魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第55話 戦い終えて

「よく寝てるね」

 

「ああ」

 

「よく寝てるな」

 

「ああ」

 

 

 同じ言葉が発せられ、同じようにナガレは返した。

 あすなろ市の一角にある廃ビルの中、思念の声が行き交っていた。

 長いソファの真ん中にナガレが座り、右に杏子が、彼の左にはキリカが座っている。

 並んで座る三者の前には、コンクリが剥き出しの室内には似合わない豪奢なベッドが置かれ、その上では柔らかなシーツと毛布に包まれて眠るかずみがいた。

 それを起こさまいとして、三人は思念で会話をしていた。

 

 

「で、なんでテメェは生きてやがる」

 

「生まれたから。私の父母が愛し合ったから」

 

「パンからカビが生えたみてぇな発生原因はいい。なんで死体から復活しやがったんだって聞いてんだよ」

 

「聞かれたから応えると、佐倉杏子の魂電波に相乗りしてる。それで肉体を動かしてる感じかな」

 

「気色悪いな。外れて死体に戻れ」

 

「落ち着け佐倉杏子。私は君の味方だぞ。傷つけないから傷つけないで」

 

「妙にいいフレーズ使いやがるな。テメェじゃなければ、さぞ美しい文字の流れだろうよ」

 

「うーむ、ここまで会話が重ならないというのは奇跡だな。君の脳は今後の医学の発展の為に解剖され、ソウルジェムは調整屋どもにアナピヤみたく切り刻まれればいい」

 

 

 無音の室内であるが、例によって雰囲気は険悪であった。

 これでもまだこの連中の中だと、健全に近い会話であるのが異常である。

 

 

「さて、回想シーンと行くか」

 

「テメェがあたしと腐れ朱音麻衣を切断した。あたしの彼氏があたしらを回収してここに戻った。イカレ戦闘狂は思念だけ残して戻っていった。これで以上だろ。だから口を開くな雌ゴキブリ」

 

「ん?なんか言ったかい?」

 

 

 早口の思念を終えた杏子に、菓子パンを食べながらキリカは思念を発した。

 口を開くなという命令への意趣返しか。

 いや、そもそも完全に相手にしていないのだろう。

 

 

「いいから、もうお前ら寝ろよ。あと寝なくてもいいから俺を会話の中継点にすんな」

 

「うるせぇぞこのヤンデレ量産男。これはあたしらの問題なんだから、部外者が口を挟むんじゃねえ」

 

「そうだぞ友人。主人公だからって何でもかんでも首を突っ込むんじゃないよ」

 

 

 正論を告げる彼に対し、共に結託して口撃を行う杏子とキリカ。

 そう言えばと言った程度に、この二人は色々と頑強に過ぎるナガレへの対策として、同盟関係を結んでいたのだった。

 本人たちも忘れていたし、もはや嘗てのアレはどうでもいい事なのだろう。

 しかし今回はこの対応が変化を与えた。

 大体の事象の事を何だかんだで赦すナガレであるが、今回は苛立ちが勝った。

 

 

「お前ら……いい加減にしろよな」

 

 

 怒気を漲らせた思念を杏子とキリカに送るナガレ。

 それに対する二人の反応は、闇に蠢く獣が獲物に対して見せるような獰悪な笑顔。

 対するナガレも牙を見せて嗤った。

 

 先の戦闘終了から約三十分、再び異界が開かれた。

 その後、この救いの無い連中は朝まで互いを破壊し続け、空腹になったということで現世へと帰宅した。

 治癒は済ませていたが、色々と限界でありソファに倒れ込んで死んだように眠った。

 

 眠りに落ちてから数分後に、料理を作り終えたかずみによって叩き起こされる羽目となった。

 彼女の無事が確認でき、ナガレと杏子は安堵した。空気を読んだのか、キリカも嬉しそうに笑っていた。

 この連中に人の心があるのかは考えたくも無い事柄であるが、他者を思いやる気持ちは十分に備えているらしい。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう……くぅ………ぅぅうううう……」

 

 

 手負いの獣の唸りの様な、少女の声が木霊する。

 少女は私室の中で布団を被り、その中で泣き続けていた。

 照明が落とされた部屋の壁と天井の一面、そして床には行動可能な最低の範囲を除いて、びっしりと写真が張られていた。

 

 黒髪の少年が写った写真だった。

 同時に映り込んだ赤髪と黒髪の少女の顔は、焼け焦がされるか、写真を貼り付けるための画鋲で貫かれて覆われていた。

 不快な存在ならば切り取ればいいものを、敢えて残して傷付けることに徹底的な憎悪と闇が伺えた。

 

 

「ああああ…あああああああ……ああああああああああ!!」

 

 

 布団の中で少女は、朱音麻衣は身を屈めて蠢いていた。

 心を苛むのは情愛と性欲と憎悪に嫉妬。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 感極まったような叫びが上がる。

 それは数分も続いた。

 

 

「ふ…ふふ……」

 

 

 叫びは笑い声へと変わっていった。

 闇を孕んだ笑顔だった。

 

 

「もう私のものだ。私の、私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の」

 

 

 布団から半身を起き上がらせ、朱音麻衣は言葉を紡ぎ続けた。

 纏った衣装は魔法少女服。

 瞬き一つせず、虚空を眺めたままに口を動かし続ける。

 その上空で、巨大な影が蛇行していた。

 既に麻衣を取り巻く空間は、彼女の自室ではなくなっていた。

 

 床と天井と壁が消え失せ、一面に闇が広がる。

 彼女の内心を空間として拡大させたかのように。

 そして麻衣は口を閉ざして上を見上げた。

 立ち上がった麻衣の血色の視線の先に、蛇行しながら飛翔する巨大質量が浮かんでいた。

 佐倉杏子から奪い取った、異界の蛇龍、ウザーラの模造体の生成魔法。

 

 朱音麻衣のイメージカラーである紫をメインとした色彩の蛇龍が、全長五十メートルにも上る威容を召喚者である麻衣に見せている。

 

 

「…美しい」

 

 

 麻衣は当然と呟いていた。

 この存在が何かは分からない。

 だが、佐倉杏子がこれを一から造ったとは思えない。

 となると出処は限られる。

 この世のものとは思えないこの姿の出処は、一つしかない。

 

 

「君の世界のものか。ナガレ」

 

 

 巨体を見上げながら、先程よりも陶然とした、熱く濡れた声を出して呟いた。

 言い終えると、麻衣は身を折り曲げて笑い始めた。

 

 

「それを奪ってやったぞ。あの女から」

 

 

 笑いながら言葉を吐く。噛み合う歯により、言葉の発音は不明瞭となっていた。

 気にもせず、麻衣は喋る続ける。

 

 

「お前達の器を、奪ってやったぞ」

 

 

 そう言った麻衣の身体から、闇の波濤が迸った。

 三本の闇の波濤は上空へと伸びていき、鋼の蛇龍へと絡みついた。

 蛇龍の口や装甲の隙間から、闇はその内側へと入っていった。

 抵抗の素振りの一切を見せず、蛇龍は闇を受け入れた。

 

 闇と同化した紫の蛇龍は、装甲の表面に闇を纏った。

 纏われた闇が膨れ上がり、蛇龍の輪郭を覆った。

 拡大した闇が取った形状は、巨大に過ぎる楕円形。卵の形であった。或いは、繭か。

 

 

「く…くははは……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 その様子を見つめながら、朱音麻衣は哄笑した。

 愛に欲情に憎悪に報復心。

 彼女の脳裏では、赤と黒の少女が紫の少女によってありとあらゆる方法で惨殺される様が描かれていた。

 そして同時に、紫の少女に寄り添う黒髪の少年の姿も想い描かれている。

 唇を重ね、言葉を交わし、そして重なり合って一つになる。愛し合う。

 

 その結果として、彼の命の一部を与えられた少女はその身に命を宿す。

 宿した命を育む腹を、少女は愛おしげに撫で、少年もまたそこに手を置き微笑む。

 

 その首が、鮮血を上げて切断される。

 生命を宿して大きく膨らんだ少女の腹に倒れ込む、少年の首無し死体。

 落下してきた首を、少女の右手が掴む。既に目を閉じていた少年の顔に少女は自分の顔を近付けて唇を重ねる。

 血の味がするキス。

 

 味蕾がそれを感じた瞬間、泣き声が上がった。

 何時の間にか、少女の左腕はお包みに包まれた赤ん坊を抱いていた。

 生まれて初めての行為である産声を上げている。

 母親となった少女は、愛する者を喪い、そして得た哀しみと嬉しさによって泣いている。

 赤ん坊を抱く左腕の先の手は、血で濡れた短刀を握っていた。

 赤子の父親である、少年の首を刎ねた刀だった。

 

 

 脳裏でそれらを思い浮かべながら、麻衣は自らが発した三つの闇が蛇龍を包み込んで産まれた卵を見つめていた。

 

 愛してるから、殺したい。殺したくない程に、殺したい。

 何故ならそう思えるほどに、彼を愛しているから。

 

 自分でも異常と思っている性を、麻衣は否定しなかった。

 母性愛と恋慕と、そして異形の愛。

 麻衣が闇の卵を見つめるその表情は、それらの愛が合わさりあった、真摯で邪悪で、そして清らかな微笑みだった。

 

 

 


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