魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
嬌声、喘ぎ声。
汗が弾ける音、荒い息遣い、肉同士のぶつかる音、掻き混ぜられる水音。
交わる男と女。快楽に喘ぐ女の赤く長い髪が振り回される。
「なぁ」
少女の様な音階の、しかし雰囲気で男と分かる少年の声がした。
「何時まで続けんだ、これ」
声は無関心さと若干の鬱陶しさで出来ていた。
「それもそうだね」
少女の声が応じた。滝のように垂れた赤い髪に繊手が入り、掻き上げる。
「もう飽きた」
そう言うと同時に、性行為に励む男女の姿が停止した。当然、発声していた淫らな音も途絶える。
佐倉杏子によるクリックによって、パソコンに映っていた動画は止まった。
あすなろのネットカフェ。その一室に杏子とナガレは訪れていた。
座席が二つ並んでいるやや広めの部屋で、予算節約の意味もあってカップルシートのプランを選択していた。
一つのイヤホンをシェアしてそれぞれ右と左の耳に付け、淫らな動画を観ていたようだ。
しかしながら、ナガレは画面には目を向けずに漫画を読み耽っている。何の関心も無いのだった。
精々、音が喧しいという程度だろう。
対して杏子は自分と同じ髪色且つ似た髪型の女が男と交わる場面をじっと見ていた。
静止した男女の肉体の結合部分には、本来行われている筈のモザイク修正が無く、生の肉の様子が見えていた。
画面の各所に英語が用いられており、杏子は海外の動画配信サイトでの投稿物を閲覧しているのであった。
色々とグレーゾーンな行為であるが、当の二人は特に気にしていなかった。
誰にも迷惑を掛けていないからだろう。
杏子もナガレに倣うように、退屈そのものといった表情で机の前に置かれた漫画の一冊を取った。
読み始めて十数秒後、杏子は漫画の内容に疑問を抱いた。
「なぁ、相棒」
「なんだ、杏子」
「そこは相棒って返してくれたらエモかったのに。ああ、言い返さなくていいよ」
「用事は何だよ、相棒」
「律儀だねぇ、あんたは。それでさ、この格闘漫画。なんでロボット出てくるんだ?いや、出てくるのはいいよ。なんで嚙ませにならずに主人公勢を圧倒すんだ?あとググったらさ、このロボットのスペックは仮面ライダーに匹敵してるっぽいぞ。初期型でこれってヤバくね?二回くらいアプデしたらあたしら超えるんじゃねぇのか?」
早口で告げる杏子であった。
漫画の内容がよほど衝撃的だったらしい。
「そういう作風なんだろ。あと、そういうのはよくある」
漫画を読みながらナガレは告げた。
「そりゃここに来る前のあんたの話だろ。あたしが言ってんのは漫画の世界の話なんだよ」
呆れた口調で杏子は返す。
普通の遣り取りなら、現実の事象に対して漫画の事柄を述べ、これは現実の話だと返すのが普通なのだろうがこの連中の場合はそれが逆だった。
現実自体が漫画、それも頭に「悪趣味」が付きそうな世界に生きているこの二人ならば、それが正しいのかもしれなかった。
「で、本題はそれなのか?」
「今から話すよ」
読み始めたばかりの漫画を一時中断し、杏子は視線を上げた。
男へと尻を着き出し、雄を受け入れる雌の姿が無修正の静止画として画面に映っている。
それを眺める杏子の眼は冷ややかだった。
赤い瞳は氷の視線で以て、男女の交合を見つめている。
まるで虫の交尾でも見ているようだった。
「コレだよ」
「あん?」
「あたしさ、このエロ動画観てもなんとも思わねぇ」
「好みが合わねぇんじゃねえの」
そう返したナガレの手から、杏子は彼が読んでいた漫画を奪う。ちゃんと会話しろという意思表示である。
読んでいた部分までを、他の漫画で栞とする妙な几帳面さというか善人らしさが彼女らしい。
「そーゆうんじゃねえ。なんていうか資料としか思えないのさ」
杏子は再び動画を再生。
女の嬌声がイヤホンから二人の耳に伝わり、淫らな音と動画が再開される。
「どう動くのかとか、受けたらいいのか。そんな勉強用の資料って感じにしか今のあたしには感じられねぇ」
ナガレは黙って聞いた。聞きながら、漫画取り上げなくても良かったんじゃね?とか思っていた。
「ゴムも付けてねぇし、この女が相手するのはこれで三人目だしと結構ハードな事やってるのは分かるさ。でもこれ見て興奮出来ねぇんだよな」
再び杏子は動画を止めた。背後から突かれながら、別の男のものを口で愛撫する場面で動画が止まる。
「でもその一方で」
杏子は視線を隣にずらした。当然ながら、そこにはナガレがいる。
視線を向けられた彼は杏子を見た。並んだシートの僅かな隙間を隔てて、黒と赤の瞳が向かい合う。
「何もしてねぇだけのあんたを見ると、身体の奥でドクンと疼く。腐れメスゴキブリや変態戦闘狂紫髪と違ってグッチャグチャになるまで股を濡らすほどじゃねぇけどさ」
杏子は吐き捨てる。また彼女の言葉は正しかったが、濡れる以前の湿り気程度には彼女の雌は変化していた。
「性欲ってのは自分の遺伝子を残す為の本能で、他人のを見れば個人差はあるだろうけど影響されると思ってた。でもあたしにはそれが無ぇ。家族はもう持ちたくないし持つ資格もねぇ」
どうせあたしがヘマして壊しちまうんだからさ。と杏子は繋げた。
声に寂しさはなく、淡々としていた。
「でもあんたを見ると、家族云々は兎も角として本能を刺激されてヤりたくなってくる。これは確信なんだけど、あたしはもう、あんたじゃねぇとこういうのを……セックスするのは無理なんだろな」
「それは」
「否定すんな。されたらただでさえ死んでるあたしの心が腐って果てる」
せめてもっと、人生で他の男を観てからそう言え。そう言う積りだった彼の言葉はそこで断ち切られた。
これに限った事では無いが、彼と魔法少女、佐倉杏子と呉キリカと朱音麻衣との会話は魔法少女側が自分の魂を人質に取って彼の否定を拒否するので始末に負えない。
「簡単に死ぬとか腐るとか言うんじゃねえよ。ガキが」
しかし彼も黙ってはいない。腹が立つ事柄には相応に返すのだった。
彼が返した一言は、獣の様な、いや、贄を前にした凶悪な竜が発した炎の息吹の様な声だった。
「例えだよ。あと少し卑屈になりすぎた」
気分を変える、というか苦いものを飲み込む様に杏子は机の上に置いておいたコップを手に取り中身を飲み干した。
強めの炭酸水が、粘ついた心境を洗い流すように喉の中を流れていく。
ナガレから感じた怯えと、暗くなり過ぎた思考を切り替える。
「ま、オチを付けるとさ。あたしにこんな性癖を植え付けやがったんだ。約束通り、その時が来たら責任とれよ主人公」
「約束は守るけどよ、お前の人生の主人公はお前だろうが」
未来の時に、愛に相当する行為の約定を再確認しておきながら、狭い室内の雰囲気は険悪とも陰鬱ともとれない気配となっていた。
部屋の仕切りの隙間からはその気配と僅かな声が漏れ、周囲の室内からは足早に席を立つカップル達の様子が見れた。
店員からすれば、一気に大量の退店者が出たので不思議だったことだろう。
「ふふん」
「へっ」
そんな事は露知らず、二人は常人からしたら居心地が悪いに過ぎる空気の中で楽しそうに鼻を鳴らした。
話の落ちが付き、やっと漫画に専念できるようになったからだ。
なら最初から話をするなと思うのだが、この連中の思考は理解が不可能なので考察は無意味である。
この程度の状況など、この二人からしたら山頂の山の空気の様な清らかなものと変わらない。常に殺戮の最中にあり、互いに命を奪い合う仲であるゆえに。
「さて、あと二時間ゆっくり漫画でも読むか」
「そうするとしようぜ。あと飲み物取って来るけどリクエストは?」
「コーラ。氷多めで」
了解、とナガレは返して空になったコップと読み終えた漫画を抱えて退室した。
その間に杏子はフロントへ電話し、大量の料理を注文する。
激戦を終えてから二日。
風見野の廃教会に住まう二匹の狂犬の、久しぶりに二人だけの平和な時間が流れていく。