魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第45話 開戦

 異界の中、荒い息が重なる。

 大気に漂うのは、焦げ臭さと鉄錆と潮の匂い。

 そして今また、更にそれが増えた。

 

 

「がふっ」

 

 

 荒い呼吸の中、杏子は口から血を吐き出した。

 鮮血ではなく、黒々とした粘着性の高い血液。

 杏子は全身に火傷を負い、手や足の先は炭となり腹の真ん中には大穴が空いていた。

 中にある消化器官と心臓と肺は、さながら良く焼けたハンバーグの様な状態となっている。

 焼ける以前に、挽肉同然に破壊されていたからだ。

 

 

「その傷でよく正気でいられるな。お前ら強過ぎんだろ」

 

 

 その傍らにはナガレがいる。

 二人は異界の地面が大きく隆起した岩の影に隠れ、手足を投げ出して座っていた。

 自分自身も血と傷に覆われた姿となっているが、それらは軽傷と彼は判断し、牛の魔女に命じて杏子の治癒を行わせていた。

 

 

「は、はは」

 

 

 治癒をされつつ杏子が笑う。

 八重歯は欠け、顔半分は無残に焼け爛れて血と体液を垂らしながらの凄惨な笑顔だった。

 

 

「二人、揃って、荒い息、立てて、体液、と、血、まみれ、で、全身、ぬるぬるで、ぐっちゃ、ぐちゃ」

 

 

 苦痛を振り切るように杏子は笑う。

 そうしなければ狂ってしまう。

 その自覚があるからこそ、彼女は口を動かした。

 

 

「気持ち、悪いのは、分かる、けど、これ、も、セックス、みたいな、もんか」

 

 

 余りの苦痛に歯が噛み合わずに鳴り合い、残った右半分の顔の赤い瞳は瞳孔を定めずに動き回るも杏子は不健全ながら愛欲の言葉を告げた。

 

 

「何度も言うけど十年待て。ちゃんと生きたら相手してやる」

 

「言ったな。ならちゃんと、あたしを抱き潰して壊してくれよ」

 

 

 血塗れで笑い合い、不健全な言葉を重ね合う。

 いつもの二人だった。

 

 治癒魔法が効果を発揮し、杏子の内臓が修復されて腹の穴が塞がる。

 炭化した手足の下から新しい指が生え、顔半分も火傷が消えて尋常な美しい顔に戻る。

 続いて自分を治癒しようとしたナガレに杏子は顔を重ねた。

 

 唇を介して魔力を送り、彼と半共生状態の魔女がそれを受け取り治癒を行う。

 内臓の損傷はなく、全身の裂傷と中程度の火傷に骨折程度で済んでいた為に彼の治癒は一瞬で終わった。

 その瞬間、二人は地面を蹴った。

 その背後で、二人が背もたれにしていた岩が砕けて蕩け、欠片も残さずに蒸発する。

 工事現場によくあるプレハブ小屋ほどの巨大質量を消し去ったのは、炎の力を帯びた魔力。

 

 

「そらよっと!」

 

 

 空中で身を捩り、斧槍を振うナガレ。

 飛来した炎の塊が切断され、二人の背後を流れて破裂する。

 背後からの熱波を浴びながら、二人は着地した。

 そして得物を構えて正面を見据える。

 

 黒と紅の瞳が見つめるのは、燃え盛る炎を背後に二人に向かって歩く白いドレスの少女。

 左右の手に幅広の剣を下げながら、魔法少女姿の双樹が杏子とナガレに向かってゆっくりと歩を進めていく。

 熱を孕んだ風でドレスを揺らし、火の粉が舞う中を悠然と歩く双樹。

 その姿は彼女の美しさと相俟って、超一流のファッションモデルと比較してもなんらの遜色も無かった。

 

 

「ごめんねぇ。二人の時間をお邪魔しちゃって」

 

「全くだよ。折角仲良くヤってたのにさぁ」

 

「なるほど。道理で股が濡れて肉が蠢く音がして、雄を求める雌の香りが漂ってるなと思ったよ」

 

「あ?テメェ、生理現象を馬鹿にするとかほんとガキだな。お前あれだ、仮に小坊の男子だったら女子の月経を愚弄して泣かすとか、そんなしょーもないことをする奴なんだろな」

 

 

 雌の欲望は否定せず、想像力を働かせた反論を行う杏子。

 それは双樹をイラつかせたらしく、秀麗な額に亀裂を刻んだ。

 子ども扱いが利いたのだろうか。

 双樹はその怒りを形に出した。

 但し言葉ではなく行動で。

 両手の剣を前に翳し、魔法を紡ぐ。

 

 

「アヴィーソ…緊急時故以下略」

 

 

 剣先から炎塊が発せられ、ナガレと杏子に向かって飛翔する。

 拳大の炎は飛翔の最中に空気を喰って巨大化し、人が横に手を繋いだほどの直径と化した。

 その間を二人は走った。

 

 斬撃で炎を払い、身を屈めて滑り込みながら走り抜ける。

 炎を回避し、二人は双樹の左右へと回った。悠然とした動きで双樹は刃を掲げる。

 直後に金属音、そして迸る衝撃。

 

 ナガレによる斧槍、杏子の十字槍の斬撃が、空気分子さえも切り裂きそうな速度と鋭利さで振り切られていた。

 試してみた限りでは、厚さ一メートルの鉄塊や頑丈な魔女の甲殻も粘度のように切り裂く斬撃を双樹は受け切っていた。

 得物同士が触れあう場所が、加えられる力によって牙鳴りのように微細に揺れるが、進行する気配が無い。

 

 

『この構図は思い出すな』

 

『ああ、キリカの時と一緒だね』

 

『なら』

 

『殺れるな』

 

 

 懐かしさの思念を交わすと同時に二人は前へ蹴りを放った。

 細い胴体に直撃し、双樹の身体が背後に向けて飛ぶ。

 二人の脚が捉えた感触は、まるで布を押したかのよう。

 その感触に相応しく、双樹は衝撃など無いかのように宙をふわりと舞っていた。

 

 

「なんて暴力的な」

 

 

 着地するとそう呟き、唇を可愛らしく尖らせて息を吐く。

 唇の隙間から、ほんの僅かな血が吐き出された。

 

 

「私(あやせ)に血を見せる(出させる)なんて(とは)」

 

 

 双樹の姿が、纏ったドレスの色が変わっていく。

 純白から真紅へと。

 

 

「許しません」

 

 

 口調も変化している。

 双樹あやせから双樹ルカへと、人格と魂が置き換わる。

 

 

「報いを受けよ」

 

 

 右の剣を掲げる双樹。

 瞬間、ドレスと相反する青白い輝きが剣先に宿る。

 異界の大気に含まれる水分が氷結し、三人を繋ぐ間に氷雪が舞う。

 

 

「カーゾ・フレッド」

 

 

 光が迸り、ナガレと杏子へと向かう。

 光が触れた空間の大気が凍りつき、空間自体が青く染まる。

 口を広げた巨大な毒蛇のように、氷の牙と氷結の光が二人に向かう。

 

 杏子は炎の魔力を紡ぎ、密かにナガレへとその一部を受け渡した。

 黒い斧槍に紅い力が宿り、解放の時を待つ。

 そして光に向けて二人は走った。

 後退という道はない。

 前に進むしか無いのである。

 

 そして、

 

 

『今はこいつに』

 

『ああ。構ってる場合じゃねえ』

 

 

 思念を交わして走る二人。

 氷結の力との接触の寸前、異変に気付いた。

 得物を突き立てて制動を掛け、地面を蹴って跳ぶ。

 双樹もまた魔法を止め、全力で退避行動に移っていた。

 

 杏子は外套の裾を燃焼させ、ゲッターロボを模した飛行魔法を行使し、ナガレは魔女を黒翼に変えた。

 退避の中、二人は上空を見上げた。

 異界の空には、極彩色の世界の中でも異質な闇の様な曇天が渦巻き、その内部では雷撃が轟いていた。

 そして天から降りた竜のように、巨大な雷撃が地面の一点に降り注ぐ。

 直後に、

 

 

「サンダァァァアアアアアアアブレェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエク!!!!!!」

 

 

 少女の絶叫が木霊し、異界を極大の雷撃による白光が包み込んだ。

 

 


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