魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第57話 黒と黒 其の二

 耳が張り裂けそうなほどの爆音が鳴り響く。

 正確には鳴り続けると言うべきか。

 等間隔を置いて、地面が砕かれる音が生じる。

 音は人型の獣が疾駆する際の、地面を破壊する音だった。

 異界の地面を割砕きながら、身長約三メートル、白銀の装甲を纏った直立した猛虎のような姿の異形が時速二百キロの速度で以て、体重三百キロの重さを微塵も感じさせずに疾駆する。

 縦にも横にも広がった巨体、巨躯の厚みもまるで巨大な鉄塊だった。

 

 それが走り抜けた先には、白と黒の衣装を纏った少女がいた。

 白銀の虎の半分程度の大きさの細身の身体。

 激突どころか、掠めただけで赤く染まった白黒の破片となりそうだった。

 だが接触の直前、少女は薄く微笑んでいた。

 黒い眼帯で覆われた右眼の下と、露わとなっている左眼に浮かぶのは嘲弄の色。

 

 泰然と下げられた少女の両手が霞んだ。

 直後に轟音が鳴り響く。

 猛虎の突進は、少女の立っていた位置から二メートル足らずで停止していた。

 爪が生え揃った巨大な足が地面を抉りながら前に進もうとするも、地面を破壊するばかりで進めない。

 抉れた地面に、黒い液体が降りかかる。

 

 発生源は猛虎が伸ばした両手だった。

 巨大な両手から生えた、これもまた巨大な爪を切り裂いて、黒い刃が猛虎の両手を串刺しにしていた。

 その刃は、白黒少女の両手側面から生えていた。

 前に突き出た切っ先の形は、大鎌か刃渡りの長い大斧を思わせた。

 

 

「死神の斧…リーパートマホークとでも名付けとくかな。呼ぶ機会は無さそうだけど」

 

 

 苛立たし気に吠える猛虎を前に、呉キリカは涼し気な口調で言った。

 視線は虎には向かず、自らが生成した黒い刃を眺めている。

 莫大な衝撃を真っ向から受け止めたが故に、彼女の足は踝まで地面に埋まり、膝からは骨が飛び出ていたが平然とした様子だった。

 

 

「性能のテストに付き合ってくれてご苦労。感謝を評するよ」

 

 

 言い様、キリカは地面から右脚を引き抜いた。

 そう見えた時には蹴りとなって放たれていた。

 分厚い装甲で覆われた白銀の猛虎の左脚が、キリカが放った右回し蹴りで粉砕されて巨体が傾斜する。

 その瞬間に両手の巨大な刃が眼にも止まらぬ速さで振るわれた。

 側面からの刃、キリカ曰くのリーパートマホークに加え、本来のメイン武装である手首からの赤黒い斧も発生させての斬撃。

 白銀の虎が原型を留めない程に解体されるまで、二秒と掛からなかった。

 あまりに早すぎて、相手の悲鳴や苦鳴さえ上がらない、迅速かつ残忍な処刑だった。

 

 

「ほいっと、魔法少女の責務完了」

 

 

 白銀の残骸がバラ撒かれる中、落下してきた物体を受け止めたキリカはそう告げた。

 何かの販売員らしき服装をした、気絶中の女性であった。

 先程までの残虐行為とは裏腹に、魔女モドキに取り込まれ中身とされていた女性を扱う態度は丁寧だった。

 

 お姫様抱っこの形で抱えてすたすた歩き、丁重に地面に置く。

 その場所には既に、三人の女性が倒れていた。

 スーツ姿に学生に私服にと、十代半ばから二十代前半くらいの三人だった。

 その位置からみて少し離れた先には、異様な存在が山となって積み上げられていた。

 

 

「うん。身体の調子や魔法に問題なし。寧ろ絶好調、というかノリすぎかも」

 

 

 腕の刃を全て消滅させてキリカは言った。

 黄水晶の視線の先には、複数の異形達の蠢く姿があった。

 ただしどれも半壊以上、死ぬ寸前未満に肉体を破壊されていた。

 先程の猛虎の同種と思しき存在は、顔面を胴体に陥没させられた挙句、肩で捥ぎ取られた両腕を背中から杭のように打ち込まれていた。

 近くで蠢くのは、八本の脚を全て切り落とされた蜘蛛だった。

 

 落とされた脚はレイヨウ型の異形の腹から口に掛けてを貫通し、逆さまに地面に突き刺された串刺し刑とされている。

 またこれは通常の魔女らしい残骸もあったが、大きさが一変辺り四十センチ程度の立方体とされて数十の破片とされており、原型が全く分からなかった。

 動かないながらに必死に動こうとし、断面から内臓を零して蠕動している様子は、加害者であるキリカから逃げようと必死になっているように見えた。

 或いは、一刻も早く死にたいのか。

 

 蠢く魔女の肉片、そこに残った眼球や、串刺しにされても死にきれないレイヨウや胴体に首を埋め込まれた猛虎などの魔女モドキ。

 それらの視線は一転に注がれていた。

 こちらに向けて右手を掲げた、黒い魔法少女の姿を。

 

 

「それじゃ、君たちもご苦労さん。今度は別の生き物になって生まれなよ」

 

 

 言い終えた途端、キリカの右腕が黒い装甲に覆われた。

 装甲は両側面から翼のように広がり、握られた拳の前に切っ先を突き出した巨大な刃と化した。

 

 

 

「ヴァンパイアカッター」

 

 

 形の形成が完了した瞬間に飛翔し、魔女と魔女モドキをその質量と速度、そして異常なまでの鋭利さで切り裂いて絶命させた。

 同時に異界が消え失せ、悪夢の世界が現世に変わる。

 生物の内臓を裏返しにしたかのような極彩色の色彩は、無機質なコンクリの色へと変わった。

 壁紙も敷物も無く、剥き出しのコンクリが四方に広がっている。

 元となった空間は、廃墟となったビルだった。

 

 

「それで、どうだい調子は?」

 

「うーん…」

 

 

 異界から戻ったと云うのに変身したまま、呉キリカは背後に声を掛けた。

 困ったような声が返ってきた。

 振り返ったキリカの前に、緑パーカーに白いジーンズを履いた長い黒髪の少女がいた。

 ナガレと杏子の私服の予備を着た、記憶喪失少女のかずみである。

 

 

「ごめん。やっぱり変身出来ないみたい」

 

「そっかぁ…」

 

 

 申し訳なそうに告げるかずみに、キリカは心配そうに声を掛けた。

 それらは共に心からの様子であった。

 

 

「体調は?」

 

「ちょっと変な気分、かな」

 

「率直に聞くけど、生理かい?」

 

「んーん、そういうのじゃないかな。でも血がなんか変な感じする」

 

「例えば?」

 

「血管の中の血が、どろどろとしてうまく流れない感じ…かな」

 

「それは辛いね」

 

 

 キリカは思わず目を伏せた。

 多少なりとも吸血鬼をイメージとする魔法少女なだけに、かずみの陥っている体調不良が如何に彼女を不快に陥らせているのか想像出来てしまったのだろうか。

 

 

「ごめんね。役立たずで」

 

「それは違う」

 

 

 かずみの謝罪を、キリカは切って捨てるように言い返した。 

 静か且つ力強い否定だった。

 

 

「さっき私が腕から生やした刃や、あの巨刃を投じる術は君の戦い方を見ていて思いついたんだ。君は立派に役に立ってる。役立たずだなんて、それが例え君本人の言葉でも私は認めないし赦さないよ」

 

 

 キリカの放った技は佐倉杏子の記憶を読み込んだものであり、源流はナガレのものである。

 しかしながら、それを魔法の技として放つ為のイメージとしたのはかずみのドリルプレッシャー及びアトミックパンチである。

 それに対して、キリカは深い感謝と敬意を抱いていた。

 普段の彼女を知る者、魔法少女界隈に属する者がこの様子を見たら、今のキリカは偽物では無いかと疑うほどの別人ぶりだった。

 

 

「ほんとに?」

 

「ほんとほんと」

 

「マジで?」

 

「マジマジ。大マジ」

 

 

 確認のための問いと、肯定の言葉。

 それらを重ね合わせた後、二人は噴き出し、そして爆笑となった。

 腹を抱えて暫く笑う。収まり掛けた頃、キリカは口を開いた。

 

 

「ところでかずみん。ああ、これ今考えたあだ名ね。使っておっけー?」

 

 

 まだ笑い続けているかずみは、右手でOKの形を作って返した。キリカは満足げに頷いた。

 

 

「君、記憶喪失との事だけど私に見覚えとかはない?」

 

「あはははは……んーー?」

 

 

 かずみは首を傾げた。キリカも似たように首を傾げる。

 そのまま十数秒が経過した。

 

 

「無いかな。佐倉杏子を乗っ取ってた時が、普通の意味とはちょっと違うけど初対面だったと思う」

 

「言葉にすると随分と狂った状況だね。なるほど、了解」

 

 

 キリカは頷いた。

 

 

「そういう事か」

 

 

 その呟きは声には出さず、心の中で呟かれていた。

 

 

「さて、そろそろ帰るとしようか。魔法少女するのも終えたし、また変なのと遭遇しても困る」

 

「じゃ、ここから降りよっか」

 

「…ん?」

 

 

 窓際へと歩いていくかずみを、キリカは不思議そうに眺めた。

 ガラス窓を開けた時、

 

 

「え、ちょ!」

 

 

 と叫んでいた。

 開いた窓から、ビル風が吹き込む。

 ここは二十階建てであり、来るときは魔法少女化したキリカがかずみを背負って階段を走った。

 窓の下では、車や人が米粒程度に見えている筈である。

 キリカの静止も聞かず、かずみは窓の外へと身を投げた。

 

 

「おいおいおいおいおいおいおい!」

 

 

 焦りながら走り、窓の下を見る。

 かずみの身を預かった自分の大失態、という思考は全く無く、ただかずみを心配していた。

 見降ろした視線の先に、壁面に生じた窓などの窪みを蹴って、ステップでも踏むような気軽さで、且つ的確で迅速に下降するかずみの姿が見えた。

 まるで山岳地帯に生息する山羊の一種である。

 しばらく様子を見て、問題は無さそうと察知したキリカは安堵の声を漏らした。

 その息を吐き終えると、

 

 

「なるほど。素でも身体能力は弱い魔法少女程度はあるって事かな。となると、今回のかずみシリーズはこれまでと比べて、かなり強力な個体か」

 

 

 そう、冷静に分析の言葉を呟いた。

 

 

「プレイアデス共め。一体何をやったのだか。聖者気取りが笑わせるよ」

 

 

 吐き捨てるようにそう言い、救出した女性たちを背と肩と手に持ってかずみの後を追った。

 


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