魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
ちゃぽんという音が鳴った。
朝の陽射しを遮る白い湯煙の中、湯に濡れた裸体が歩いていた。
長い桃色の髪が、華奢な体格の少女の白い肌に張り付いている。
ゆっくりとした足取りで少女は温泉から上がり、床板を歩く。
更衣室への扉に手を掛けた時、建物の中から不思議な気配を感じた。
そう感じるが早いか、少女は扉を開いて走った。
走る中、湯に濡れた裸体を桃色の光が覆った。
それは彼女の左手の中指に嵌った、銀色の指輪から迸っていた。
ガリ ボキ ボリ ボリ
異様な音が鳴る。
くぐもった音階の、複数の破壊音。
発生源は異様な物体だった。
直径十メートルほどの球体。
球の表面は滑らかではなく、モコモコとした起伏を見せていた。
よく見れば、それらは抱き合って折り重なった無数のテディベアだった。
外敵、主にスズメバチを撃退するためにミツバチが行う蜂球に似た状況に見えた。
音はその中から聞こえているのだった。
黒茶色の物体が重なる球体の表面に複数の線が入った。
音が途絶し、次の瞬間に線は亀裂となって拡大した。
隙間の中からは黒い物体が飛び出した。
それがテディベア達を切り裂いて押し上げ、そして吹き飛ばした。
牙と爪を血に濡らした熊達の残骸の雨の中、黒翼を広げたナガレの姿があった。
残骸の影に加え、血に染まったナガレの上に新たな影が躍った。
残骸を更に切り裂きながら、ナガレは斧槍を振った。
金属の轟音が鳴り響いた。
「消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
振り下ろされた大剣、迎撃の斧槍。
激突の際に生じた衝撃が、テディベアの破片を更に砕いて吹き飛ばす。
「うっ……せぇ!!」
みらいの剛力を受け止め、ナガレの両脚は脛まで地面に埋もれていた。
破片を散らしながら右脚を引き抜き、彼はみらいの腹へと前蹴りを放つ。
寸前で察知し身を退いたが、彼の蹴りの方が早かった。
呻きながら吹き飛ばされ、大剣を杖代わりにしてみらいは転倒を防いだ。
内臓が破壊され、みらいは口から血塊を吐いた。
露出が高いに過ぎる衣装の胸を鮮血が濡らし、凄惨且つ幼い体型ながらに女体に淫らな要素が書き加えられた。
五メートルほどの距離を隔て、ナガレとみらいは荒い息を吐いて対峙している。
ナガレは全身に無数の傷を受け、深紅に染まった姿。
テディベアに集られ、振り払うまでの間に爪と牙を突き立てられていた。
みらいは腹に与えられた蹴りが腸を破砕し、衝撃は背骨にも伝わり体内で骨が唐竹割りとなっていた。
互いを睨みながら、ナガレとみらいは対峙する。
血染めの手が得物の柄を握り締める。
再度の激突は近い。
しかし、二人の対峙はそこで終わった。
ナガレを見るみらいの眼に変化があった。
彼女は既にナガレを見ておらず、その背後の遥か先の光景を見ていた。
眼が見開かれ、顔は蒼白となり、口が呆然と開いていく。
「サキぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
魔法少女の脚力で飛翔し、大剣を引きずりながらみらいは風のように走った。
剣が地面を切り裂き、みらいの強烈な疾駆によってガラス化した地面から銀色の粉塵が逆さまの猛吹雪のように噴き上がる。
みらいの薄桃色の眼は真っ赤に染まっていた。
怒りによる興奮によってと、対象物がその色に染まっている為に。
地面に座り、みらいに右半身を見せている黒衣の少女がいた。
何かを手に持ち、それに向けて一心不乱に顔を埋めている。
口元どころか、顔全体と手と胴体が深紅に染まっていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
絶望と悲しみと怒りと。
複数の感情が混ぜ合わされた叫びを上げてみらいは大剣を振った。
横薙ぎの一撃に合わせ、地面が引き裂けて抉れた。
自らの魔女化さえ厭わずに、魔力の殆どを注ぎ込んで放たれた、全力での渾身の一撃だった。
振り切られる前、半分ほどの円を描いたところで斬撃は停止した。大剣を握る両手に、少女の、かずみの右手が添えられていた。
血に染まり切った小さな繊手の先端が、みらいの両手に軽く触れている。
それだけで、みらいは動きを停止させられていた。
力の全てを注ぎ込むが微動だにせず、
「っ!!」
他ならぬみらい自身の力によってかずみの指の先端がみらいの両手の甲を突き破り、柄に触れる始末であった。
構わず更に力を込めるが全く動かない。
当のかずみは座り続けたまま、みらいを見もせずに左手で持った何かを喰っている。
ぼりぼり、めきゃめきゃ、ぶちぶち、ぷちぷち。
骨を齧り、肉を噛み潰し、皮膚を千切り、内臓をゆっくりと噛んで味わう。
悍ましい音には、それ以外の音が混じっていた。
「ごめんなさい……ごめん………なさい」
ごぼごぼという、泡が弾ける音を伴奏とさせながらの、血に濡れた謝罪の言葉がかずみが貪る肉塊から発せられていた。
百万枚の絹を一斉に引き裂いたかのような、凄絶な叫びをみらいは上げた。
「うっさい。黙れ」
その叫びの上に、小さな声が覆い被さっていた。
万の怒りと絶望を上塗りしたのは、億の怨嗟と呪詛の声。
何時の間にかかずみは立ち上がり、逆にみらいは膝を就かされていた。
立ち上がる際に力が籠められ、みらいは屈膝を強制させられた。
跪いたみらいを、紅い眼が見降ろしていた。
幾重にも渦を巻いた、怨念の塊のような眼だった。
「こ……の……失……の」
途切れ途切れになりながら、みらいはかずみを睨み返してそう呟いた。
かずみは眉毛をぴくりと動かした。前髪に生じた特徴的なアホ毛も生き物の触角のように蠢いた。
「しっぱいさく」
途切れた言葉をかずみの言葉が補完する。
言い終えた時、かずみの口が半月に開いた。陰惨な笑顔だった。
「しっぱいさく」
「シッパイサク」
「失敗作」
「しっぱいさく」
「失敗作」
「シッパイサク」
言葉の唱和が始まった。
かずみの口は動いていない。
発生源は、かずみが纏った漆黒のマントの内側であった。
みらいは見た。
黒いマントの内側で、何かが蠢きその言葉を発しているのを。
その形が、かずみの顔に酷似しているのを。
「返すよ、それ」
かずみの左手が振られた。
超至近距離で、左手が持っていた物体がみらいに投げつけられた。
「もういらない。だからあげる」
みらいがそれらの言葉を認識したのは、着弾点から軽く三百メートルは離れた位置であった。
それまでの道程は、破壊で満ちていた。
地面の至る所が賽子状に砕けて隆起し、肉と骨と内臓の破片を散乱させている。
大きめの肉塊は、みらいの手足の破片である。
何度も地面をバウンスし、その衝撃が地面を砕きながら転がり続け、肉片をばら撒き続けた果てに漸く停止したのだった。
今のみらいの様子は凄惨の一言だった。
両手両足は胴体に付いておらず、達磨状態となった胴体にはかずみから投ぜられた物体が減り込んでいた。
それもまた、達磨状にされた人体であった。
生殖器を除く内臓の大半を喰い荒らされ、顔も口元程度を残して齧り取られ、骨も殆どを貪り食われた後に残った残骸。
皮と僅かな骨肉程度の状態にされた浅海サキの残骸だった。
魂の宝石は口内に押し込められ、それによって生命が保たれていた。
それが今、みらいの身体の前面に減り込んでいる。
自分の肉と内臓で、みらいはサキを包んでいた。
「あ……はは」
その状態で、みらいは笑っていた。
衝撃によって顔の造形は圧壊寸前に破壊され、左の眼球は飛び出して神経の糸を引いてぶら下がり、首は千切れかけて僅かな肉と皮で胴体と繋がった状態とされながら。
生き物が二つ重なっているとは思えない状態で、みらいは口端を痙攣させて嗤っていた。
それは狂を発したのではなく、心から湧き上がる嬉しさによる歓喜からの笑顔であった。
花を摘む童女のように、恋にときめく乙女のように、みらいは笑っていた。
そしてサキはみらいの体内に顔を埋めていてもなお、顎が破壊されたために動かなくなった口と舌を懸命に動かし、謝罪の言葉を紡ぎ続けた。
そんな二人の上空には、広大な曇天が浮かんでいた。
そして巨大な白光が落ち、それを黒衣の少女の魔女帽子が受けた。
帽子の鍔で増幅された雷撃が、かずみが掲げた右手の人差し指へと至る。
「サンダーブレーク」
呟きと共に極大の雷撃が放たれた。その矛先は、言うまでも無い。