魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第55話 戦い終えて②

「ぐぐぐぐぐ……」

 

 

 少女の苦鳴が室内に木霊する。

 二十畳ほどの洋風の室内は光で満ち、異国の姫君が眠るような豪奢な寝台の近くにはライトノベルや漫画が整然と並べられた本棚が並んでいる。

 白い壁面で覆われた部屋の中には赤い絨毯が広げられている。

 その絨毯の上で、少女の呻き声は発生していた。

 栗色の髪のポニーテールの少女。その顔は苦痛に歪み、可憐な顔には汗の珠が浮いている。

 

 

「ぐあっ、あああああああ!!!!」

 

 

 少女は腹を押さえた。その時、少女の声以外の音が鳴った。それは金属音だった。 

 少女の指先が、腹に触れた時に生じた音。

 彼女の指先は銀色に輝いていた。それは少女の腹も同様だった。

 

 赤の絨毯の上で身を捩って苦しむ少女は、銀の鎧を纏っていた。

 鎧の近くには、サイを模したような兜が置かれている。

 元は雄々しく聳えていたであろう角は、鏡のような断面を見せて切断されていた。

 兜というか頭そのもの、また少女が着込んだ鎧は肉体そのものに見えた。

 金属ではあるがどこか輪郭が膨らんだような様子は、特撮作品の着ぐるみにも似ていた。

 

 

「先輩、よぉ……」

 

 

 少女以外の声が生じた。

 音程的には年少の女、または幼い男の声に聞こえた。

 

 

「とりあえず、脱いだらどうだい?その…」

 

「メタルゲラスです」

 

 

 呻き声を止め、双樹はそう言った。

 声の主は沈黙した。

 返事をすると双樹は立ち上がり、身に纏った着ぐるみ状の鎧を脱いだ。

 鎧を脱いだ双樹は白を基調とした、美しいドレスのような魔法少女衣装を纏っていた。

 当然と言うか、身体に密着した鎧というかスーツを纏っていた為に、白いドレスは彼女の汗で蒸れていた。

 脱いだ鎧を軽々と、そして丁寧に持って大きな棚の一つの中に収納する。兜も拾い、同じように棚へと入れて名残惜しそうにしながら棚の戸を閉じる。

 瞬間、双樹は床に倒れ伏した。

 

 息はより一層荒くなり、細い身体は瀕死の魚のように痙攣している。

 今の一連の動作で、心身に残された力を使い切ったかのように。

 

 

「あの…先輩」

 

 

 もう一つの声が言葉を紡ぐ。中性的な声に滲むのは心底からの心配の色。

 

 

「オイラ…あんた由来でこの人格を貰ったからさ…手助けしてやりてぇんだよ。オイラに何か出来るかい?」

 

「では…話を聞いてくれる?」

 

「もちろん。何でも話しておくれよ」

 

 

 声の主に、双樹はありがとう、と言った。

 

 

「私の子宮の中で、あいつらが暴れ回ってるの」

 

「…それは、辛いな」

 

 

 沈黙を織り交ぜつつ、声の主は双樹に同調する意思を示した。

 沈黙が生じたのは、口には出さないが双樹の行為を異常と認識している為だ。

 

 

「お腹の中で、あの三人の雌餓鬼どもが暴れてる。ソウルジェムからあいつらの穢れと感情が滲んで、私の子宮の粘膜を通じて私の心を汚染してくる」

 

「…………」

 

 

 双樹の話し相手は早速沈黙していた。その思考を見れば、

 

 

『吐きそう』

 

 

 という意思が見えた事だろう。

 

 

「…辛いなら…その、外したらどうだい?」

 

「却下」

 

 

 悶えながら双樹は答えた。

 声には確たる意思が宿っていた。

 

 

「命の輝きを宿しているのだから、この苦痛は当然です」

 

 

 双樹のドレスが白から赤へと変化した。

 あやせからルカへと、文字通りに変貌する。

 そして当然と言うべきか、彼女もあやせと同意見のようだ。

 

 

「それに、悪い事ばかりじゃないよ」

 

 

 今度は再び白へと戻る。

 顔を汗だくにさせながら、あやせは艶然と微笑んでいた。

 そこだけを見れば、相手の精を根こそぎ絞り付くさんとして情交に及ぶ、美しい娼婦のようだった。

 

 

「そう。この穢れとおぞましき感情は私達の力と成る」

 

 

 赤と白の姿となって、あやせとルカはアヤルカとなり言葉を紡ぐ。

 仰向けになり、愛おし気に両手の繊手で下腹部を撫でながら。

 

 

「私達はソウルジェムの穢れを吸って、胎内の魂たちを輝かせる。そして魂たちも私達に応えて力を与えてくれる」

 

「そう……なの、かい?」

 

 

 声は疑問と混乱に満ちていた。

 理解しようとしているようだが、理性が理解を拒んでいる。

 そんな声だった。

 

 

「そうなの。だから私達もそれに報いなければいけないの」

 

 

 双樹の声には使命感が漲っていた。

 それを聞くものは、もう理解することを放棄していた。

 ただ、約定を果たすべく耳を傾けた。

 

 

「私達は強くあらねばならない。胎内のこの子達を護る為。この美しき輝きを永久に保つ為」

 

「……それは、大変な使命だな」

 

「いいえ。これは義務です」

 

「そう、義務」

 

「強者の務めだ」

 

「弱きものを護る」

 

「その為に私は」

 

「私達は」

 

「我らは」

 

 

 人格を変えつつ、双樹達は言葉を重ねていく。

 言葉に滲むのは使命感と庇護者の持つ誇り高さ。

 演じているのではなく、双樹達は心からそう言っている。

 自己陶酔でもなく、その感情の赴くままの純粋な正義感が彼女達を突き動かしていた。

 

 

「「「牙無きものの為に、命を懸けて戦う」」」

 

 

 声が重なる。

 身の内側から与えられる苦痛は、無麻酔で内臓を抉り出して神経が繋がった状態で切り刻まれて氷漬けにされ、更にゆっくりと焼かれるような異形の感覚だった。

 それを受けながら、双樹達は笑っていた。

 これも本心からの笑顔だった。

 

 

「あまり、無茶はするなよ……先輩」

 

「勿論。命はたった一つしかない尊いもので、何よりも大事だからね」

 

 

 あやせはそう断言した。

 命の尊さを理解している者にしか出来ない、力強い言い方だった。

 

 

「立派だな。眩しすぎて、オイラってば気が滅入っちまいそうだ」

 

 

 双樹の会話相手は、そう言って宙を舞った。

 机の上から赤い絨毯の上に着地する。

 生じた音の数は四つ。絨毯の上に落下した足の数である。

 

 それは大きな黒い尻尾を揺らしながら、部屋の隅に向かって歩いていく。

 そして何かを掴み…というか噛んで、引きずりながら双樹の元へと後退していった。

 彼女の近くに辿り着くと、その存在は口を離した。

 

 尾も手足も胴体も黒い中、唯一白い色をした丸顔に紅い眼を有した獣だった。

 首の根元からは、人の手か翼の様な長い物体が伸びていた。

 その物体を器用に使い、獣は双樹へとそれを差し出した。

 

 

「とりあえず食事にしようぜ。オイラもあんたも、こいつらを喰わなきゃ体が保たねぇ」

 

 

 獣が咥えていたのは大きな皿だった。

 そして皿の上には、複数の白い獣が重ねられていた。

 ぴくりとも動かず、活動を停止しているそれらは、双樹の話し相手を務めていた白と黒の獣に酷似している。

 

 

「うん。ありがとう、ジュゥべぇ」

 

「いいってことよ。先輩」

 

 

 そう言うと、ジュゥべぇは口を開いた。口内には鋭い牙が生え揃っていた。

 皿の上に乗せられた手近な一体に、黒の獣は牙を立てて毛皮ごと肉を喰らい始めた。

 ほぼ同時に、双樹も白い獣の頭部に歯を立て果実を食べるかのように貪り出した。

 広い室内の中、牙と歯が肉を喰らう音が響いていく。

 


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