魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第50話 沸き立つ憎悪

 闇、闇、闇。

 一片の光も差さない、漆黒の世界の中に少女はいた。

 無音の世界は、怨嗟の叫びで満ちていた。

 宙に浮かんでいるのか、あるいは地面に転がっているのかすら定かではない。

 あらゆる方向から、その叫びは長い黒髪の少女に向かって押し寄せた。

 

 少女は一糸纏わぬ華奢な身体を丸め、手で必死に耳を押さえた。

 それでも怨嗟は消えなかった。

 それは彼女の内からも鳴り響いていた。

 閉ざした耳孔の中で、歯を食い縛る口の中で、体内に畳まれた臓物の中で。

 そして、彼女の心の中で。

 言葉にならない、本能からの憎悪が湧き上がる。

 

 自分の記憶には覚えが無いが、その感覚を肉体が覚えている。

 彼女を握り潰さんとして押し寄せるそれは、そんな感情だった。

 そして彼女は悟った。

 自分の意識が消えた時、自分はこれに飲み込まれると。

 その認識の瞬間、怨嗟の叫びは濁流となって彼女を包んだ。

 

 闇色の憎しみの乱流に揉まれ、少女の身体が蹂躙される。

 全身の各部を無数の手が掴み、あらゆる方角に向けて全力で引っ張る。

 鋭い牙や歯が立てられ、肉を噛み潰されて引き剥がされる。

 

 闇と憎悪の怨嗟の中、黒髪の少女は無力ながらに抗い続けた。

 抵抗とは、意識を保ち続ける事だった。

 時間経過の感覚は無く、ただ永遠とも思える時が過ぎていく。

 

 そんな中、闇の奥で何かが見えた。

 それは、微かな光であった。

 光は強さを増していき、彼女の元へと飛来した。

 炎の様な真紅の色をした、長い髪の少女の形をした光だった。

 

 

「かずみっ!!」

 

 

 怨嗟と苦痛と、絶望で満ちた無音の世界を、烈火の叫びが貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眼を覚ませ!!あたしだ!佐倉杏子だ!!」

 

 

 雷撃の障壁を突き破り、杏子はかずみへと辿り着きその身を抱いた。

 盾を用いて進んだものの、その体には幾つもの雷が掠め、身体の各部が炭となっていた。

 かずみを抱く両手は、指の何本かが雷撃で燃え尽きた為に根元から欠損していた。

 正面から抱いて背に回した両腕も、少し前まで紫電を纏っていたマントに触れている為に肉が焼け焦げ始めた。

 

 

「もういい、もういいだろ!だから」

 

 

 骨まで焦がす高熱にも怯まず、杏子は叫ぶ。

 その叫びが途絶した。

 

 

「グゥアアアアアア!!!!」

 

 

 杏子の声はかずみの叫びに掻き消された。

 それに続いて、濡れた布を引き裂くような音が聞こえた。

 確かに布が裂かれていた。

 

 布とは杏子のドレスであり、濡れたものとは杏子の肉であった。

 かずみが杏子の喉に噛み付いて一気に首を振り、彼女の喉から胸、そして腹までの肉を彼女の身体から引き剥がした。

 皮と肉がベリベリと剥がされ、喉の内側と薄い胸の下に敷き詰められた筋肉と黄色い脂肪、そして桃色の内臓が高温を孕んだ大気に晒される。

 かずみは抉った肉をがふがふと齧り、三口で口内に全て納めて咀嚼し飲み込む。

 

 

「美味い…かよ…」

 

 

 それでも杏子はかずみから離れなかった。

 激痛に顔を痙攣させながらも、彼女の背に回した腕に力を込めて強く抱く。

 かずみは再び杏子の身体に歯を立てた。

 

 皮膚を剥がされた胸の、魚卵のように並ぶ脂肪が薄い肉と共に肋骨から剥ぎ取られる。

 二口目で肋骨が一気に数本噛み砕かれ、三口目で胸に大穴が空いた。

 開いた穴に顔を埋め、かずみは杏子の胸郭を貪り続けた。

 胃と肺と心臓が喰い漁られ、両者の足元に膨大な量の血が滴り赤い池を作った。

 

 

「か…ず……」

 

 

 喰われながら肉体を再生させる杏子。

 血泡と共に言葉を吐く杏子の視界に、黒い沙幕が広がった。

 それは、かずみの羽織った漆黒の外套。

 左右にも長く伸び、一枚の翼の長さは二十メートルを優に超えていた。

 それが折り畳まれ、周囲の空間ごと杏子を包む。

 かずみに喰われながら、闇の翼に覆われた杏子。

 

 その背に何かが触れた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 その感触は、正面から杏子の肩を掴む手と同じ。

 それが続いた。

 最初は背、脇腹、首、腋、腰と尻…。

 彼女の背中の部位を複数の手が触れて撫で廻して掴む。

 杏子が知覚した手の数は二十四、つまりは十二対。

 十二人分の手。

 それが一斉に、杏子の肌に爪を立てた。

 

 

「あああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 皮膚が引き裂かれ、桃色の筋肉が剥ぎ取られる。

 骨が肉から引きずり出され、脇腹からは小腸が湯気を立てながら引き出される。

 かずみの羽織ったマントの中、杏子の全身を惨劇が襲っていた。

 

 正面からは肉を喰われ、背面からは複数の手で肉体が破壊される。

 趣は異なれど、強姦の様な有様だった。

 その両方に治癒魔法を発動させ、杏子は肉体の消滅を防ぐ。

 

 増やした血肉は即座に喰われて破壊され、その度に新しい肉と血が補充される。

 負傷が常の魔法少女ではあるが、この状態は血みどろの生活を送る佐倉杏子であっても異常に過ぎていた。

 既に心臓は二十回以上喰われ、背中の肉の総取り換えは八度目に上っていた。そしてその数は増え続ける。

 今の杏子の現状は、例えるならばミキサーの中に入れられた肉塊も同然だった。

 

 全身の苦痛は激しさを増し、肉体の損傷は肉や骨の修復速度が追いつかない程に進行していた。

 だが彼女は構わず、ひたすら回復魔法を使い続けていた。

 肉体が全損したところで、自分は別に構わない。

 

 ソウルジェムは幸いにして無事が確約されている。

 どういう訳か、双樹の胎内にある自分の魂は濁っている気がしない。

 ならば、意識の続く限り魔法が行使できる。

 双樹のものらしき悲鳴が、肉を破壊される音に混じって聞こえるがどうでもいい。

 

 今はかずみの事が大事だった。

 自分の肉体を喰わせることはいい。

 だが、殺させることはしてはいけない。

 ロクデナシの自分だが、かずみに自分の死を与えてはならない。

 かずみを人殺しには絶対にさせない。

 例えそれが、自分自身でも無価値で無意味な生を送る存在であると自覚している、佐倉杏子という名の穢れた女であっても。

 

 そして彼女は信じていた。

 この現状を、打破してくれるものの訪れを。

 

 

「かずみいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 

 

 叫びが聞こえた。

 求めていたものの声が。

 一瞬、かずみは動きを止めた。

 

 

「待ってろ杏子ぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

 雄々しき咆哮が上がった場所は、雷撃で出来た障壁の真上であった。

 

 

「ハズい…だろ…が……ば……か」

 

 

 かずみに喉を喰い千切られて肝臓を抉り出され、地獄の苦痛に痙攣しながら佐倉杏子は血塗れの顔で微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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