魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第54話 解き放たれた悪鬼ども

「会うのは久々だな、ナガレ。ん?どうした?悩みでもあるのか?こんな私でよければ話を聞くぞ?」

 

 

 異界の中、朱音麻衣の声が響く。

 声の発生源を、ナガレと杏子は見上げていた。

 そこにいたのは、巨大な機械の蛇龍。

 元はと言えば異界の地球にて建造された存在。

 先史文明であるアトランティス帝国によって造られた、守護神であり文明の箱舟。

 

 それを奇妙な経緯で、この姿になる前のナガレが拾い、その記憶を垣間見た事で佐倉杏子が巨大槍を元に作り上げた模造品。

 本来は黒、杏子作のものは赤。

 これも元は赤だった。

 今は全体的に紫色となっている。

 

 上空で蛇行する巨体の長さは、五十メートルにも達していた。

 朱音麻衣の声は、そこから発生しているのだった。

 音の発生源を細かく探れば、蛇と肉食魚を合わせたような頭部の口から出ている事が分かるだろう。

 これまで奇妙で理不尽で意味不明な状況は多々あったが、これはその中でも異常な一幕であった。

 

 

「太り過ぎだ」

 

 

 杏子が嫌悪感を交えて呟く。

 彼女が召喚する模造品の大きさは、精々が三十メートル程度だからだ。

 蛇行する紫の蛇龍が、びくりと震えたような気がした。

 鋭い角度で描かれた、中心にバツの字が入った眼が杏子を見据える。

 

 

「ハァ…」

 

 

 鋼の蛇龍の口が開く。

 開いた口には、びっしりと槍穂の様な牙が並ぶ。

 それらが並ぶ金属の隙間の間からは白い蒸気が漏れた。

 

 

「相変わらず君は苦労しているようだな、ナガレ」

 

 

 杏子から眼を逸らし、ウザーラは…朱音麻衣は言った。

 呉キリカが佐倉杏子の身体を乗っ取った時は佐倉キリカの名が使えた。

 今は最早分からない。

 便宜上、朱音麻衣と表記する。

 

 

「別に。特段苦労もしてねぇよ。俺は今も昔も適当に勝手気ままに生きてるからな」

 

「謙虚だな。それでいて自由を愛する事を肯定するか。やはり君という存在は会話する度に、いや、同じ時を生きてるだけで好きになれる」

 

 

 鋼の巨体が身をくねらせて宙を舞う。

 悦びの表現のようだ。

 

 

「にしても随分と器用な事が出来るようになったな。やっぱお前らは凄ぇわ。何をやらかすか全く予想出来ねぇ」

 

「そうでもない。コツさえ掴めば簡単だ。要は武器の召還や念話の応用だな」

 

 

 冷静な分析を、上気して弾んだ声で告げる麻衣。

 巨体は捩じれに捩じれ、それが麻衣の感情を表現していた。

 彼に褒められ、嬉しくて仕方ないのだろう。

 彼はと言えば、褒めているのは確かだが多少の冗談めいた皮肉も混じっている。

 馬鹿にしてなどいないのだが、ナガレでもこの展開は予想外だった。

 精々、また杏子の身体が乗っ取られるのではという事の想定はしていた。

 その結果がこれである。

 

 

「なるほど。要は考え方次第って事か…お前らからは学べることが多過ぎる」

 

 

 ナガレは感心していた。

 こいつも大概だろう。

 毎度毎度異常なトラブルと魔法少女からのヤンデレ行為に巻き込まれるから、異常な現象に慣れた…というのではない。

 多少の影響を与えているのは確かだが、元々からして精神と魂が頑強すぎるのである。

 バカとも言う。

 

 

「ああ、嬉しい。嬉しいなぁ…君が褒めてくれるなんて。私を意識してくれるなんて」

 

 

 熱で濡れた声が響く。

 声に合わせて上下左右に、巨大に過ぎる存在が動く。

 

 

「ああ……ああ!ああ!」

 

 

 叫びが鳴る。

 発生源が巨大であるだけに、それは音の衝撃となっていた。

 ビリビリという空気の震えに、ナガレと杏子が耐える。

 

 

「なんだ…なんだ、この幸せは!震える…魂と、この鋼の身体が喜びと殺意で震えるぞ!!」

 

 

 感情のままに叫び、身を絡める麻衣。

 不穏なワードが混じっていたが、それも彼女の素直な心だった。

 愛している。

 だから戦いたい。

 そして殺したい。

 狩人が獲物に抱く敬意と似て、それとは異なる感情を麻衣はナガレに抱いていた。

 その感情と喜びを、麻衣は全身で表していた。

 これが生身であるのなら、彼女は悶絶しながら地面をゴロゴロと転がっているのだろう。

 

 しかし、今は。

 

 

「ハリガネムシかよ」

 

 

 巨大な蛇腹が動く様子を、杏子はそう吐き捨てた。

 麻衣は機械の眼で一瞥したが、それも一瞬だった。

 再び蛇行が開始される。

 横から縦へと軌道が変化し、上昇していく。

 ぐねぐね、ぐねぐねと。

 

 巨体が動く様は、杏子の皮肉の通りだった。

 上昇は続く。

 ナガレと杏子の首の傾斜は斜め上から垂直になっていた。

 牛の魔女が創る異界は薄暗いが光源はある。

 太陽を模しているのか、上空にはそれっぽく輝いている場所がある。

 麻衣はそこに向かっているようだった。

 空に向かって蛇龍が口を開いた。

 

 既に米粒程度の大きさとなっていたが、巨体が発する威圧感は衰えていない。

 世界を喰らうかのように口を開けた姿が、巨大な影絵となって異界の地面に降り注ぐ。

 

 

「黙れよ」

 

 

 声が生じた。

 佐倉杏子の眼の前だった。

 彼女の隣に立つナガレはそれを眼で追った。

 日本刀を模した尾の末端が微かに見えた。

 その時の彼は、突如として生じた猛風によって吹き飛ばされていた。

 異界の地面に靴の跡を轍のように刻みながら停止した時、遥か彼方から

 

 

「ははははは!どうだ佐倉杏子!痛いか?苦しいか?それなら幸いだ!存分に生を呪い、この地獄で苦しむがいい!!!」

 

「うるせえ発情紫髪!!!あたしの地獄はテメェなんぞに再現できるか!!!!」

 

 

 二人の少女の叫びが聞こえた。

 彼方の光景は、巨大な蛇龍が仰向けとなった杏子を口先で咥え、彼女の全身を無数の牙で貫いていた。

 杏子は牙でズタズタにされながらも、蛇龍の鼻面に向けて槍の連打を見舞っていた。

 杏子の体内から溢れる血が、まるで風にはためく真紅の旗のように見えた。

 行動を顧みると、彼や杏子ですら反応できない超高速で落下した麻衣=ウザーラが杏子を咥えて連れ去ったのだろう。

 単純だが、あれだけの巨体で異常な速度を持っている点が彼としても信じられなかった。

 明らかに杏子が呼び出すものよりも強く、麻衣にはそういった適性があるのかとさえ感じていた。

 

 しかし思索にふけるのは後である。

 今は遠くで展開される地獄の光景を終わらせるのが先だった。

 

 

「頼むぜ」

 

 

 彼は呟く。数秒経過したが何も起きない。

 手に握る斧槍に力を込める。

 ここで漸く斧槍が力を彼に与えた。

 ナガレの背から黒翼が生まれ、地面に翼を叩き付ける勢いで強く振られた。

 天高く舞い上がり、それから二人の後を…。

 

 

「「邪魔するな!!!!!」」

 

 

 叫びが轟いた。

 それは思念と声の両方で行われていた。

 咄嗟に身構えた彼を、真紅の槍の斬撃が襲い、声を上げる間も無く吹き飛ばされた彼の元へと巨大に過ぎる尾が向かった。

 

 間髪で回避したが、僅かに左肩が掠めていた。

 瞬間、彼の左肩は破裂して赤黒の霧となった。

 ナガレの身体自体も急降下し、地面へと激突した。

 激突の瞬間、黒翼が常に纏っているダメージカットが発動したものの、地面は直径十メートルほどの半球状に潰れた。

 その中央にナガレが仰向けに倒れていた。

 

 

「あ、の…」

 

 

 ごふっと血を吐きながらナガレは言った。

 常人なら即死どころか人体は赤黒の染みとなって地面を染めている。

 それながら、彼は生きている。

 異常なまでに頑丈な、彼の肉と骨である。

 しかし最も恐ろしいのは彼の精神力だった。

 黒い瞳の中には、苦痛よりも怒りがあった。

 

 

「ガキ……ども………!」

 

 

 日ごろから魔法少女、特に杏子やキリカに理不尽過ぎる目に遭わされ続けるナガレ。

 なんだかんだで流血と理不尽と性愛を赦しているが、流石に限界はあるのである。

 

 

「ふ、ざ、け…」

 

 

 怒りの声が喉と魂の奥から絞り出される。

 呼気が炎と化していないのが不思議なくらいの怒りが籠っていた。

 憎悪でも敵意でも怨恨でもない。

 ただの怒りである。

 それは正しい怒りであるのだろう。

 

 声と共に立ち上がろうとするナガレ。

 骨が砕かれていたが、彼は斧槍を握り締めていた。

 杖にしようと傾斜させたとき、彼は不思議なものを見た。

 

 斧槍の中央にある孔。

 普段はそこに日用品やら武器やらを内蔵している。

 魔女は相棒であり武器であり、便利で高性能な鞄的な扱いでもあるのだった。

 

 そこから、白い手が伸びていた。

 白とは手袋の事である。

 手袋に包まれていても、細く美しい指であることが一目で分かった。

 左右に軽く振られた、と見えたら影絵のような動物の顔を指で作った。

 形から見てキツネだろう。口に見立てた部分を上下させている。

 

 

「ホントにねー、ふざけてるよねー、殺したいねー、ホントにねー」

 

 

 ふざけた口調を、凛とした美しい声が奏でる。

 

 

「お前…」

 

 

 ナガレの呟き。

 それに乗ずるように白は孔の中か出でていく。

 白の次は黒が見えた。それは黒い輝きの波濤に見えた。

 

 

「お前、じゃないよ。まぁ、それでも合ってるか。それもまた親しみのある呼び方だ」

 

 

 仰向けになり、伸ばされたナガレの足の先にそれは立っていた。

 黒い丸靴が、爪先を垂直に向けた彼の靴底に足先を付けていた。

 百五十センチにも満たない低い身長の身体を屈めて、ナガレへと右手を伸ばす。白い手袋で覆われた美しい手だった。

 

 

「やぁ。今日もボロボロだね。相変わらず私の性癖を狂わせるのが上手だな」

 

「お前も相変わらずだな」

 

 

 伸ばされた手を、彼は握り返した。握ると言っても、そんな力は残っていない。

 手に手を重ねた程度であった。

 白い手がそれを握り返して強く引いた。

 ふらつきながらも、ナガレは立ち上がる。

 立ち上がり際に彼は血を吐いた。

 地面に向かって落ちた血塊を、白手袋の手が受けた。

 左右の手を使って器のようにした手で、恭しく受け取る。

 

 

「…」

 

 

 ナガレはその奇行を無言で見た。

 予測したくない未来が簡単に予想できた。

 

 

「ごくり」

 

 

 そう言って、受け止めた血を少女は飲んだ。

 一滴も逃さずに。口を離れた白手袋にも、どういう訳か血は染みとなっていなかった。

 

 

「結構なお手前で。ううん、相変わらず欲情に足る味だな。点数は無意味なので報酬を遣ろう」

 

 

 頬を右手の人差し指で突きながら少女は語る。

 

 

「よし。私の処女を存分に貪り食わせて孕ませる権利を遣ろう。嫌とは言わせないよ」

 

 

 牙のように発達した八重歯を見せる。

 右眼を覆うのは黒い眼帯。残った左眼の黄水晶の瞳には捕食者が獲物に向ける執着の眼と、母の様な慈愛の視線が混じっていた。

 

 

「なぁ、友人」

 

 

 春のような朗らかな笑顔で、黒い魔法少女は、呉キリカはそう言った。

 

 

 

 

 

 


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