魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第55話 戦い終えて③

 柔らかさを感じる、暖色系の光が室内を満たしていた。

 安ホテルの一室程度の広さの部屋には、寝台にテレビに小さな机が置かれていた。

 机の上には何枚かの紙が並んでいる。

 紙の一枚には『神浜観光案内』という文字が見えた。

 

 寝台の上には一人の少女が仰向けに横たわっていた。

 桃色の髪も、全身を覆うタイツ上の衣装も、彼女が荒い息と共に全身から発する汗によってじっとりと濡れていた。

 黒いショートパンツも汗で蒸れていた。荒い息は絶え間なく続き、少女の幼くも美しい貌には苦痛の色がありありと浮かんでいた。

 部屋の入り口が開き、何者かが部屋へと侵入する。

 

 少女の息に混じり、歩み寄る音が小さく響く。

 水差しと吸いのみを乗せた銀盆を持つのは、黒い衣装の少女だった。

 肌露出が高めの衣装の上に、黒い外套を纏っていた。

 

 黒い髪もまた、黒いローブで覆われている。

 黒髪少女は桃色髪の少女の傍に立ち、机の上に盆を置いた。

 そして水差しから吸いのみに水を移し、苦痛に喘ぐ少女の首を静かに傾けて可憐な唇にゆっくりと水を注いだ。

 

 

 少女の細い喉が動き、少しずつ水を飲んでいく。

 二回ほど繰り返し、失った水分を補給させる。

 事を終えると、黒の少女は寝台の傍らへと従者のように跪いた。

 桃色の少女は肉体の反射で水を飲んでおり、意識は苦痛の彼方にあった。

 

 

「環さん…」

 

 

 黒の少女は桃色の少女の名を告げた。

 

 

「いろは、さん」

 

 

 更に名を続けた。繋げれば恐らく、環いろはという名前になるのだろう。

 少女はいろはの右手に触れた。宝物を扱うような、恭しい手付きで汗で濡れた繊手を両手で抱く。

 

 

「環さん」

 

 

 名前を呼び続ける。

 いろはに変化は無く、補充したばかりの水分が汗となって排出されていく。

 汗はタイツや衣装を濡らし、細い体表に張り付いていく。

 余分な肉の少ない華奢な身体のラインが浮き彫りになる。

 

 露出の少ないどころか皆無の外見ながら、ボディラインが露骨に顕れた官能的な姿が、汗によって透過されて蠱惑ささえ醸し出していた。

 黒の少女の視線はいろはの腹に注がれていた。

 脂肪が皆無の腹部が汗によって衣装に張り付き、輪郭がくっきりと浮かんでいる。

 布の奥に、傷一つ無い肌が見えた。

 その部分を見終え、黒の少女は溜息を吐いた。

 安堵の吐息であった。

 

 

「あの……赤髪女…」

 

 

 安堵から一転し、憎悪の響きを孕んだ言葉を少女は小さく吐いた。

 音としては極めて小さく、虫が鳴くような大きさの声。

 しかし含まれた憎悪は、対象を呪い殺さんばかりの感情が含有されていた。

 

 それを飲み込み、少女はいろはの身体を見つめた。

 同性愛の気は無いとは思っているが、それでも魅力的な肉体だと思った。

 慎ましい起伏の胸、人形の様な細い身体。

 

 大事に扱わないと、今にも壊れてしまいそうな繊細さを感じる姿。

 苦痛に呻いていても、翳りもしない可憐な顔。そして美しい桃色髪。

 それらの全てを、少女は愛おしく感じていた。

 自然と、陶然とした息が漏れた。

 目が潤んだ時、彼女は異変に気が付いた。

 

 汗で濡れたいろはの指に触れている自分の両手。

 そこで、異様な感触が指先に纏わり付いていた。

 ぬるぬるとした、粘着質な感触。

 眼で追った時、彼女は小さく悲鳴を上げた。

 

 いろはの手は、赤黒い泡を纏っていた。

 泡が弾けると、塊がどろりと垂れた。

 赤黒い塊には爪が付着していた。

 いろはの手は、泡を吹きながら融解していた。

 

 

「環さん!!」

 

 

 叫ぶ少女。治癒魔法を発動させながら手を握るが、その瞬間にいろはの手から肉が剥がれ落ちた。

 血と粘液、そして溶けた肉の糸を引いて剥がれた肉の下から、細い指よりも更に細い骨が覗いた。

 肉は手首まで溶け、彼女の右手が完全に白骨へと変わった。

 

 肉の滑りに巻き込まれて、黒の少女の手はいろはの右手から外れていた。

 その露出した骨にも変化が生じた。

 関節の隙間から、細い物体が突き出ていた。

 線虫のように蠢いた、と見えた刹那にそれは一気に伸びた。

 

 黒の少女の鼻先を掠め、部屋の壁へと突き刺さった。

 いろはの白骨化した指の関節や表面から、百に近い数の骨の触手が伸びていた。

 室内の壁の天井に突き刺さり、更に触手の表面からも枝葉のように更に触手が増えていく。

 更に細い骨が膨らみ出し、内側から黒く変色した血液を噴き出し始めた。

 黒色化した血には、吐き気を催すほどの死臭が込められていた。

 

 構わず、黒の少女は手を握った。

 自らの手も傷付くことを厭わず、異形となったいろはの手を握る。

 握りながら治癒魔法を全開発動。

 骨の触手が根元から折れ、黒い血の流れも止まった。

 だが、それに続いて新たな異変が二人を襲った。

 

 今度はいろはの手首から下が、細い腕に変化があった。

 タイツの内側で肉が膨張し、複数の個所で泡のように膨らんだ。

 タイツを押し上げ、緑色の膿疱がいろはの右腕を肘の辺りまで覆い尽くした。

 

 緑色の膿が溜まった腫瘍は、その中心に赤い輝きを宿していた。

 それはまるで、少女の肉の中で複数の太陽が生じたかのようだった。

 汚濁の緑と太陽の様な赤の輝き。

 相反する、または共に歩んでいるかのような色である。

 生命を育み、または滅す色の組み合わせ。

 

 

「環さん………いろはさん!!」

 

 

 名を呼び叫ぶ。

 そんな彼女を、黒の波濤が覆った。

 黒の少女が羽織った外套が変貌し、彼女に覆い被さった。

 少女は粘液のように粘ついた、異形の黒鳥の姿となっていた。

 嘴状になったフードの下の顔は、獣の獰悪さと人の理性が交じり合った表情となっていた。

 溢れ出さんばかりの力を、黒の少女は抑制しているようだった。

 

 その力を以て、少女は更に強力となった治癒魔法を行使した。

 翼の形を取った外套の裾がいろはの身体に静かに触れる。

 接触点からは黒い波濤が溢れ、苦痛に呻く少女の身体を覆い尽くした。

 彼女の全身を包み、少女は魔力の限りを尽くす。

 その中で、少女は見た。

 

 いろはを苛む、呪いと言うべきものを与えた者の姿を。

 一人は緑の髪、もう一人は栗色のロングヘアをしていた。

 前者は軍服風の衣装を纏いながら、奇怪な笑い声を上げていた。

 もう一人は手に持った傘を優雅に振い、舞いながら楽しそうに微笑んでいた。

 

 

「うあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 少女は叫んだ。

 その姿を塗り潰さんと、魂の底から力を振り絞る。

 それが一時間は続いた。遂に限界が訪れた。

 少女が背負った異形の鳥が、黒い粒子となって消えていく。

 それでも少女は力を緩めなかった。

 

 減衰していく力のままに、出せる最大の力を使って治癒を続けた。

 その間、少女はいろはの名を呼び続けた。

 声が枯れかけた時、黒い波濤が断ち割られた。

 

 内側から伸びた白い腕が、黒い少女を抱き締める。

 疲労困憊に陥った少女の顔の前には、いろはの顔があった。

 いろはの口が開いた。

 何度かの開閉を繰り返す。

 

 

『ありがとう。黒江さん』

 

 

 いろはの口の開閉は、そんな言葉を紡いでいた。

 音はなく、ただ呼吸によって生じる空気の音だけがあった。

 

 

『もう大丈夫。心配しないで』

 

 

 続いてそう告げられた無音の言葉。

 それを告げると、いろははゆっくりと眼を閉じた。

 崩れる身体を黒江が支えた。

 腕の中にいろはを抱きながら、黒江は顔を上向きにして口を大きく開けた。

 

 口の端が切れて裂けるほどに、彼女は口を開いていた。

 彼女を起こすまいとして、心の中で叫んでいた。

 いろはを抱きながら、黒江は無音のままに慟哭していた。

 それは、彼女に異形の苦痛を強いる、この世の理不尽に対する憎悪の叫びだった。


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