魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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物々しいタイトルですが、ある意味の別編です。
今回は割と平和です。


第9.5話 真雷獣

「…何だこりゃ」

 

唐突に、佐倉杏子は言った。

寝床付近のゴミを片付けていた最中の事だった。

 

「おい」

 

一時手を止めて立ち上がり、背後へと声を投げ掛ける。

 

「なんだよ、袋足りなくなったか?」

 

物騒な同居人からの返事に、杏子は一瞬言葉が詰まった。

清掃を蔑ろにしていたツケは、多量のゴミの堆積となって表れていた。

既に消耗した袋は二つ。

目測では、更にあと一袋は必要だと思われていた。

それも、集積を中断させた二袋分を除いて。

 

「…この紙に描かれてる、こいつは何だ?」

 

こちらはゴミ掃除では無く掃き掃除に精を出していた。

ゴミが少ないのは、定期的に片づけているためだろう。

一応、宿を借りている事への恩義或いは後ろめたさがあるらしい。

 

「あぁ、そいつは確か…」

「いや、それはいい。

 聞いててなんだけど、名前とかはいらねぇよ。…何なんだよ、こいつは」

 

矛盾は分かる。

だが、名前は聞きたくなかった。

ただ、好奇心はあった。

それを少しでいいから埋めたいが為に、佐倉杏子は問うていた。

それは、たとえ夜に眠れなくなったとしても、

怪奇映画を見たがる子供の心理によく似ていた。

 

「化け物の一体っつか一種だよ」

 

そして彼は話を始めた。

知らぬ方がよいことを。

早速、杏子はそう思い始めた。

 

「一度だけ遭った事があるんだけどよ。

 こいつに追っ掛けられた時は…ありゃ嫌な気分だったな」

 

少年の顔には苦さがあった。

ここが寝床でなければ、唾を吐き捨てていたかもしれなかった。

 

「このガタイの癖にやたら速くてよ。流石にヤバかった」

「動くのか」

「あぁ」

「しかも速ぇってのかい」

「あぁ。底の方から脚も伸びてるだろ?」

 

改めて、杏子は絵に視線を落とした。

全体的な形状は、A4用紙を一杯に使って描かれた横向きの円錐柱といった風だった。

だが彼らの態度が示すように、その姿には尋常ならざる

狂気じみた冒涜的な要素が加わっていた。

 

左に向けて先端を向けた円錐の表面には螺旋を描いた溝が走り、

この円錐の用途をそれとなく、見るものに与えていた。

 

魔を用いて邪悪を祓う魔法少女たる杏子には、

これは武器であるのだと瞬時に分かった(本人が理解したかったかどうかは別として)。

何かを穿ち、無残に破壊するものだと。

円錐の大きさは用紙の半分ほどもあり、それは槍の穂に見えなくも無かった。

得物がそれである杏子はやはり、それにいい気分はしなかった。

 

溝のある円錐が終わると、今度は柱の部分に視線が泳いだ。

巨大な円錐を支える、胴体に当たる部分を見て、杏子は「樽かこりゃ」と呟いた。

緩い線を描いているところも、そう印象付けることに力を貸していた。

それが残りの半分を占めている。

 

と、ここまではいい。

いや、良くはないが。

 

更なる問題はその円錐柱の各部であった。

それは主に、柱の上下で生じていた。

 

円錐と胴体のつなぎ目の辺りから、上部分にて謎の突起が備え付けられていた。

形としては、細長い二等辺三角形に似ていた。

やや長めの団栗に似ていなくもない。

また突起の先端部分には、左右に一つずつさらに小さな突起が付けられていた。

三角形を生物の頭としたら、耳か角にあたるような場所と形状だった。

 

頭としたのには、理由があった。

先の会話に出た、『脚』という部分についてである。

 

二等辺三角形の真下、樽型の胴体を挟んで下部に至った場所より、

二本の細長い柱が下がっていた。

角ばってはいたが、優美ともいえる曲線を描き、関節までが書き込まれている。

認めたくないが、認めるしかない。

それはどう見ても、『脚』であった。

またそれはどこか、女性的な印象を与える形状でもあった。

脚の末端部分の『足』とすべき場所は、

まるでハイヒールを履いたかのように先端を鋭く尖らせていた。

 

そして杏子は、改めてそいつの全身を見た。

当たり前だが、

 

「ワケが分からねぇ」

 

と彼女は評した。

 

「つうか…走るのか」

「その足は飾りじゃねぇからな」

「この形で?」

「気持ちは分かっけど、んな眼で見るな。俺も認めたかねぇよ」

 

最大限に想像力を働かせる。

先ずは大きさから。

 

明らかに何かを破壊するために形成された姿からして、理解したくはないが

それほど小さいものではないとかんがえた。

魔女と同サイズとすれば、道化配下の不細工な魔女の胴体と同じ…いや、更に巨大と推測。

中型車より更に上、貨物部分を含んだ状態での大型トラック相当だろうと判断した。

機械といえば、更によく見れば胴体の末端部分である縁のあたりには、

一対の翼のようなものが生えている。

鳥や虫などのそれでは無く航空機のそれといった形状の、

工学的なデザインを課されたものだった。

 

空気の噴出孔だろうかと杏子は思った。

魔女や使い魔にも、時折そういった部分を用いて飛行するものがいる。

 

「そういえば」

 

どんよりとした思考に沈む杏子の元へ、少年の声が届いた。

 

「ここいらで富士山が見える場所ってあるか?」

「いきなり話が飛ぶね」

 

テメェもどっか飛ばしてやろうかと彼女は思った。

このままいつも通り、切り結ぼうかとさえ思ったが、まだ身体の修復は満足には済んでいない。

更に今は清掃活動中であり、しばらくは汚れに繋がる行為は差し控えようと、

同居人共々そう思っていた。

現状は一種の冷戦状態に近い。

 

「風見野にはあんまりねぇな。隣町の見滝原なら、高いビルにでも登れば見れるだろうさ」

「そっか。ありがとよ」

 

気に入らない相手だが、礼を言われるのは悪い気はしなかった。

だが今は、より気になる事柄があった。

そしてそれは、今のやり取りによって増えていた。

 

「それ、何か関係あんの?」

 

何故唐突に、この問い掛けをしたのかという事だった。

無関係とは思えなかった。

 

「あー……悪い。忘れてくれると助かる」

「あぁん?」

 

逃げやがったな、と杏子は牙を剥いた。

視線の先には、眼を逸らせて斜め下方へと闇色の瞳を泳がせている少年がいた。

如何なる敵にも恐れはしないというような、生まれる時代と種族と世界を間違えたかのような

存在だが、バツの悪い事というのは感じるらしい。

これでも人間なのだと言わんばかりに。

 

対して杏子は。

表面上は威嚇しつつ、彼女の脳は思考を巡らせていた。

まず、富士山とは日本有数の観光名所であり、そしてひたすらにデカいという事が頭に浮かんだ。

「京都には寺が一杯ある」といった小学生並みの知識であるが、

これは流石に年相応なので仕方ない。

十四歳の少女の場合は。

 

「安心しな。テメェの戯言なんざ、速攻で忘れてやるさ」

「ネチネチと蒸し返すのは俺の趣味じゃねぇけどよ、聞いたのはてめぇだろうが」

「これ描いたのはテメェだろ」

「あぁ。てめぇが、『暇だからなんか絵でも描けよ』とか言いやがったからな」

「忘れたね、んなコト」

「雑魚ピエロの物忘れ魔法でも喰らったのかよ、魔法少女」

「うるせぇ、この流れ者」

 

やはりというか、死闘を経てなお両者の仲は刹那的なものだった。

恐らくは、これからもそうだろう。

 

しばし睨み合った後、両者は作業に戻った。

ナガレは嫌な思い出を忘れることにした。

杏子は早速、不要な記憶と捨て去った。

その結果として、目先の作業に専念していた。

それから数十分の後、廃教会の定期補修と清掃は終了した。

 

清掃が済むと、ナガレは買い出しへと出掛けていった。

二時間で戻ると言ったあたりに、何やら物騒なものを調達しに行ったのだろうなと杏子は思った。

 

彼女はどうかと言えば、気が付いたら、またこの絵を眺めていた。

ソファに横たわりつつ、楽な姿勢で眺めている。

ふと杏子は思った。

奇妙としか言えない形状には、何処か既視感がある事に気が付いていた。

数秒ほど凝視すると、閃くように答えが出た。

 

「…魔女か」

 

記憶の中に無数にある、忌まわしき異形たちの姿と、

眼の前の紙に描かれた存在の形はよく似ている気がしていた。

似ている個体がいたという訳では無く、奇妙さという共通点が被っている。

よくよく見ればユーモラスな気もしていた。

先の人型の鉄塔のように、明確に人に似た姿をしていないところもまた、

生理的な嫌悪感を軽減させたのだろう。

笑みにまでは至っていないが、魔法少女の唇の端には僅かな緩みがあった。

単純に、その形が面白いというのもある

 

そこで杏子の意識に闇の帳が下りた。

昨日の激戦による疲労と、清掃作業の達成感によるものだった。

彼女はそれに素直に従うことにした。

 

意識が途絶える寸前、一つの思考が杏子の脳裏を掠めた。

虚無に追い遣ったはずの思考であった。

 

富士山はデカい。

とにかくデカい。

ひたすらに。

 

それらが寝る寸前に見た絵と結びつき、

夢となって表れたのは、ある意味仕方が無い事かもしれなかった。

 

それによって生じた真紅のエネルギーは、

後日存分に振るわれることとなったが、それはまた別の話とする。

 

 

 

 




今回は筆休めも兼ねた日常風景を描かせていただきました。
気休めと為れば幸いです。

件の存在は…形で言えば真ライガーです。
色々なところを回ってるみたいなので、似た存在と遭ったこともあるのかなと。

個人としましては、最初にスパロボDで見た時には友人と一緒に数分間笑ってました。
形もそうですが、一番狂ってるのはこの外見で大きさが富士山並みかそれ以上であるという点でしょうか。
或いは、作中でヒロインが最後に乗るのがこれというあたりが…。

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