魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「がふっ…はふ……がふ」
獣の声を上げ、杏子は顎を動かし舌を蠢かせて喉を鳴らした。
全身隈なく傷を付けられ、腹の辺りで横に引き裂かれた下半身は地面に横たわっている。
桃色の内臓が上半身との懸け橋となり、その上半身はかずみの背後から彼女の身体を抱き締めている。
当のかずみは獰悪な叫びと共に顔を前に突き出し続けている。
振り下ろした二本の剣を斧槍で受け止めたナガレ。
その彼の肉を喰らおうとしての捕食行動であった。
それに完全に夢中になっているが故、かずみは背後の杏子への注意が逸れていた。
かずみを抱く杏子の両手首から先は、醜い肉の断面を見せて消失していた。
抱き着いている相手であるかずみに、貪り食われたのだ。
手だけではなく、各部の肉に肋骨に心臓、肺と胃までが喰われていた。
その度に杏子は治癒魔法を全開発動させ、消滅に抗いながらかずみの名を叫び、彼女に己の肉を喰わせ続けた。
そんな杏子が今、逆にかずみを喰らっていた。
正確には、かずみが羽織った外套から生じた、かずみに酷似した漆黒色の貌の隆起を。
杏子を喰らおうとして口を開けていた黒色のかずみの貌は、逆に杏子によって捕食されていた。
鼻から上が消失し、半円形の断面を晒している。
断面には何が起こったのか分からず、死にかけの蟲の手足のように痙攣する舌が見えた。
「ぐぅああ!!」
それを、杏子の口が飲み込んだ。
大きく開いたそれは、耳まで裂けた口だった。
比喩ではなく、物理的に頬肉が引き裂け、耳たぶ近くまで口が広がっていた。
血塗れの口で、漆黒のかずみの貌を完全に口内に収めた。
既に喰らっている顔半分と同じく口内で噛み砕き、ごくりと飲む。
杏子の喉を黒いかずみの挽肉が嚥下されたその瞬間、杏子の脳裏に感情の波濤が押し寄せた。
無数の鋭角で構築された針の珠、腐敗しきった肉塊の様な粘つき、雷撃を伴う硫酸。
嫌悪と不快感、そして絶望を滲ませたその感情の種類は『憎悪』。
杏子にはそれが直ぐに分かった。
彼女自身も、その感情を糧に生きているという一面がある為に。
少し前まで、杏子はナガレを憎悪し依存していた。
今は恋敵二匹を憎悪し生きる活力としている。
しかしかずみから流れてきたそれは、杏子が抱く憎悪とは異なっていた。
かずみが抱いていたのは、生きる事と真逆のもの。
杏子にはそう思えた。
喪失と消滅。
それを渇望する思い。
それが遂げられない事の哀しみと絶望。
そして、自分にそれを突き付けた者達への憎悪。
曖昧模糊とした感情の奔流が、それを喰らった杏子の中で暴れ狂う。
再生したばかりの胃が煮立ち、体内から腐っていく感覚。
杏子の魂にも憎悪の毒液は滴り落ちた。
その感情で杏子を染め上げるべく、彼女の魂の上をかずみの憎悪が皮膜のように覆う。
杏子はそんなイメージを抱いた。
体内と心中で暴れ狂う感情の波濤。
それを咀嚼する杏子。
その眼の前に、複数のかずみの貌が浮き上がった。
動きの低下した杏子を、今度こそ喰らおうとして黒い歯を剥き出しにして一斉に襲い掛かる。
牙のように鋭い歯、秀麗な顎、可愛らしい鼻、子供特有のふっくらとした頬。
その全てが一瞬にして抉られた。
かずみ達の肉体の一部が。
「がぅぅぅううううううう!!!!!」
咆哮を上げる杏子。
口の端からはかずみの黒い肉片が零れている。
それを引き裂けた口の中から伸ばした舌で丁寧に受け止め、恭しささえ感じる動作で口内に導き、蛮性の塊の動きで噛み砕く。
「がぅうう!!うううう!!!」
次いで噛み付きの連打。
発生した四体のかずみの貌が杏子によって捕食される。
当然、憎悪の塊を捕食した事により杏子の体内で感情が炸裂する。
体内で無数の針が生じ、肉体の外へ向かって伸びていく感覚。
針の表面からは毒液が分泌され、針による肉体破壊に並行して杏子の肉体が生きながらに爛れて腐っていく。
だが、かずみの狂気に汚染されていながらに、佐倉杏子は佐倉杏子であり続けた。
かずみの狂気は杏子の心を傷付けはするが、壊せなかった。
憎悪で満ちた狂気の奔流の中、杏子の脳裏には地獄の光景が浮かんでいた。
首を吊った父親の姿。
首を切られて血の海に沈んだ母と妹。
それらの前で、呆然と立ち尽くす嘗ての自分。
自分が願った為に呼び寄せた、何よりも大切だった家族の破滅。
そのビジョンが鮮明に脳裏に浮かび、杏子に激烈な苦痛を与えていた。
それが杏子に、心を砕いて狂わせんばかりの苦痛を与え、かずみの狂気から守っていた。
この上なく破滅的な精神防壁であった。
狂わんばかりの苦痛の中、杏子は狂わず自らの意思で行動していた。
湧き上がった心の闇を喰らう。
嘗てナガレに精神の中でされたことを、杏子は実体として行っていた。
杏子に喰われるかずみの憎悪。
しかしそれらは際限なく湧き、杏子に向かって襲い掛かる。
杏子はそれらを片っ端から捕食し、捕食を逃れたかずみの憎悪が杏子の身体に歯を立てる。
肩が喰い千切られ、杏子の喉にかずみの歯が埋まる。
対する杏子の反撃で、喰われた自分の肉ごと彼女はかずみを喰らう。
本体のかずみもナガレを喰らおうと噛み付きを繰り返す。
ナガレはそれを回避していくが、顔の表面の皮膚が削られ血が啜られる。
喰って食われて喰らい合う。
悍ましい交差が続いていく。
その様子を、じっと見つめる者がいた。
装甲されたサイを模した姿の中にいる者が。
杏子によって雷撃を防ぐ盾と、雷撃の障壁を貫く槍とされた双樹である。
用済みになった後に投げ飛ばされ、仰向けになった体勢で双樹は悍ましい光景を眺めていた。
「…嗚呼」
双樹は呟く。
陶酔に満ちた声だった。
「なんと、素晴らしい……生と死の交差、憎悪と哀切と思い遣り…」
声は震えていた。
彼女の双眸からは、涙が滂沱と溢れていた。
「なんて醜く………美しい」
血深泥で絡み合う面々を、双樹は微笑みながら見守っていた。
演技をしているのではなく、本心からそう言っていた。
言いながら、下腹部を愛おしげに撫でた。
胎内の子宮の中にある魂の宝石を肉越しに愛でる撫で方だった。
まるで宿した胎児を労わる母親のように。
その時、銀の装甲を纏ったサイの中にある双樹の眼に、桃色の光が映えた。
それは天から降り注いでいた。
全てを優しく照らし出し、清めるかのような光だった。