魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第46話 変容②

「ああ全くだな。この連中は常識からは程遠い」

 

 

 吐き捨てる佐倉杏子、の姿をした者。

 杏子の身体は呉キリカに乗っ取られていた。

 それがまた変化した。

 黒い奇術師風衣装から、武者風のドレスへと変わる。

 双樹の眼球から入り、背骨と頭蓋の内側を切り刻んでいた触手も消えていく。

 黒い魔力となって消えゆく触手が、抉れた神経と脊髄を通り過ぎていく中で、双樹は見た。

 

 そこは、色の無い空間だった。

 天も下も無い、ただ空間があるとしか思えない場所。

 その真ん中に双樹は立っていた。

 声も出せず、そもそもぴくりとも動けない。

 

 体内で脈打つはずの心臓の音すら聞こえない。

 虚無の世界。

 それでいて、意識だけはある。

 しかしながら、今の現状を文字にすることが出来ない。

 まるで言葉全てを忘れたかのように。

 

 そのまま時が流れた。

 一分、一時間、一日、一秒。

 時間経過の感覚すらも狂い、時間経過は早く遅く、長く短く感じる。

 そして虚無に浮かぶ双樹の元へ、何かが迫っていった。

 

 色は漆黒、棘皮動物のように尖った体表面。

 世界を覆うかのような巨大な翼。

 そして、三本の長い首。

 そんな形の輪郭が、双樹の思考に飛び込んだ。

 

 認識の瞬間、双樹は叫んでいた。

 魂が砕けたかのような叫びだった。

 その声に、奇怪な音が重なった。

 カラカラ、カラカラという、通信音に似た音。

 それがこの異形の咆哮であると気付いたとき、双樹は再び悲鳴を上げた。

 

 そして三度目の悲鳴が新たに上がった。

 巨大な三本首の竜の様な何か。

 その長大な尾の末端は、巨体とは不釣り合いな小さな影に繋がっていた。

 

 それもまた影で出来ていた。

 武者風のドレスを着た、少女の影。

 その下腹部から、竜の尾が生えていた。

 位置としては少女の子宮があるあたり。

 

 双樹は少女の顔を見た。

 リボンが結ばれた、セミロングの髪型が見えた。

 少女の姿は輪郭のみで、詳細は分からない。

 だが、その少女が浮かべた表情は分かった。

 それは、柔らかな微笑。

 

 我が子を慈しむ母親のような顔で、少女は黒い竜を眺めていた。

 再び、通信音に似た音階の咆哮が上がった。

 親に応える赤子の笑い声のように。

 両者の関係性を察した時、双樹は最後の悲鳴を上げた。

 

 叫びの中で思い出す。

 三つの魂を宿してから、時折見ていた悪夢の光景。

 その内の一つがこれであったと。

 この世のものとは思えない存在と、胎内に入れた魂の持ち主の一人である紫髪の少女。

 それだけが存在する空間を垣間見ることが、双樹が見た悪夢の一つであった。

 

 

 

 

 

「おい、何を休んでいる」

 

 

 冷たい声が双樹の脳内に響く。

 切り刻まれた脳髄の傷の間に、その声は毒のように染み渡った。

 

 

 

「え?」

 

 

 双樹の疑問の声。

 それは天高くで生じていた。

 乱舞する視界、全身の傷から噴き上げる体液と鮮血。

 下方には双樹を見上げる佐倉杏子の姿があった。

 武者を思わせる造形のドレスを纏い、炎の紅ではなく血色の紅となった瞳を持った彼女の姿。

 双樹の子宮に入れられた朱音麻衣が杏子の肉体を乗っ取った姿だった。

 

 

「大雪山おろし…良い名前だ」

 

 

 血染めの姿で麻衣は言った。

 口元には満足げで、そして鮫の様な残忍な笑み。

 硝子化した異界の地面には、旋回状に回転した痕が見えた。

 麻衣が今言った言葉の意味は、投げ技によるものだと悟った。

 その瞬間、全身を襲う激痛。

 

 キリカに与えられた体表の傷に加え、今は肉の内側でも激しい痛みを感じている。

 変動する視界の中で双樹は自分の腕を見た。

 肘から指先までが、まるで蛇腹のような複数の節を生じさせていた。

 強烈な力で捩じられたそれは、人間の肉体で雑巾絞りをしたらどうなるか、といったサンプルでもあった。

 腕の感覚と痛みは全身に及んでいる。

 つまりは、今の自分は全身がこうなっていると悟った。

 瞬間、双樹は怒りが湧いた。

 

 

「よくも私を…私達を……!」

 

 

 怒りの言葉を発する双樹。

 発音する中、歯や舌も砕けて破れている事が察せられた。

 大雪山おろしなる投げ技が双樹に与えた損傷は、投げ技の範疇を越えていた。

 魔力を用いて空中で姿勢を制御し、下方を睨む。

 突き出した剣には炎と氷の魔法が宿る。

 その時に、双樹は不可解な事に気が付いた。

 

 こちらを見上げる武者風姿の杏子。

 その両腕が肘から先が消えていた。

 肘の断面は、肉と骨の切り口ではなく漆黒で覆われていた。

 双樹の視線に気づき、麻衣は牙を見せて嗤った。

 

 

「私の魔法、知ってはいると思うが『攻撃範囲の延長』だ」

 

 

 言葉の瞬間、双樹は両腕を掴まれた。

 視線を走らせると、黒い手袋を纏わせた手が見えた。

 

 

「地味というか曖昧な魔法だが、それだけに解釈のし甲斐があるのか中々に応用と拡張性がある魔法でな」

 

 

 双樹の腕を掴む手が握り込まれる。

 魔法少女の剛力、それも戦闘特化の願いを叶えて本人も鍛錬を惜しまない朱音麻衣の腕力は通常の魔法少女を遥かに上回っていた。

 双樹の腕は、砂糖菓子が歯で砕かれるようにして折れた。

 血と肉が弾け飛ぶ。

 痛みに呻く間もなく、次は肩に手の感覚を覚えた。

 

 

「まぁ、私だけの力ではないようだが」

 

 

 微笑みながら麻衣は言う。

 私だけではない。

 つまりは別の力も加わっている。

 それに対する愛しさを滲ませた声だった。

 

 

「新たな力、というのも変だが存分に味わってくれ」

 

 

 麻衣はそう言い、直後に両肩が砕かれた。

 千切れ飛ぶ血肉と衣装の破片。

 その合間に、彼女は麻衣の手を見た。

 麻衣の本体が肘から先を喪っていたのと対となり、腕は肘から先が無かった。

 肉の断面は本体同様、漆黒の色で覆われている。

 その色には見覚えがあった。

 麻衣と思しき少女の下腹部から生えた、全身が棘だらけで、三本の首と巨大な翼を生やした異形の竜のカラーリング。

 

 恐怖の叫びと激痛の悲鳴は同時に鳴っていた。

 固有魔法の応用、らしきもので双樹の周囲に腕を転移させた麻衣は、それを用いて双樹を蹂躙し始めた。

 腕は消えては現われを繰り返し、双樹の身体に指を突き立てて肉体を破壊していく。

 キリカが付けた浅い傷を左右に広げて肉の亀裂を拡大させ、手足を掴んで握力にて圧壊させる。

 異様な光景だった。

 激痛の中、双樹の色が変化していく。

 血染めの白のドレスから、血よりも鮮やかな真紅へ。

 そして、白と真紅の折衷へと。

 

 

「貴様ぁぁぁああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 猛々しさを有した咆哮。

 痛みや怯えの一切の無い、怒りと憎悪の叫び。

 双樹の人格が統合され、戦闘人格たるアヤルカが顕現する。

 両手に剣を持ち、斬撃を見舞う。

 発現しかけていた麻衣の腕が切り裂かれ、その場からの撤退を余儀なくされる。

 

 腕の転移が解除され、麻衣の肘の漆黒から彼女の両手が生えた。

 繋ぎ目も無く、腕が再結合される。

 切断されたわけではなく、空間の転移によって移動していたとみるべきだろう。

 手の甲が剣で切り裂かれ、傷は手の甲まで抜けていた。

 血を滴らせながら、双樹は上空を見た。青と赤の光が見えた。

 一つはドレスを翼のように広げ、飛行する双樹の背中から。

 もう一つは、彼女の左右の手が握る剣の切っ先から。

 

 

「死ね。卑しき醜い魔物ども」

 

 

 相手への時間を与えず、双樹アヤルカは氷炎の魔力による対消滅の力を放った。

 風見野での使用時には、廃墟となった遊園地一つを焦土に変えた。

 魔法少女の力としても異常に過ぎる破壊力。

 破滅の光を前に、麻衣の左半身が黒く染まった。

 衣装が変化し、武者風の趣に奇術師の造形も加わる。

 

 

「不愉快だが、こちらも真似をするか」

 

 

 呉キリカの口調で杏子は言った。

 

 

「ああ、全く不愉快で気持ち悪いが仕方ない」

 

 

 朱音麻衣の言葉で杏子は吐き捨てた。

 右手が持つ日本刀風の得物と、左手から生えた赤黒い斧爪を交差させ、迫る光を迎え撃つ。

 

 光との接触の瞬間、それは生じた。

 

 

邪魔だ。どいてろ淫らな雌餓鬼ども

 

 

 地獄の炎の様な声が、二つの人格の奥から響いた。

 

 

 

 

 


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