、両者のやり取りは続いている。

何時の間にか獣は自分の名前を名乗ってすらいた。

 

この様子に杏子はデジャヴを感じた。

彼と黒い魔法少女との対話にどことなく近い。

 

 

そしてどうでもいいが、いや、よくはないが。

近い。

現象の相似性ではなく杏子と彼らの距離は、物理的に近い。

 

獣が腰かけている手摺とは逆方向の手摺へと身を寄せたが、それでも近い。

杏子の眼の前でコミュニケーションを続ける胡散臭い獣と異界から来たかのような少年は、

彼女にとって素晴らしく邪魔な存在だった。

 

さっさと用を済ませなかったことと、そしてらしくもない真面目さなど出さず、

寝入ってしまえばよかったと、杏子は自分の行動選択を呪わしく思い始めていた。









QBの口調、これでいいのかが凄く気になります。
自分語りになりますが、個人的にインキュベーターは結構好きです(得体の知れない宇宙生物としてという事で)。
流石に「自分らが干渉しなければ、君らは今でも猿のままだったよ(意訳)」とは傲慢な気がしますが。
個人的には、彼らの起源や歴史について興味が尽きないところです。

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