魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
煌く星空が天に広がる。
周囲に満ちるのは白い霧。
その中に、赤い柱が立っていた。
それは、炎のような色彩のドレスを纏った少女だった。佐倉杏子である。
黒い地面に膝を着き、両腕をダラリと下げている。
表情は虚ろで、真紅の瞳の中にも虚無があった。
小さく開いた口の端からは唾液が垂れ、顎先にも伝っている。
それが滴り落ち、杏子のスカートのちょうど股の部分に溜まっていた。
杏子はぴくりとも動かず、不気味でどこか淫らで、そして美しい彫像となっていた。
そこに影が降りる。風も届いた。彼女のドレスの端や真紅の髪が風を孕んでふわりと揺れた。
星空が煌く世界の空を、何かが蛇行していた。
それは一気に彼女へと迫った。
全長が10メートルにもなるそれは、真紅と漆黒の色を纏っていた。
蜥蜴か鰐の様な造詣の貌、蛇腹も鱗も、全てが装甲された東洋の竜に似た姿の異形だった。
頭部には多数の角が生え、まるで王冠のように鋭角が連なっている。
魔の力で浮遊しているのか、翼は無い。
正面から見て右が真紅、左が漆黒の色となっていた。
短剣のような牙が並ぶ口が開き、真紅側からは炎が零れ、漆黒の方からは黒煙が漏れていた。
それが真上から、地面に座る杏子に迫っていた。
既に、開かれた大口の真ん中に杏子がいる。
黒々とした影に覆われ、竜の贄となるのを待っている。
瞬き一つするのに掛る半分の時間の後には、杏子の肉体は頭の天辺から爪先の先まで死の顎に囚われ、挽肉となったに違いない。
顎が閉じられた。金属音が鳴り響く。
苦鳴が鳴った。視界が闇で覆われた。
苦痛の叫びは、ボイラー音に似ていた。
真紅と漆黒の装甲が割れ、破片が飛び散った。
異形の絶叫はくぐもっていた。軽自動車程の大きさの竜の顔が、何かに完全に覆われていた。
それが一瞬開き、次の瞬間にまた閉じた。
装甲が砕け、大量の破片が宙に舞って地面に落ちる。
その最中にいても、杏子は動かなかった。
破片も杏子も、黒い影に覆われていた。
先程の竜よりも幅も長く、そして長い影だった。
表面を彩るのは真紅の装甲。複数の輪で形成された蛇腹の首、肉食魚と蛇の中間のような頭部。
黒い樽の様な胴体からは、先端が十字の槍穂となった長い尾が伸びていた。
菱形に十字が入った眼は、無機質ながら獲物を喰らう事に夢中になっているように見えた。
佐倉杏子の槍が巨大化して変異した存在。
異界の蛇龍、ウザーラの疑似個体である。
全長一キロに達するオリジナルの数十分の一程度の大きさではあるが、それでも長さは三十メートルもある。
トラックのコンテナにも近い大きさの大口が真紅と漆黒の竜を咥えて噛み砕いていた。
抵抗に対し何度も牙を突き立てて破壊する。
口の端には、既に喰われていたのか竜とは違う部品が見えた。
ガラガラヘビの尾に似た突起がちろりと見え、細かく動いている。
咥えられた異形達はなおも抵抗をやめようとしない。
その口内で、一瞬光が迸った。
槍穂の様な牙が並ぶウザーラの内からはその残光と、溶解した金属が飴の様に滴った。
喉で発生させたプラズマを口内に広げ、異形達にトドメを刺したのだった。
蕩けた異形を嚥下させ、蛇龍は宙で身を捻った。
見る間に巨体が収縮し、元の真紅の十字槍へと戻る。
地面に落下し、切っ先が突き立つ。
顔の数センチ先を掠めて膝の間に落ちてきた槍を、杏子はぼんやりと眺めてた。
異形との遭遇から最後に至るまで、変身をしてから膝を着いたままであった。
業を煮やしたのか主への忠誠心か、槍は勝手にウザーラとなり異界の中の魔女モドキを喰らったのであった。
「うーん…」
その様子を、ナガレは少し離れた場所で眺めていた。
何かあればすぐに駆け付けられる位置であったが、これほどに万物に無反応を示し続けるとは思わなかった。
「ねぇ…どうするの?」
隣に立つかずみも不安そうにしていた。
その様子は、まるで杏子の保護者である。
「…俺に良い考えがある」
しばし瞑目してからナガレは答えた。
その返しに、かずみは不安そうな視線を送った。
何故かは分からないが、成功する気がしないのだった。
翌日。
日が昇る前、仮拠点である廃ビルから抜け出す二つの影があった。
一人は杏子の私服の予備に着替えたかずみ。
もう一人は普段の私服のナガレ。
背中には杏子を背負っている。
服装は私服だが、頭に普段のリボンは無かった。
赤い髪留めが二つ、頭の左右にくっ付けられていた。
本来は左右対称になるように付けるのだろうが、微妙に左右でズレている。
この装飾はキリカが杏子の身体を乗っ取っている時に、嫌味で購入していたものだが、杏子はそれを着用していた。
大嫌いなキャラクターに外見が近付くというのに、茫洋とした意識ながらにそれを自覚しつつ着けていた。
「おい杏子。調子はどうだ?」
「あ…う……」
杏子は喃語で返した。
反応を示す程度には回復してきている。
良い事だと彼は思った。
「あん……た………」
ナガレの背中に顔を押し付けながら、杏子は途切れ途切れで言った。
「ば……か……ぁ………?」
「………」
「あんた……ばかぁ………あんた…ばかぁ……」
重症だと彼は思った。
夜から朝になる前にと、二人は移動を開始した。
そしてナガレの右肩に顎を乗せた杏子は、同じ言葉をいつまでも延々と繰り返した。