魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第46話 変容

 切り刻まれる皮膚、溢れる血潮、削られる骨肉と抉られる内臓。

 微笑みながら、氷炎の力を宿した剣を振う双樹。

 眼には涙さえ浮かべながら、感動に震えながら。

 

 緩慢な動作で槍を盾にして防御しながら、杏子は双樹の攻撃を受け続けた。

 双樹はそれを諦めと、自分への身を捧げる行為と解釈していた。

 彼女が目元を潤わせた感動とは、それによって生じた想いだった。

 

 しかしこの時、佐倉杏子の戦っていた相手は双樹では無かった。

 双樹よりも嫌悪感が強く、憎悪と殺意、その他無数の負の感情を抱かせている者達と、杏子は戦っていたのだった。

 それは彼女の精神の中で繰り広げられていた。

 悪罵に怒声に愚弄、そして精神的な浸食も行われた。

 

 しかしそれはある種、一種の対談でもあった。

 筆舌に尽くしがたい遣り取りの後に、肉体としての杏子は膝を就いた。

 彼女の肉体をキャンパス、自分の剣を筆と見做した双樹の暴力により、杏子の全身は血に塗れていた。

 

 血の一部は凍り付き、皮膚は火傷によって爛れ、溢れた体液と血が冷気によって氷結している。

 凍傷と熱傷による、原因は異なれど現象としては近い皮膚と肉の破壊に加え、腹に突き入れられた剣からの冷気によって胃と腸は氷の彫像となった後に彼女の体内で砕けていた。

 動きを止めた杏子に、双樹は氷炎の力を束ねた大剣を振り下ろした。

 焼けて爛れて氷結した肉の断面。

 消えゆく寸前の命の輝きを想像し、双樹は興奮しきっていた。

 剣が触れかけた時、杏子の眼が輝いた。

 

 高熱によって白濁した眼の奥からは血色の、冷気によって氷結して砕け、眼窩に引っ掛かってるだけとなった眼球の欠片は黄水晶の光を宿した。

 そして静かな音を立てて、剣の切っ先が異界の地面に触れた。高熱に舐められ、硝子化した地面が砕けて破片が舞った。

 発生した現象は、それだけだった。

 剣によって切断される筈の佐倉杏子の姿が、忽然と消えていた。

 

 

「やぁやぁ。久々だけど、常に私達と共にある変態ポニテ女」

 

 

 彼女の背後で囁く声。

 佐倉杏子の声だが、喋り方が異なっている。

 飄々とした、掴みどころのない口調。

 

 

「君はヤンホモみたいな鎧を着てる訳でもないのにすっトロいね」

 

 

 くすりと微笑みながらの嘲笑。

 

 

「貴様ァ!!」

 

 

 愚弄によって瞬時に理性が沸騰した双樹が背後に向けて剣を放つ。

 氷柱の根元から先端まで一気にヒビが入るような、迅速に過ぎる反応だった。

 

 

「おっそ」

 

 

 虚空を切った剣。

 そして掛けられた嘲りの声は、彼女の周囲全体で聞こえた。

 それでいて数は複数ではなく一つ。

 一つの言葉を言い終える間に、双樹の周囲を幾重も旋回していたのだった。

 赤黒い刃を持った斧と共に吹き荒ぶ、黒く禍々しい風となって。

 

 

「ぐあ!ぎ!ぐ!ぎゃ!」

 

 

 操縦の周囲、前後左右に上空と黒い風が吹き荒れる。

 風が伴う赤黒の斧が双樹の身体を切り刻み、白いドレスを血に染めてく。

 肩の端が切り飛ばされて肉片が舞う。

 吹き荒ぶ風に朱が混じる。彼女から溢れた鮮血は襲撃者にも付着していた。

 それを目印にして双樹は剣を突き出した。

 剣は肉を貫いて背後から抜けた。

 

 

「がっ……」

 

 

 苦痛に満ちた喘鳴。

 それを上げてたのは双樹だった。

 双樹が右手に握る剣は襲撃者の胸を貫いていた。

 黒い生地の上に鮮血がじわりと沁みていく。

 

 

「ははははは。これが奴の身体で感じる痛みか」

 

 

 楽しそうに笑う杏子、の声をしたもの。

 纏った衣装は黒と白を基調とした奇術師風。

 右眼を覆うのは黒い眼帯。

 残った左眼に宿るのは黄水晶の瞳の輝き。

 

 

「既に全身を刻まれているが…うん、この痛みは中々良い仕事をするね。それに対して敬意を表し、私もオマージュをさせていただいた」

 

 

 心臓を貫かれているが故に、口からは鮮血が溢れ、言葉を発する度に口の端から泡が弾ける。

 しかし朗らかな表情で彼女は、佐倉杏子の身体を乗っ取った呉キリカは告げた。

 対する双樹は苦悶の声を上げ続けている。

 

 キリカが告げたオマージュとは、双樹の全身に刻まれた傷だった。

 黒い禍つ風と化して双樹の周囲を超高速で旋回しながら、キリカは双樹を切り刻んでいた。

 傷は浅いが、肉が裂けた面積は広い。

 

 そして傷口はひび割れのようにささくれ立っていた。

 キリカが下げた左手に生えているのは普段の斧爪、であるがよく見れば刃の状態が異なっている。

 

 刃の表面には鱗の様な隆起が連なり、刃の曲線もギザギザと鋸の様な形になっている。

 この残虐な刃が双樹に残忍な傷を与えていた。

 また両者を詳しく見比べれば、全身に負った傷の配置に類似点を見出せただろう。

 嫌すぎるオマージュだった。

 

 だがしかし、双樹が呻いている原因はそれではなかった。

 

 

「あれ?お気に召さない?なんで?」

 

 

 心底から不思議そうにキリカは言う。杏子の声帯と舌を使っている為、杏子特有の舌足らずな喋り方になっていた。

 

 

「召す訳…ない、でしょ、この…変…変、態…!」

 

 

 身体を痙攣させながら双樹は途切れ途切れで告げる。

 キリカは更に首を傾げた。

 今のキリカは左手を下げている。

 胸は双樹の剣に貫かれている。

 

 その少し上で、キリカもまた双樹に向けて右手を伸ばしていた。

 水平に伸ばされた手から、一本の赤黒い触手が生えていた。

 太さは一センチ程度の、ヴァンパイアファングの小型版。

 微細な無数の斧を連ね、伸縮自在に蠢く事を可能とした鋼の管蟲。

 それは相手の中に切っ先を穿孔させ、内部を抉る残虐な凶器。

 忌まわしき名は、呉キリカ曰く『ドリルワーム』。

 

 それが双樹の左眼、瞳の真ん中を貫いている。

 時間の経過に連れて、触手は双樹の体内へと沈んでいく。

 

 

「そっか。じゃ、たっぷりと味わって呉給え」

 

 

 血染めの杏子の顔で春風のように笑って、キリカは言う。

 今の発言の語尾には♪が付くに違いない。

 言いながら手首が捻られた。同時に触手も、発生源であるキリカの手首に嵌められたブレスレットから生成されて一気に伸びた。

 絶叫が双樹の口から上がった。

 

 眼球を貫いて体内に穿孔した管蟲は、双樹の体内で数本に別れた。

 眼窩から脳へと向かい、頭蓋の中に穿孔して脳味噌を内側から切り刻む。

 双樹の頭の中で枝分かれした何本かは下方へ向かい、双樹の背骨を削りながら沿って腰まで降りた。

 そこで骨の隙間から背骨の中に侵入し、脊髄と神経をズタズタに破壊しながら今度は上方へと向かう。

 

 

「あああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 生きた人間が味わえそうにない苦痛を受け、双樹は叫んだ。

 叫んだ口からは、脳と背骨を刻んだ触手が溢れ出た。

 ギザギザとした触手の表面は脳漿や血液に体液で濡れ、脳味噌と肉の合い挽きが絡みついていた。

 

 

「うわぁ、ぐっろ…」

 

 

 口から吐き出された、双樹の体内の部品や液を顔に浴びながらキリカは言った。

 残虐な破壊行為を鑑みれば当然の結果の筈だが、キリカはその結果が意外だったようだ。

 

 

「君の事だからこの苦痛も楽しさに変えて、攻撃を仕掛けた私の方が君の異常さに圧倒されて雑魚キャラ感を出す…というのが私が予想した未来だったのだけど」

 

「そんな…わけ…ある…か!」

 

「えー?でもさっき楽しそうにこのメスガキのボディを刻んでたじゃないか!理不尽だよ!」

 

「相手に、与えるのと…自分が、受けるのと……違うに、決まって、る、で、しょ……!常識……を、知れ…この、ば、ぁ、か…!」

 

 

 正論のようで理不尽。要は身勝手な言い分を語る双樹。

 尤も、これに関してはお互い様である。

 双樹の返事に、キリカはにこりと微笑んだ。

 左眼は薄く開き、隙間からは黄水晶の瞳が見えた。

 今後への期待が輝いている視線であった。

 

 

「ああ、全くその通り。こいつは常識知らずもいいところだ」

 

 

 キリカの口調が変わった。隙間から見えた瞳の色も変化していた。

 黄水晶から、血色の紅へと。

 

 

 

 

 


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