魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「うううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ナガレが叫ぶ。そして地面を蹴って疾走する。
水平に伸ばされた右手は異界の壁面に埋没していた。
壁を破壊しながら、血と肉の飛沫を上げながら走り続ける。
溢れるのは彼の血肉では無かった。彼の手が握る、黒服の魔法少女のから噴き上がるものだった。
彼女の顔面を壁に埋没させながら、ナガレは疾走していた。
血肉に塗れた黒い衣装を纏った華奢な身体は、旗のようにはためいていた。
「りゃああああ!!!!」
壁を抉り抜き、ナガレは踵を用いて急停止した。
そして、顔を握り締めた右手を地面へと叩き付ける。
破壊に破壊を重ねた少女の顔が地面に埋没。
彼の腕も肘辺りまでが異界の地面に埋まっていた。
その中で彼は手を握り締めた。手の中で少女の顔が弾けた。
既に半ば以上挽肉となっていた顔が完全に崩壊し、割れた地面の中から赤黒いペースト状となって噴き上がる。
顔を構成する肉だけではなく、歯も骨も粉砕されていた。
仰向けになり痙攣する少女の肉体。
その体に覆い被さる様にして、身を屈めた少年。
異常な構図であった。
両者の肉体は無傷な場所を探す方が難しいくらいに傷付き、全身を朱で染めている。
少女の顔を粉砕したナガレは荒い息を吐き続けている。
そんな彼が背後へ跳んだ。
少女の顔面を粉砕し、血と脂と脳髄の破片と唾液で濡れた手からは、それらが毒々しい色の粘液となって滴る。
それを切り裂き、無数の黒い触手が彼へと向かった。
ナガレは左手で持った斧槍で迎撃し、逆に触手を切り刻む。
だが彼が触手を迎撃する間に、倒れていた少女は立ち上がっていた。
黒がメインで僅かばかりの白を散らした、奇術師風の衣装。
従者のようにも、または暗殺者にも見える衣装は血と脂と肉片で穢れていた。
全身を模様のように覆う傷は、痛々しさを越えて悍ましいの一言だった。
しかしながら、その外見には恐怖を押し退けて存在する美があった。
低い身長に反して豊満な胸と肉付きの良い太腿。
それでありながら全体的には華奢なフォルムと、異形じみたバランスの対比が矛盾なく合わさった、奇跡のような姿だった。
その姿を彩る血肉の赤黒は、この美しい姿に飲まれて美を引き立てる素材とされていた。
立ち上がった少女には顔が無かった。
前述のとおり、ナガレによって完膚なきまでに粉砕されている。
代わりに、首の断面から伸びた赤黒い触手が塊のように交わって蠢いていた。
微細な斧を連結させた触手が蠢き、破壊された頭部を再構成している。
すらっとした鼻梁、艶やかな唇、柔らかそうな頬、美麗なラインを描いた顔の輪郭、細く美しい喉、艶やかなセミショートヘア。
それらが赤黒の触手によって再現されていく。
斧の連結による、一切の温もりの無い邪悪な触手であるというのに少女の可憐さと娼婦の様な妖艶さが形作られていた。
「友人」
触手の唇が開閉し、言葉を紡ぐ。外見に違わない美しい声だった。
「手の中のそれ、返してくれるかな?」
血で染まった白手袋を嵌めた右手で顔を指し示しながらそう言った。
彼は手の中を見た。潰された肉片が見えた。
少女の提示したものは、外見に相応しい悍ましい要求だった。
「あいよ」
彼はそれに応えた。
彼女が差し示した指の先、ちょうど肉片が入りそうなスペースがあった。
その場所は彼女の額。
柔らかく、未だに熱を保った肉片を、ナガレは触手で出来た少女の額に押し込む。
瞬間、触手を肉が覆った。赤い繊維が奔って顔の土台ができ、即座に白い皮膚が覆う。
そして閉じられた眼が開く。生まれたばかりの皮膚の隙間から見えたのは、宝玉の様な黄水晶の輝き。
その片方、右目は黒い眼帯で覆われていた。
「ありがと友人。生まれ変わった気分だよ」
朗らかな笑顔で、呉キリカはそう言った。
生まれ変わったとの言葉が示す通り、全身の負傷も完全に治癒していた。
「ありがとか。なんか複雑だな」
対してナガレは傷に塗れた状態である。
しかしその顔には痛みによる苦痛ではなく、感情的な苦々しさがあった。
「ん?何が?」
首を傾げるキリカ。
頭に超が二つは美少女なので、単純な動作すら愛らしく美しい。
それを前に、ナガレの顔に苦さが増した。
少女に欲情はしないが、彼もキリカを美しい存在として認識している。
それを破壊したのが自分であるという事に、思うものがあるのだろう。
戦う事に躊躇は無いが、その結果をどう思うかは当事者だけの権利である。
彼はそれを好ましいものとは思っていないようだった。
それを察し、キリカは微笑む。
この時には既にナガレも表情を切り替えていた。
感情を顔に出すことはあっても、それに引きずられることは無いのだった。
「友人、手出して」
「ほらよ」
彼は素直に両手を差し出した。斧槍は傍らの地面に突き刺している。
出された両手の手首をキリカは握って引き寄せる。
豊かな胸の前に導いた彼の両掌に向け、彼女は美しい顔を傾けた。
「れろぉっと」
行動を言葉で表現しながら、キリカは艶やかな唇を開いて桃色の舌を出した。
そして言葉の通り、彼女は彼の手を舌で舐め始めた。
彼の手もまた傷に覆われていた。
キリカ、というよりも魔法少女との剣戟で痛めるのは胴体や顔だけではない。
武具を握る手も剣戟の衝撃に晒され、掌が引き裂けて肉の渓谷を作っていた。その肉の谷間をキリカは舌で舐めていた。
割れた肉の表面を、ぬめぬめとした唾液で覆われた舌で丁寧に舐め廻す。
肉の断面、亀裂の底で顔を出す骨の表面、隙間に溜まった血。
それらを余さず舐めていく。
キリカの表情に変化は無い。
舌だけを丁寧且つ迅速に動かし、表情は風景でも眺めているような無表情。
ただ瞬きを一切せずに、今の行為に没頭している。
「……美味いか?」
「うん。凄く濃い味と良い匂いがするよ」
「そりゃ良かった」
そう言いながら、ナガレは己の手が綺麗になっていく光景を眺めている。
舌を濡らす唾液に混じり、キリカの魔力が彼へと伝う。
それは肉から彼の体内に取り込まれ、半共生状態の魔女がその魔力を喰らう。
そして彼の傷を癒す。
腹や胸など、生命に直接影響を齎す部分から治癒が始まり身体の末端部分も破壊個所が肉で覆われていく。
傷口には黒い燐光が宿り、治癒と同時に消えていく。
そして手の傷も消えた。
消える寸前まで、キリカは彼の手を舐めていた。
「はい、ご馳走様でした」
唾液が舌に交わるじゅるりと言う音を立てながらキリカは口内に舌を仕舞い、更には両手を合わせて丁寧にお辞儀をしてキリカは言った。
あまりの真摯で丁寧な様子に、彼も思わず頭を傾きかけていた。
「こっちこそありがとよ。助かった」
彼も礼を述べた。
加害者は彼女である為、奇妙だという実感はあるが癒されたのは事実である。
「君も思っているのだろうが、この遣り取りは奇妙だね」
「お前も実感あったか」
「うん。血みどろの戦闘行為を性行為と見做している、という関係は中々に異形だ」
それじゃねえよ、と彼は思った。
何をどう認識しようが個人の自由だが、流石に一言伝えたかった。
「悪いが、俺は」
「分かってる。だからそれから先は言わないで」
「ん……」
生真面目な顔でそう言われ、ナガレは口を閉ざした。
この年頃の女は接しにくい、と彼は思った。
「まだ満足していない、と言うんだろう。君の体力と闘争本能は凄まじすぎるな。戦闘でこれなら、実際に肌を重ねたのならどうなることやら。最低でも三日は私を寝かせてくれなそうだな。まぁ、君相手なら私も一か月くらいは余裕だから平気だけど」
胸の前で腕を組み、彼の顔を見据えながらキリカは言う。
その様子に彼は見覚えがあった。
少し前にキリカと共に見滝原を回った際、何をトチ狂ったのか下着を未着用で集合場所に赴いた事をナガレの所為にし断罪の言葉を吐いた時の様子に似ていた。
被害妄想、ともまた違う。
彼女なりに真摯に考えた結果がこの発言なのだろうか、と彼は考えた。
しかし何も分からないのがキリカであるという結論に至った。
思考に用いた時間は一秒以下である。
考える事に飽きたのだろう。こいつも大概である。
キリカによる糾弾の視線を数秒浴びた後、彼は前に歩き出した。
彼女の脇を通り、流れるように歩いていく。
その彼の歩みにキリカも続いた。
示し合わせたような動きだった。
歩きながらキリカは溜息を吐いた。
「もう少しこの謎会話を続けたかったけど、なんでこうも物騒な事には事欠かないのかなぁ」
「全くだな」
キリカの言葉にナガレも同意した。
その瞬間、二人の背後で光が炸裂した。
少し前まで彼らがいた場所に、大穴が穿たれていた。
穴の淵は融解し、穴の上空の大気はイオン化して揺らめいている。
遥か上空では、巨大な何かが高速で蠢いていた。その近くでは、紅く小さな存在が飛翔している。
そして空の彼方で光が轟いた。
光は無数の雷撃となり、地面に雨あられと降り注いでいった。
地面に着弾した雷は異界の地表を破壊し、無数の穴を穿った。
「あいつら元気だねぇ。止めるのかい?」
「いや、積もる話もあるだろうからな。当事者同士に任せて放っとけ」
彼にしては珍しく、苛立つように吐き捨てていた。
争いを止めようとしたら、その二者に邪魔者扱いされて半殺しにされたという先程の事を思えば仕方ない。
そして当れば肉体を消滅させるであろう死の光の間を掻い潜り、ナガレとキリカは安全圏を目指して駆け抜けていった。