魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第54話 解き放たれた悪鬼ども③-別視点ver

「うへぇ」

 

 

 呻き声が漏れた。

 間抜けに思える発音だが、それですらも美しい声だった。

 

 

「見なよ友人。あいつら頭おかしいよ」

 

「俺も似たようなもんだ。必死なんだろうさ」

 

 

 異界の構造物を切断して設けた、切り株状の即席椅子に座りながらキリカとナガレは言葉を重ねる。

 両脚は地面に付かず、ブラブラと揺らしながら気ままに話している。

 二人が見上げた視線の先には、

 

 

「死ねぇええええええ朱音麻衣ぃぃいいいいいいいいいいい!!!!」

 

『佐倉杏子。もう少し槍の使い方を丁寧にだな…』

 

 

 怒りと憎悪の表情で、外套を燃焼させながら飛行し槍の連打を放つ佐倉杏子と、それを貌で平然と受け続ける、全長五十メートルの鋼の蛇龍を乗っ取った朱音麻衣がいた。

 異常すぎる状況だが、二人は平然と戦い、それを見ているナガレとキリカも風景を眺めるような自然さがあった。

 異常に満ちた日常が、この連中にとっての平凡な日常なのである。

 

 

「えいっ」

 

「ん?」

 

 

 ナガレの右に座るキリカが彼に向けて身を傾けた。

 本来は十二センチはある身長差だが、今はその差が埋まっていた。キリカは魔法少女に変身した際の身長増加を用いていた。

 その理由は。

 

 

「おらおら友人。美少女のほっぺた押し付け攻撃を喰らえ」

 

 

 これである。

 キリカの柔らかい左頬がナガレの右頬に押し付けられる。

 

 

「柔っ」

 

 

 声を発したのはキリカだった。

 ナガレは奥歯を噛んだ。

 

 

「別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。なるほどね、魔女を粉砕できる力で殴っても壊せない訳だ」

 

「例えが怖ぇよ」

 

「で、友人。どうだい私のほっぺたは」

 

「柔いな。あとすべすべしてやがる」

 

「他には?」

 

「ひんやりしてんな。お前、ほんとに大丈夫か?まるで」

 

「死人?」

 

「氷だ」

 

 

 否定するようにナガレは言う。

 彼の言葉通り、キリカの皮膚からは熱というものが感じられなかった。

 

 

「同じだね」

 

「違う。お前は生きてる」

 

 

 力強く否定するナガレ。対してキリカは溜息を吐いた。

 

 

「今の私は佐倉杏子の、無限延長された魂の電波だか波長だかにwifi的に乗っかって意識を飛ばしてる存在だ。それで肉体を動かしてる。つまりゾンビだ」

 

「体調は?」

 

「心配性だな、友人は。大丈夫、超健康で性欲もある」

 

 

 キリカは微笑む。それ聞いてねぇんだけど、と彼は言いたかったが黙っていた。

 

 

「言葉を重ねる、呼吸をする、肌を寄せ合う、同じ空間と時間を生きてる。言葉同士が絡み合い、呼吸によって空気分子が動いて重なる」

 

 

 頬擦りをしながらキリカは言葉を重ねる。

 

 

「これは全部、私にとってのセックスなんだよ。君を愛してるんだ」

 

 

 事実を述べる口調でキリカは言った。

 あの景色は綺麗だとか、あそこに何々の星座が浮かんでいるとか、そんな事を示すような口調だった。

 

 

「あと今の私は中身もひんやりしてるから、コトに及べば興味深い経験になると思う。ああ、湿り気とかは大丈夫だから心配しないで呉」

 

「お前な…」

 

 

 普段通りであり、更に悪化しつつあるキリカに対してナガレも流石に咎めるような口調になった。

 それでも罪悪感的な響きがあるのは、こんな様子でも彼女が自分を好いてくれてることが伝わる為である。

 

 

「友人、心配してくれてるのか」

 

「ああ」

 

 

 色々な意味でキリカが心配なナガレであった。

 その様子に彼女はにこりと微笑んだ。

 

 

「なるほど。ていうことは君の動揺を誘えたこのアプローチは、中々に有効というコトだな。よく覚えておくよ」

 

 

 するとキリカは豊満な胸元に手を突っ込み、一冊のメモ帳を取り出し、書き込みを始めた。

 ついでに胸元からは複数の書物が零れ出た。

 保健体育の教科書、赤ん坊の育て方等をメインに記載した母親向け雑誌、そして医学書までが落ちていた。

 どれも表紙や頁がくたびれ、幾つもの付箋が付けられている。開かれた教科書や医学書には、子宮内での胎児の形成メカニズムが記載されていた。

 こちらにも文章の隙間を埋め尽くさん勢いで、無数の書き込みが為されている。

 彼女の願望が記された、愛と狂気の産物である。

 

 

「で、今の状態は何時まで続けんだ?」

 

 

 キリカが奔らせているペン先がピタりと止まった。

 彼女は再び溜息を吐いた。

 

 

「バレてたか。てへぺろ」

 

「さっき戦ったからな」

 

 

 キリカの低体温状態、言うなれば死体及びゾンビ状態はごっこであると彼は看破していた。

 その理由は、戦闘中に浴びた彼女の熱い血潮や握り潰した頭部の肉や脳髄、血の温度である。

 それも日常の一部なのが、いかにもこの連中らしい。

 キリカは愉快げに笑い、ナガレは少し憮然とした態度を取った。

 やはりというか、戦闘は好きだが肉体破壊はそうでもないようだ。

 対してキリカは彼と繰り広げるこういった行為も愛であり性であるので愉しいのだろう。

 

 

「ふふふ。さっきも言ったけど、君と会話してると幸せになれる。さて、ここでそろそろ恩返しといこう」

 

 

 そう言ってキリカは立ち上がった。

 頬を離した際、彼の頬に口づけをするのを忘れなかった。

 

 

「何をする気だ?」

 

「話が先に進まないからね。あいつらを仕留める」

 

「大した自信だな」

 

 

 そう言って立ち上がろうとした彼を、キリカは眼で制止した。

 

 

「恩返しと言ったぞ。そこで見ていて呉」

 

「お前、一人であいつらとやる気か?」

 

「うん」

 

 

 当然と言うようにキリカは頷いた。

 

 

「大丈夫だよ。ぶっ殺したいしぶっ殺す気でやらないと話にならないからぶっ殺す気でやるけど、実際にぶっ殺しはしないから」

 

 

 同じ単語を繰り返してから、「任せてよ」とキリカは眼帯で覆われていない左目をウインクさせた。

 

 

「全く…君さえいなければ物事は単純で、私は今頃バーサーカーしてたろうから手加減なんてしてないんだろうけど」

 

 

 眼を細め、宙を眺めながらキリカは言う。

 黄水晶の瞳の先では、尚も争い続ける杏子と巨大龍となった麻衣の姿があった。

 

 

「私は今の生活も気に入っている。君のお陰だな。感謝してるさ」

 

「そいつはどうも。で、どうやるんだ?」

 

「少し話をしよう」

 

 

 伏線というか回想ってやつだよ。とキリカは繋いだ。

 

 

「佐倉杏子の魂の電波的なのに同調してるせいか、面白いものが見れてね。ああ、奴の過去やプライベートには極力手を付けていない。精々、どんなネタで自慰ってるかを見るくらいだ」

 

 

 配慮している、ようで最悪な事柄をキリカは告げる。

 そして彼女はナガレを見た。深い悲しみと、同情の眼差しが彼に向けられる。

 

 

「友人、妄想の中とはいえ、あんなことをさせられて自慰の総菜にさせられる君には本気で同情するぞ。流石の私も、あれには対抗心を燃やさざるを得ない。私ももっと頑張ろう、そんな気にさせられたよ」

 

 

 言い終えたキリカには、巨悪に立ち向かう正義の騎士のような高潔な表情が伺えた。

 邪悪な妄想への対抗心とやらの表情がこれというのは、世界の歪み以外の何物でもない。

 

 

「まぁいい。佐倉杏子の被虐的でハードコアなオナネタなんか今はいい。それでだ、記憶の中に興味深いものがあった」

 

 

 今までの発言を無にする発言をしつつ、漸くキリカは本題に移った。

 

 

「奴の記憶、いや正確には」

 

「俺のか」

 

「そーそー」

 

「大丈夫か」

 

 

 ナガレの声には心配が滲んでいた。

 自分の記憶など、ロクでもないからである。

 ナガレの問いに、キリカは口角を歪めて嗤った。亀裂の様な笑いだった。

 

 

「あれは…恐ろしいな」

 

「どれだ」

 

 

 ナガレが問い掛ける。キリカは笑い返した。

 開いた口から見えたのは、牙へと変化した臼歯。

 それだけで分かった。

 

 

「あれは友人の友人なのだな」

 

「てことになるな」

 

 

 複雑そうな表情となるナガレ。

 思い当たる存在に対し、どう言えば良いのか彼としても適当なものが思い浮かばない。

 そもそも今はどうしているのやら。

 

 

「もう一度言うけど、あれは恐ろしいね」

 

 

 そう言ったキリカの声は震えていた。

 歯が噛み合う音も聞こえた。

 演技ではなく、無敵に近いメンタルを持つ呉キリカが本気で怯えていたのである。

 

 

「私が恐怖を感じるなんてね」

 

「お前がまともってことだろ」

 

「私の精神がまともなら、この世界は腐れ果てた方がいい」

 

 

 彼と話した事で少し落ち着いたか、キリカは口端を引き攣らせながらも微笑んだ。

 

 

「しかし、恐ろしいという事は武器として有用ということでもある」

 

 

 そう言って、彼女は一歩前へ出てから右腕を掲げた。

 腕の先端の小さな拳は力強く握られていた。

 

 

「それは」

 

 

 ナガレには予想が付いた。

 それを察し、キリカは微笑んだ。

 そして変化が始まった。

 腕を覆う黒い衣装の布地から、連結した微細な斧を用いて作られた触手が迸った。

 触手は腕の左右に向けて一気に伸び、伸び切った時点で内側に角度を向けて直進。

 

 伸びた先で結ばれた瞬間、空白となった内側にも触手は伸び、キリカの右腕が巨大な刃となっていた。

 刃渡り十メートル、形状としては蝙蝠の翼に似た両刃の大鎌、または斧に似た形状。

 

 

「ヴァンパイア……」

 

 

 苦痛を堪えるようにキリカは言葉を紡ぐ。

 脳裏に浮かぶのは漆黒の巨体。

 キリカの思考の中、闇の中で蠢く恐ろしい姿が見えた。

 それは暗黒の中で獰悪な表情を浮かべ、漆黒に輝く魔神の貌。

 

 

「カッタァァァァァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 キリカの咆哮。同時に長大な刃が射出される。

 キリカの肘までの衣装が刃に吸われている為、その部分の肌は露出していた。

 接近する刃に、彼方の麻衣が気付いた。次いで杏子が反応し背を向けた。

 その瞬間、長大な刃は杏子と麻衣を両断した。

 槍衾となった装甲が紙のように切断され、杏子も胴体の部分で上下半身に分断されて空中に血と臓物の花を咲かせた。

 

 

「よそ見注意!」

 

 

 叫ぶキリカ。

 同時に糸が切れた人形のように、彼女の身体が倒れていく。

 異常な破壊力の代償に、彼女をしても精神の消耗が激しいようだ。

 その身体をナガレは抱きかかえた。消えゆくキリカの意識は、それでもナガレの唇に自分のそれを重ねることを忘れなかった。

 次の瞬間にはナガレは宙を飛翔していた。

 受け止めるべき存在は、まだ二つ…真っ二つになった分を考慮すれば、あと四つもあるからだ。

 

 

 

 


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