魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第42話 紅の回想④

「ぁぁ…うぅ……」

 

「あんまり無理しなくていいけど、歩けるときは歩けよ」

 

 

 杏子に肩を貸しながらナガレが歩く。

 相変わらずの様子であるが、口から唾液は垂れてはいない。

 二人が歩を進めるのは木造の床面。公共の場だから、という意識が今の杏子にもあるようだ。

 

 登山途中にあった温泉小屋へと二人は来ていた。

 かずみの姿は既にない。

 二人を放置して更衣室へと消えている。

 背負った荷物を受付に預け、ナガレは杏子に肩を貸している。

 

 歩きながら、ナガレは思い出す。

 管理人の中年女性は、朝早くに訪れた年少者三名にも丁寧な対応をしてくれていた。

 荷物を預かり、この施設の利用法等を説明する。

 

 その中で、女性の眼に生じたのは悲哀さと理解の色。

 杏子を見る視線の成分を、ナガレは自分なりに分析した。

 

・強姦被害者の少女への悲哀

 

 これは当たっている、と彼は思った。

 双樹の体内で溶けあった魂の中、朱音麻衣が杏子に行っている行為は…と聞いていたからである。

 

・傷ついた心を癒すために登山に訪れた少年少女。関係性は恋人同士

 

 当たっている。

 恋人、というのはよく分からないが彼氏彼女だと自分らの関係を定義したので、遠くは無いかなと思った。

 他人からの視線を大して気にしない性格もあり、特にその程度思うだけで彼は行動を続けた。

 かなりゆっくりとした動きで、さして広くも無い施設の中を進む。

 しばらく経って、漸くかずみに追いついた。

 持参した手持ちのバッグをかずみに渡し、

 

 

「頼んだぜ」

 

 

 と告げて彼もまた更衣室へと向かった。

 その様子にかずみは首を少し傾げたが、

 

 

「あ、そっか」

 

 

 と言って、扉から半分出していた首を引っ込め、杏子の手を引いて室内へと連れ込んだ。

 背後で扉を閉めてから洗面台の鏡を見る。

 ああ、と納得した。

 

 今の彼の顔は、美少女と美少年の要素が矛盾なく交じり合った造形となっているからである。

 元の姿の面影も残している事に、器用な奴もいるもんだと考えていた。

 今の自分の姿に対して、最近では特に苛立つ事も無くなっている。

 外見をコロコロと変えるロボットに乗っていたとはいえ、慣れとは恐ろしいものである。

 

 

 

 白い煙が広がり、岩肌をじっとりと濡らしている。

 白く濁った温泉の中にナガレは身を沈めていた。

 

 

「あー…いい」

 

 

 熱めの温度が身体に心地いい。

 元々風呂が好きであり、自然の中にいるということもあって彼はリラックスしていた。

 ぼーっとしながら快楽を享受していると、視界に横切る黒と白と赤が見えた。

 白は肌であり、黒は水着、最後に赤は髪である。

 

 

「ラッコかよ」

 

 

 と彼は言う。

 彼の前に浮かぶのは、黒い水着を纏い仰向けに浮かぶ佐倉杏子である。

 口は微細な開閉を繰り返し、相変わらずの喃語を呟く。

 水着は鱗が連なったような彫が入れられたビキニ風の水着だった。

 その質感はゴムに近い。

 

 魔女モドキを用いてかずみが造ったものだった。

 どうやら裁縫も得意らしい。

 裁縫、というレベルを超えている気がするが。

 また当のかずみは風呂に入ってすぐに

 

 

「のぼせちゃった」

 

 

 と言ってリタイアしている。

 今頃はフロントの辺りでコーヒー牛乳でも飲んでいるのだろう。

 もしかしたら、二人に気を利かせたのかもしれない。

 またついでに、ナガレもサーフパンツ風の黒い水着を穿いている。

 温泉が混浴なのは前もって知っていたので、申し訳程度の対策であった。

 

 

「腹冷えるぞ」

 

 

 仰向けに浮かぶ杏子を、脇腹に手を添えてごろんと転がす。

 胸と股を晒す姿は彼女なりの誘惑だったのかもしれないが、何時も通りに特に効果はない。

 姿勢を変えられ、ナガレと同じく通常の入浴スタイルへと体勢が変わる。

 

 が、それを一瞬であり、今度はうつ伏せになってぷかりと浮かんだ。

 魔法少女故に窒息死は無いだろうが、その状態は水死体にしか見えなかった。

 そのまま杏子はぷかーっと浮かび、彼の眼の前から温泉の奥へと流れて行った。

 身体をくねらせていることからして、本人は楽しんでいるようだった。

 

 その様子に彼は、鰐やオオトカゲの遊泳模様を思い出していた。

 蛇のそれにも近いかもしれない。

 そういえば素材に用いていたのは巨大な蛇の姿をした魔女モドキだった。

 切り開いた内側の、ラバーっぽい部分が彼女の水着の素材となっていた。

 

 平和だな、と思って欠伸をした時、水が弾ける音が響いた。

 それは連続し、岩を足が叩く音も聞こえた。

 杏子が消えていった先は、白煙が立ち昇ってて見えない。

 

 なんとなく分かった。

 湯船の奥にいた先客が杏子を視認したのだろう。

 煙の奥からぬっと表れた、少女の水死体のようなもの。

 確かに怖そうだった。

 

 悪いことしたな、と思っていると湯船に浸かっている右手がグイと引かれた。

 完全な不意打ちにより、温水の中に一気に引き摺り込まれる。

 熱い湯の中だが、彼は平然と眼を開いた。

 乳白色の湯の奥に、赤く揺らめく毛髪と、牙を剥き出しにして嗤う杏子の顔があった。

 

 油断した、と思う間もなく杏子は全身を使って彼の肉体に自分の身体を絡めた。

 これが性欲か闘争本能によるものかの判別は、実質的に存在しない。

 その二つの欲望は、何の矛盾なく同時に成立するからである。

 

 

 

 

 

 


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