魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第30.5話 喪失へのカウントダウン

 時刻は午前二時。場所は風見野の廃教会。

 二つのソファを組み合わせた即席ベッドの上で、黒髪の少女が静かに眠っている。

 祭壇の真下で眠る少女とは反対側、教会の入り口付近で忽然と黒い紋様が出現した。

 杯と斧を組み合わせたような形状の紋様の中から、二人の年少者がドアを潜る様にして顕れた。

 異界から現世へと戻る二人。言うまでも無く杏子とナガレである。

 

 

『音立てるなよ』

 

『お前こそ』

 

 

 思念を交わしつつ、廃教会の床を踏みしめる。

 共に私服姿であり、疲弊した様子だった。

 

 

『軽く済ませといてよかったな。寝る時間も欲しいしよ』

 

『五時間くらいは寝れるかな。あたしらにとっては寝すぎなくらいか』

 

 

 無音で歩き、適当な壁に背を預けて座る。

 手足を投げ出した楽な姿勢となり、隣りあわせで身を寄せ合う。

 どうやらそこが今日の寝床らしい。

 

 会話の内容から察するに、魔女結界内でいつもの殺し合いをしていたのだろう。

 血の匂いで起こしちゃまずいと、異界の中で治癒を済ませて両者曰くの軽い程度での帰宅となったようだ。

 軽重の基準はこの連中にしか分からず、そして常人、というか生あるものが分かってはいけない領域の事柄である。

 

 座るナガレは魔女を呼び出して内部に収納した食料を幾つか取り出した。

 ポテトチップスに袋詰めされたドーナツ、そして複数の菓子パン。

 今回は甘いものが食べたいらしい。

 移動同様に無音で封を切り、二人は思い思いに食事を始めた。

 食事の間も思念は交わせるが、それはせずに食べていく。

 よほど腹が減っているのか、または食べ物への敬意なのか。

 

 普段の食事…十ピース入りのフライドチキンバレル五個程度なら軽く平らげる普段と比べ、あまりにも少量の食事であったが、それでも一人当たり十個以上の菓子パンを食べている。

 色々な意味で、人類とは別カテゴリーに分類した方がよさそうな連中だった。

 食事を終えると袋等を手早く撤去する。

 

 今の廃教会内は、寂れてはいても清潔になっていた。

 かずみを保護しているから、というのもあるが、杏子の精神的な落ち着きが得られた為に以前のようなゴミの散乱は無くなっている。

 ほんの少し前まで、ゴミ捨て場の方がマシなくらいに至る所にゴミが散乱、酷いものではカップ麺の容器の底に使用済みの生理用品が突っ込まれていたりもした。

 今はもう、その面影はない。

 

 食事の〆に、二人はボトル入りのお茶を飲んでいた。

 500mlではなく2ℓのボトルなのが二人らしい。

 

 

「ぷはっ」

 

 

 先に飲み終えたのは杏子だった。ほんの一瞬遅れて、ナガレも似た声を漏らした。

 

 

「へへっ」

 

「…くっ」

 

 

 勝ち誇る杏子、敗北感を味わうナガレ。

 示し合わせた訳でもないのに、これは勝負となっていた。

 その後、どういう力があれば可能なのか、ボトルを無音で手のひらサイズまで潰して片付け、二人は一息ついていた。

 食べた直後なので眠気が収まっている。

 つまり暇な時間というわけである。

 何話そうかなとナガレは考えた。

 何だかんだで、彼も杏子と過ごす時間を楽しんでいる。

 話のネタを考えている間に。

 

 

「ほれ」

 

 

 と杏子がナガレに何かを手渡した。

 それを受け取り、しげしげと眺める。

 

 

「時計か。にしちゃあ…」

 

 

 妙だな、と繋げる積りだった。

 彼の言葉通り、それは時計。

 真っ赤な色をした、丸い形。

 オーソドックスな目覚まし時計。外見的には別に不思議では無かった。

 

 妙なのは、それが刻んでいる時間である。

 通常の針による現時刻に加え、液晶部分はよく分からない数字が並んでいた。

 それが一秒ごとに数字を減らしている。

 桁の数からみて、一億と数千。

 一体何を示しているのか分からない。

 

 

「その数字、なーんだ?」

 

 

 右に座る杏子が、ナガレに体重を預けて彼の肩に顎を乗せながら尋ねた。

 顔が近くなったことを幸いとしてか、ナガレの頬を舌先で舐めるのも忘れなかった。

 舌でなぞられ、唾液をまぶされた彼の頬には薄く紅い線が見えた。

 戦闘中に開いた傷が、魔女の治癒魔法により修復されている最中なのだろう。

 敏感な状態の皮膚への刺激は、年頃の男子なら股間を押さえて身を折りそうな威力だったが、例によって通じない。

 杏子としてもそれを分かっている。

 分かっているからこそ、この時計を渡したのだった。

 

 

「分かった。お前が」

 

「あたしが、あんたに抱かれるまでのカウントダウンさ」

 

 

 ナガレとしては、二十歳になるまでのカウントと言う積りだった。

 

 

「十年後、ってよく言ってる気がするんだけどよ」

 

「細かい事気にすんなよ」

 

 

 言うなり、杏子は彼の頬に自分の頬を擦りつける。

 触れ合う体温が熱い。

 彼女も顔を彼の攻撃によって破壊され、修復の最中なのであった。

 

 

「お前、これどうやって思い付いた?」

 

 

 呆れと感心、そして杏子の自分への執念に対する畏敬が混じった問い掛けだった。

 畏怖で無いのがナガレらしい。

 

 

「未来日記」

 

「ああ、分かった」

 

 

 最近二人が見ているアニメの事である。

 即座にネタを理解し、ナガレは頷く。

 

 

「あんた、ヤンデレ好きだからなぁ」

 

「積極的なとことか、問題はあっけど一途なとこがみてて好きなんだよ」

 

「ヤンデレねぇ…あたしにはよく分からねぇな」

 

 

 呟く杏子の脳裏には黒髪と薄紫髪の女の顔が浮かぶ。

 彼女はそれらをヤンデレを拗らせた異常者と認識している。

 

 

「そんでだ。それにあやかってっていうか、あたしが処女喪失するまでのカウントさ。視覚的に見えて、分かりやすくていいだろ?」

 

 

 情報量の多い台詞である。ナガレはううむ、と思っていた。

 

 

「お前も随分思い切ったことっていうか、予想外の事してくるもんだなぁ」

 

「たりめぇだろ。あんたっていう予想外の塊を相手にしてんだ。このくらいやらねぇと」

 

 

 謎のマウントの取り合いというか張り合いである。

 傍から聞いている者がいたら、意味不明さに一語ごとに頭を抱えているだろう。

 

 

「気を遣わせちまってるな」

 

「気にすんなよ。好きでやってんのさ」

 

 

 笑う杏子。笑いながら、

 

 

「そうさ。好きなんだよ」

 

 

 と言った。その場で左側に反回転し、彼の前に座る。

 投げ出されたナガレの足を椅子に見立て、その上に尻を置く。

 

 

「好きだから。もっと繋がりたいから、だからこの時計を用意したんだ」

 

「お前、そんなに」

 

「ああ、ヤりたいよ」

 

 

 数センチだけの距離を隔てて言葉を交わす。

 互いの呼吸が顔に触れる。

 共に感じる臭気は同じ。

 食べたものの大半が甘い為にその匂いがした。

 そして、戦闘の残り香である血臭が。

 

 

「あと抱かれたいっていうか…前にも言ったけど、あたしは」

 

 

 犯されたい。無惨に、凄惨に。

 家族を死なせた自分が、幸せを掴んではいけない。

 それは性行為の中の快楽も含まれ、生理的に発生してしまうのであれば、せめてその喪失は無残に迎えたい。

 自分でもそれは異常と理解しているが、幸せを拒絶する強固な意識が、陵辱への願望を叫んでいる。

 

 

「あんたに犯さ」

 

 

 直後に彼女は唸り声を感じた。

 闇に深く蠢く、飢えた獣の叫びの様な。

 

 

「俺にそういう趣味はねぇ」

 

 

 杏子の言葉を彼女の口ごと塞ぎ、彼女から離れたナガレは吐き捨てるように言った。

 

 

「そん時が来たら、まともに相手してやるよ。だから生きろ」

 

 

 いつもの彼の言葉である。兎にも角にも、生き続けろと。

 そう言われた杏子の脳は、困惑と混乱、そして熱い熱で蕩けていた。

 自分から彼を求めることは、最近では呼吸とさほど変わりはない。

 しかし、今の彼の行為は。

 

 それを思い返すと、頭の中でマグマが荒れ狂うかのような灼熱を感じた。

 自分の願望の否定、それによる怒り。

 それらも滅却するほどの衝撃が、彼から唇を重ねられたという事実が魂を焼け焦がす熱となって齎されていた。

 思考能力をオーバーした事象により、脳と魂の両方が限界を迎えた。

 急速に訪れた睡魔に従うように、杏子は彼の胸に身体を埋めた。

 

 眼を閉じる寸前、将来に約束された喪失の時間までのカウントダウンの数字を見た。

 刻一刻と刻まれる数字を見て、血の滴る肉を前にした、獣の様な笑顔となって眠りに落ちた。

 

 

 

 

 










不健全だけど平和な遡り回
呉亭に向かう少し前の話です

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