魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第53話 戦い終えるも、厄介事はまた来る

 絶え間ない金属音が続く。

 振られるのは闇色の斧槍と真紅の十字槍。

 黒髪の少年と赤髪の少女は、今日も今日とて互いの命を奪い合っていた。

 

 既に戦闘開始から三十分。

 双方の間で攻めと防御、先の先を読みながら時に意表をついて防御を崩し、また崩されたと見せかけて相手を自分の領域へと誘い相手を刻む。

 当然の結果として負傷し、血と体液が宙に舞う。

 舞ったそれらが剣戟の交差で切り刻まれ、水滴から飛沫へと変わる。

 肉が削られ骨にも刃が掠める。

 

 血と体液に塗れた命と命の奪い合い。

 ある魔法少女は、愛する者との間で繰り広げるこれを、性行為と捉えて認識した。

 その認識は彼女の中では概念と化し、挙句の果てにそれはウイルスか呪いのように伝播し、彼女の恋敵二名にも伝染した。

 

 いや、伝播したというのは語弊があるかもしれない。

 遅かれ早かれ、この領域に至ったのだろう。

 要は早いか遅いかの違いである。

 今もこれが繰り広げられていた。

 

 少年の方にその意識はないが、少女の方にとって、彼と繰り広げるこの行為は性行為に等しいものだった。

 実際の行為は未経験でありながら、彼女はそう認識していた。

 彼が、ナガレが応じてくれないためにそうなってしまっているというのもあるが、なんとも皮肉で異形な愛の形であった。

 しかしながら愛は愛。

 命を繋ぐ器官が熱を帯びて疼き、表情には獰悪さと恍惚さ、そして相手の命を喰らおうとする蛮性が顕れる。

 その筈だった。

 

 

「………」

 

 

 ナガレと杏子の間には沈黙が流れる。

 咆哮すら上がらない。

 ナガレが黙っているのは相手が黙っているからである。

 杏子はと言えば、何かを考えている表情で、戦術自体は並行思考と本能で繰り出していた。

 性欲に関しては今は皆無であり、表情は虚無的であった。

 

 

「休むか?」

 

 

 交差の最中、繰り出された槍の一閃を斧槍の腹で受けてナガレは言った。

 

 

「…あぁ」

 

 

 杏子は頷いた。

 これまでに負った負傷は、互いの右肩を縦に割る一閃は共通し、杏子は脇腹を切り裂かれている。

 ナガレは胸板を横断する傷。

 

 人並みの程度で言えば、本を読んでいたらページによって指の先をペーパーカットで軽く切れたという程度だろうか。

 ナガレは得物を肩に担ぎ、杏子は槍穂を異界の地面に突き立てた。

 またこの場所は言うまでも無く、牛の魔女が展開した魔女結界である。

 

 

「二日経ったね」

 

「ああ」

 

 

 負傷を癒しつつ、事実を確認し合う。

 

 

「かずみの様子は…聞くまでもねぇか」

 

「昨日あたりから落ち着いてきたな。こいつの使い魔に見張らせてっけど、今はすやすや寝てる」

 

「そりゃよかった」

 

 

 杏子は安堵の息を吐く。

 次の瞬間、その顔に憎悪が煌く。

 

 

「あいつら……何だったんだろな。あいつらの一人、黒桃色の女の矢を浴びてから…かずみはああなっちまってる」

 

「それは間違いねぇだろうが…妙だよな」

 

「あぁ。あたしらはあの光で傷が癒えた。でもかずみは」

 

 

 その時の光景を思い出し、杏子は言葉を止めた。

 顔中からコールタールの様に黒々となった血を噴き出すかずみの姿は凄惨に過ぎていた。

 自分たちが戦闘によって追う負傷と比べたら軽いほうだろうが、受けるのと見るのとはまるで異なるようだ。

 

 

「そもそも俺達は、かずみについて知らな過ぎるな」

 

 

 杏子は頷いた。

 

 

「魔法少女、だとは思うんだけどな。ソウルジェムも少し変わってるとはいえさ」

 

「それ初耳だな」

 

「あー、そっか。あんたに見せて無かったな。あいつのソウルジェム、ちょっとグリーフシードに似てるんだよ」

 

「…なんで俺、それ知らないんだっけ?」

 

「悪いね。なんかあれ。生理とかみたいな性の話題的に思ってたから、男のあんたに話しにくかった」

 

「…そうか」

 

 

 生々しい事例を言われ、ナガレは納得したことにした。

 そういえばソウルジェムの形に差が無い事自体、今初めて知った。

 

 

「それにしても…あいつ」

 

 

 杏子がギリギリと歯を噛み締める。

 脳裏に浮かぶのは、黒ベースで桃色の縁取りがされたボウガン使いの魔法少女の姿であった。

 

 

「断言する。あのローブ女は絶対にロクデナシだ」

 

 

 憎悪と共に吐き捨てる。

 

 

「あの服装見たか?桃の胸当てに同じ色のミニスカ。そんでもって残りは濃紺のタイツときてやがる」

 

 

 姿を思い出しながらの杏子の言葉は、一語一語が毒で出来ているかのような趣があった。

 

 

「何をどう願えば、あんなエロい格好になるんだ?男を誘ってるとしか思えねぇ姿だ。あのローブ姿も、桃色の縁取りを唇としたらあの腐れウナギっていうか量産機そっくりに見えるしよ」

 

 

 強引なこじつけさえ交えて杏子は語る。

 大嫌いなものに存在を重ねるあたり、杏子は相当に少女を嫌っているようだ。

 

 

「量産機って言えばもう一体いたな。あの黒いドロドロした鳥みてぇなの。あいつも魔法少女だろうけど、あれは」

 

「ドッペルか」

 

 

 ナガレが補足する。杏子は頷いた。

 

 

「それだ。おかしいよな?あれって腐れメスゴキブリの話だと、神浜だけの謎現象のハズなんだけどな」

 

 

 あの腐れ女の話を信じることが間違いか。と杏子は納得した。

 キリカの事を、杏子は完全な狂人と信じて疑わない。

 

 

「あたしが喋ってばかりだな。あんた、何か話す事あるかい?」

 

「さっき新聞読んでたら、妙な記事を見つけたな」

 

「へぇ。どんな?我らが風見野の自警団長が、遂に危険思想に至ってテロ行為したとか?」

 

 

 口端を歪ませて不愉快そうに杏子は言う。

 リナの雷撃で身体を焼かれた事を未だに根に持っているらしい。

 

 

「こないだの山の事についてでな。なんでも、昔の特撮作品のキャラに似たコスプレをした変態が、女二人を抱えて猛スピードで下山していく様が目撃されたんだとさ」

 

「そいつぁ変態だろうな。聞いてるこっちが正気を疑いそうになる」

 

 

 時期と状況的に、犯人は一人というか三人しかいない。

 双樹と雷撃遣い、そして桃色髪の大剣遣いの少女の行方は分からなかった。

 かずみの手がかりではあるが、あの状況では追撃は不可能だった。

 しかしあすなろにいる事には違い無さそうであり、近々捜索を再開する予定であった。

 

 再開といえば、もう一つ再開すべき事象があった。

 会話をしている間に、ゆっくりと行っていた治癒が完了していた。

 治れば、やる事は一つだった。

 会話を打ち切り、どちらともなく得物を構える。

 その時、地面を蹴る音が鳴った。

 続いて號と吠え猛る様な風切り音が生じる。

 

 杏子は槍を構えた直後に投擲していた。

 予想外の事ではあったがナガレは即座に対応した。顔面に向けて飛来した槍を、彼は斧槍で弾いた。

 宙高く舞い上がる真紅の十字槍。

 ナガレは杏子に注意しつつ、打ち上げられた槍も警戒していた。

 杏子は怪訝な表情をしていた。

 彼女もまた槍を見ていた。

 自分のやった行為を、理解していないような困惑さが杏子の顔に顕れていた。

 

 四つの眼が見上げる中、槍は急激に質量を増大させた。

 一瞬にして、巨大な影が両者の上から地面に降り注いだ。

 槍は全身を装甲された巨大な蛇龍の姿となっていた。

 魚と爬虫類に似た金属の貌と複数の節で構築された蛇腹の胴体。

 全長三十メートルに達するそれは、異界存在の模倣体。

 ウザーラと呼ばれる怪物が、杏子の槍が変じての模倣とは言え魔女結界の上空に顕現していた。

 

 

「…何でだ?」

 

 

 杏子が疑問の声を発した。

 杏子の槍が変わった存在である以上、これは杏子の支配下に置かれている筈だった。

 彼女の声は、その事実を否定していた。その様子が嘘とは思えなかった。

 その蛇龍の顔が、主である杏子の方を向いた。そして巨大な口が開いた。

 杏子の疑問を塗り潰すように、開いた口内には輝く光球が構築されていた。

 

 

「おい、ちょっと待」

 

 

 杏子が言い終わるのを待たず、ウザーラは口内のプラズマを放った。

 凄まじいエネルギーが炸裂し、爆炎と衝撃波が吹き荒れる。

 

 

「なんだってんだよ!?」

 

 

 杏子が叫ぶ。炸裂した光を寸前で回避し、杏子は破壊の力から逃れていた。

 地面には巨大な穴が空き、溶岩を噴き上げる火口のような有様となっている。

 破壊から回避した杏子であったが、ドレスの端が焼け、胸元の布は爆ぜていた。

 薄い胸が突起を露出させない程度にはだけさせられていた。

 その状態を杏子は不服と思い、自分で態々ドレスを弄って胸を露出させた。

 ナガレは目の錯覚と思うことにした。

 

 錯覚、というのは他にもあった。

 真紅の十字槍が変じた存在である、ウザーラの模倣体は当然ながらその色を受け継いでいた。

 その色が、二人の見上げる前で変化していった。 

 色が濃さを増していき、そして薄れていく。

 赤から黒へ、黒から紫へ。

 その色に、杏子は眉を跳ね上げた。

 不愉快な存在を思わせる色であった。

 

 真紅の蛇龍であるウザーラは、紫色になっていた。

 杏子には正体が分かった。

 同時に、ナガレもそれを察した。

 

 

「やぁ、ナガレ」

 

 

 声が響いた。

 快活そうな少女の声。

 

 

「元気だったか?私は元気だぞ!」

 

 

 声は続く。

 声の発生源は、空に浮かぶ巨大な影。

 紫色に染まった蛇龍、ウザーラの口から生じていた。

 無数の短剣のような牙が並ぶ開いた口の隙間から、少女の声が鳴り響く。

 

 

「そうみてぇだな、麻衣」

 

 

 ナガレはそう返した。

 そう呼ばれた存在、紫色のウザーラは巨大な顔をナガレに向けて近付けた。

 まるで主に甘える馬のようだった。

 その一方で、佐倉杏子の事は完全に無視している。

 杏子は眉を不愉快そうに痙攣させながらその様子を見ている。

 

 いつもとは異なる、そしていつも通りの最悪の雰囲気の中、ナガレは『魔法少女ってほんとすげぇな』と思っていた。

 言うまでも無く、今発生している事柄は、そういう問題どころではない異常な事象である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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