魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第40話 獣性⑤

「うーん…」

 

 

 廃ビルの中でナガレは唸った。

 既に夜になり、生活スペースとしているフロアの中にも闇が満ちている。

 その中でも彼は昼間同然に全てが見えている。

 黒い渦を宿した瞳は、下方へと向けられていた。

 広げられたビニールシートの上に、それはあった。

 

 

「おいキリカ、こいつなんつったっけ?」

 

「どれの事?」

 

 

 背後へと声を掛けると、即座に返ってきた。

 声と声の間には、何かを刻む音が聞こえた。

 

 

「このサイみたいな奴だ。お前の家で読んだ本に出てきた化け物にも似てる」

 

 

 相手には見えないと分かりつつも、下方を指さして彼は言う。

 そこにあったのは、仰向けに倒れた人型の存在。

 全身を銀の装甲で覆った、サイ型の怪物だった。

 

 

「ああ。大禍つ式の一体で無派の子爵級、第四九三式のハビカイアーにも似てるね。良かったね、そいつが相手でなくて。あれが現実にいたら私らは死んでるよ」

 

 

 回答にならない答えをキリカはした。

 記憶を辿るとメタル云々迄は思い出せた。

 別にどうでもいいので、彼はまぁよしとした。

 

 

「で、こいつら一体何なんだ?あの後行く先々で出くわしたけどよ」

 

 

 更に彼は横に視線を走らせる。

 鼻先から伸びた角を含めれば五メートルにもなる巨体の隣には、似たような大きさの複数の異形が並んでいた。

 

 歪曲した角を生やした、擬人化したレイヨウ。

 首周りの広がった頸部から、人間に似た手を生やした紫色のコブラ。

 肥大化した眼球を飛び出させた、四肢を備えたカメレオン。

 一フロアを丸ごと使用しているとはいえ、これだけ多いと空間をかなり圧迫する存在感があった。

 

 

「よし、出来た」

 

 

 彼の問いには答えず、キリカは満足げに言った。

 またこの時に至るまで、キリカは相変わらず杏子の姿を乗っ取っている。

 杏子の身体で普段の黒い魔法少女姿となっているキリカは、ビニールシートへ向けて何かを放った。

 首を軽く傾げて、彼はそれを回避した。

 

 黒髪の先端がそれに触れ、僅かに切断された。

 首を傾けなければ、恐らく今頃彼の首は落ちている。

 それに対し咎めもせず、なんとも思っていないキリカであった。

 落下するより前に、彼の足が延ばされてそれを軽く蹴り、落下の衝撃を軽減させる。

 サイとコブラの上に、その物体は落下した。

 

 

「うげ…」

 

 

 思わず彼は呻いた。

 白銀に輝く物体が、絨毯のように広げられている。

 それは比喩ではなく事実であった。

 そこにあったのは、装甲然とした光沢と質感を持つ、白い虎の様な異形の敷物だった。

 現実の虎の敷物のように、身体の前面から手足に胴体にと真ん中あたりを切り裂かれて左右に広げられ、可能な限り表面積を増やされた姿にされていた。

 

 

「虎といえば敷物だよね。タフでもアイアン木場がやってたし」

 

 

 ナガレの隣に立ち、ニヤニヤと笑いながらキリカは言う。

 例によって元ネタは分からない、というか巻数が多過ぎて読めていない彼であった。

 知らない事ばかりだな、と彼は自分の無知を嘆いた。

 別に嘆く必要は無さそうだが。

 

 

「状況整理と行くか」

 

 

 知らない事ばかりならば知ればいい。

 彼はそう思考を切り替えた。

 

 

「こいつらだが、共通点は外見が動物ってコトの他にもあったよな」

 

「うん。これとかね」

 

 

 そう言ってキリカは身を屈め、広げられた装甲虎をごろりとひっくり返した。

 胴体の真ん中あたりに、隆起した肉らしきものが広がり、人が一人入れそうなスペースがあった。

 彼にそれを見せてから虎を蹴飛ばして退け、下敷きになっていたコブラとサイを露わにする。

 退けるのなら最初から別の場所に置けばいいのだが、行動を鑑みると彼から現状把握を提案される事を予測済みで、その上で虎を蹴飛ばしたかったからとしか思えない。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 立ち上がり、キリカは言った。

 

 

「友人、これ食べる?デストクローもどき」

 

 

 キリカが差し出した右手の親指と人差し指には、長い鋭角が握られていた。

 彼女が蹴飛ばした虎の手から生えた、複数の爪の一本だった。

 

 

「喰えるのかよ、それ」

 

 

 彼は至極真っ当な事を言った。

 爪を料理とすること自体、凡そ考えられない事態である。

 『やめとけ』と彼は言った積もりだった。

 キリカはそれを自分への挑戦と受け取った。

 見てみろ、と言わんばかりに彼を睨み返し爪状の先端を口に含んだ。

 

 ぞぶ、という音がした。

 歯は厚さ五ミリほどの爪に喰い込み、それを切断。

 外見に反して、柔らかい質感でもあるらしい。

 そして咀嚼、次の瞬間にキリカはそれを吐き出し、かけて飲み込んだ。

 

 

「うええ、ゲロマズ。もっと食べとこ。魔法少女は強いけどお腹壊すからもっと食べよう」

 

「分かってるならやめろっつの」

 

 

 顔を顰めているが、元が美少女である杏子な上に演じているのが類稀な美貌の持ち主であるキリカであるためそれすらも美しい。

 対する彼の表情には呆れしかない。

 もっと食べておこうとは、この肉体が杏子のものなので好き勝手にしてしまえという意図があるのだろう。

 彼の言葉を他所に、キリカの意思は杏子の歯で更に爪を齧って杏子の舌でそれを味わって飲み込む。

 

 

「あーくそ、苦くてまっず。デストワイルダーもどき超まっず。なにこれ、ゴムの質感と臭いと味がする」

 

「…着ぐるみみたいな感じだからじゃねえの?」

 

 

 彼はそれとなく話を戻そうとした。

 

 

「矢張りゴムっていうのは身体に挿れるためには出来て無いね。ってワケだから改めてだけど、私とコトに及ぶ時は避妊具の着用は絶対に認めないって事でよろしく。直接の触れ合いで互いの肉の質感や粘膜、溢れる体液の熱さを存分に楽しもうじゃないか」

 

 

 無駄であった。

 対する彼の思考は「そう来るか」だった。

 まるで将棋を指す中で、相手から渾身の奇策を打たれたかのような驚きと関心が今の彼にあった。

 どちらがより異常なのか、全く分からない二人であった。

 恐らくこの連中の思考は、知的生命体が持ってはいけない領域のものだろう。

 

 

「食べるかい?」

 

 

 食べかけの爪をキリカはナガレに向けた。

 彼女が齧り取った断面には、とろりとした唾液が纏わりついている。

 外見は杏子だが表情はキリカであるので、今の状況には異様な妖艶さが付与されていた。

 少し考え、彼はそれを受け取った。

 

 欲情したからではなく、試してみるかと思ったのである。

 またキリカの言い回しは偶然にも、杏子から掛けられたお裾分けの台詞に似ていた。

 だからといって、異形の爪を食べる行為の正当化にはならないのだが。

 

 鋭い歯が銀の爪を齧り、ごりごりと噛み潰す。

 キリカが言ったとおりの苦味を味蕾が捉えた。

 額に厭わし気な峡谷が薄く刻まれる。

 しかし、咀嚼を続けるうちにそれが薄れていった。

 

 

「……いや、これは…案外」

 

 

 齧る。齧る。齧る。

 爪一本が喰い終わるまで、五秒と掛からなかった。

 その様子を、キリカは奇怪なものを見る眼で見ている。

 気にもせずというか気付かず、彼は広げられた白虎の手首と手の甲を自分の両手で掴んで左右に引いた。

 

 ぶちんという、ゴムが千切られるような音を立てて一気に断裂した。

 硬度的には新品の大型タイヤ以上のものがあったが、彼の腕力からするとどうということは無いらしい。

 そのまま手首に噛み付き、大きく齧り取る。

 

 

「うん。中々イケる。これあれだな、サルミアッキ?っていうやつだっけか。あれの独特の味をパワーアップさせた感じがする。よく噛んで味わうと美味いな」

 

 

 そう感想を言うと、彼は食事、というか捕食を再開した。

 手首は直ぐに喰われ、手の甲に取り掛かられている。

 長さが五十センチ近くある刃状の爪まで喰いきるのに、そう時間は掛からなそうだった。

 

 

「友人…お前、なんか怖いぞ……」

 

 

 黄水晶の瞳の中に恐怖を宿しながらキリカは言った。

 確かに、真っ暗な廃ビルの中に複数の異形の骸が並べられ、それを美少女じみた外見の少年がその一体の腕を貪り食っているという状況は異常以外の何物でもない。

 ホラーかギャグかと問われれば判断に困るが、どれをとっても正気度を削る狂気に満ちていた。

 

 しかしである。

 この現状を生み出した原因は他ならぬキリカである。

 彼の問い、現状の把握について彼女が脱線させなければこうはならなかったハズだ。

 その件に付いては、キリカはとっくに忘れている。

 寧ろ今の彼女は

 

 

『こいつ、話を進める気があるのか?』

 

 

 とさえ思っていた。

 思っている間に爪先まで綺麗に喰われ、もう片方の手も行っとくかと身を屈めたナガレをキリカが説得を交えて止めてから、話は漸く再開された。

 

 

 

 

 












ええ…(困惑)

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