魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第40話 獣性④

「いっただっきまーす!」

 

「「いただきます」」

 

 

 元気に溢れたかずみの声。

 落ち着いた雰囲気、少なくともそう演じているナガレと杏子。

 かずみの手前だから、というのだろう。

 

 その実、二人は懊悩に耐えていた。

 動物園の広場から離れた草原。

 暑い日差しを避けて、多くの人々が木陰の下で涼んでいた。

 和やかな雰囲気の中、ここにもその一つがあった。

 大きめの木の下で、三人の年少者達が集っている。

 

 色とりどりの民族風のカーペットを模したシートの上には、かずみ手製の弁当が並んでいた。

 一口サイズに握られた大量のおむすび。

 中身は梅と鮭にツナマヨ、またはシンプルに塩のみである。

 

 からりと揚げられたから揚げ、パリッとした質感が見えるウインナー。

 ふわっとしたポテトサラダにひじきの煮つけ。

 眩い黄色の卵焼きと、付け合わせの沢庵といった献立だった。

 

 バリエーションに富んではいたが、ごく普通のお弁当。

 しかし鼻先に香るかぐわしい香りが示すように、その出来栄えは尋常ではない。

 

 

「………ぅぅ」

 

 

 杏子が唸りつつ、唾液をゴクリと飲み込んだ。

 どこか淫らで、欲情しているようにも見えた。

 本能に心を奪われているあたり、感情的には大差がないのかもしれない。

 

 早速、彼女は手を伸ばした。

 左手に取り皿、右手に箸を握っていた。

 どれを取ろうか迷い、橋の先は彷徨うように揺れていた。

 

 

「美味っ」

 

 

 おにぎりの一つを口に含んだナガレは、飲み込み終えるとそう言った。

 塩の具合、海苔の質感、米の粘り気。

 全てが完璧だった。

 

 

「でしょでしょー!」

 

 

 誇らしげに胸を張るかずみ。

 呉キリカの私服の予備で包まれた、本来の持ち主とは異なる慎まし気な胸が精いっぱいに誇らしげに張られた。

 ああ、平和だな。

 ナガレは思った。

 

 常に闘争に生きる彼であるが、平和が嫌いな筈も無い。

 そもそも彼が戦いを始めたのは、未来永劫に続く戦いの輪廻を断ち切る為である。

 戦闘狂というのは、あくまで彼の一側面でしかない。

 故に今は平和を享受し、朗らかに笑い合っていた。

 

 しかしふと、彼は違和感を覚えた。

 隣に座る杏子が、先程から全く言葉を発していない。

 即座に横を向いた。

 黄色いワンピースを着て、正座の姿勢をとっている杏子。

 その眼は閉じられ、両手は皿と箸を持ったままに動かない。

 

 声を掛けようとしたら、杏子は肩を震わせた。

 痙攣のような動きだった。

 かずみは特に気にせず、水筒に入れた熱いお茶を飲んでいた。

 ナガレはその様子に既視感があった。

 ネットスラングを使えば、『あっ(察し)』という状況である。

 

 痙攣が止まった。

 杏子は眼を開いた。

 開いた隙間から、輝きを放つ瞳が顕れた。

 それは炎の様な真紅ではなく、闇の中で輝く鬼火の様な黄水晶。

 

 

『よぉ、キリカ』

 

『やぁやぁ、友人』

 

 

 ナガレは思念を送った。杏子から、正確にはキリカからも返答が来た。

 これで二度目の奇妙な登場。

 佐倉杏子の肉体を遠隔から乗っ取った呉キリカ。

 佐倉キリカとでもすべき存在の出現である。

 

 

『相変わらず元気そうだな』

 

『まぁね。前にも言ったけど、快適なのがムカつくよ。なんかあれ。後藤さんに取り込まれたミギーみたいな気分』

 

 

 俺そのネタ知らねぇんだけど、とは返さなかった。

 元気そうで何よりだと思っている。

 

 

『で、杏子と麻衣は?』

 

『この前の第二ラウンドを開始してる。その内容は前も伝えたから言わない、というか言いたくないよ。今は御食事時だしね』

 

 

 そう思念で言って、佐倉キリカはから揚げに手を伸ばした。

 

 

「美味そうだなぁ、オイ」

 

 

 実体としてのキリカは、杏子の口調を真似ていた。

 思わずナガレは感心した。

 かなりの長期間、杏子と一緒にいる彼をして、発音や雰囲気が良く真似られていると感じた一言だった。

 完全なる同一ではないと気付けるあたり、彼も大したものだった。

 

 

「ああ、すっげぇカリカリしてて、それでいて中身はふんわり。完璧な揚げ方…」

 

 

 と、杏子の口調とから揚げの味が気に入ったのか語り続けるキリカの言葉が停止した。

 その原因は、彼女を見つめる紅い視線。

 

 普段と変わらない、しかし黄水晶の瞳となった杏子をかずみがじっと見ていた。

 口内のから揚げを咀嚼するために口だけを動かす。

 そしてごくんと飲み込む。

 その間に彼女は考えを纏めていた。

 

 

『ああ、そういうコトか』

 

 

 納得と、冷ややかさを宿した思念が送られる。

 思念の裏腹というか表では、

 

 

「卵焼き貰いっと。うん、美味そう」

 

 

 とキリカは杏子の肉体を操作して口調を真似て食事をしていた。

 器用にも程がある女である。

 

 

『黒い髪、真紅の瞳、ボーイッシュな雰囲気』

 

 

 そう思念で呟き、佐倉キリカはワンピースの黄色い生地で覆われた下腹部をさり気なく撫でた。

 

 

『ふむ。この弾力は未使用か』

 

 

 興味深げに呟く。

 先程の一撫では、腹の奥にある子宮の様子を確かめていたのだった。

 その事実に彼は気付きたくなかったが仕方ない。

 

 

『となるとつまりは人工授精。佐倉杏子は腹を掻っ捌けば卵子を取り出せるとして、問題は君の遺伝子だな。どうやって得たのだか。口か手か、或いは尻かな』

 

 

 実体は楽しそうに食事に勤しみ、精神では最悪の…キリカにしては比較的軽めか平均レベルの嫌な妄想を語る。

 

 

『それで、発生させた受精卵はエヴァ的な方法で育成してと……なるほど。これなら破弧なしで孕める。私とは別のルートを取ったか』

 

 

 キリカの妄想は止まらない。

 聞き捨てならない台詞があったが、聞かなかったことにしようかなと彼は思った。

 そう思う事を、誰が惰弱と責められよう。

 

 

「あなた、誰?」

 

 

 そんなキリカの異常な思考を他所に、かずみは首を傾げながら聞いた。

 真紅の眼は杏子=キリカの顔を見続けている。

 その瞳は、彼女の肉の内部の正体を見透かしているかのようだった。

 

 

「これはご挨拶が遅れて申し訳ない。卑しき姿で失礼するが、私の名前は呉キリカ。以後お見知りおきを」

 

 

 頭を下げ、主人に対する僕の態度でキリカは言った。

 魔法少女服が奇術師や従者を思わせる衣装なだけに、中々に堂に入った態度であった。

 

 

「ええっと、呉キリカは佐倉杏子の別人格なの?王様とAIBOみたいに」

 

「惜しいが少し違うね。そうだ、例えるならエヴァパイロットとコアの関係かな」

 

「てことは、親子?」

 

「うーん、ごめん。情報が足りなかったね。零号機と綾波、またはダミープラグと量産機みたいな感じだよ」

 

「へぇ。全然分からないね」

 

 

 弁当を囲みながら、理解不能の状況と会話が重ねられていく。

 異常が正常な日常であるので、彼もそれほど気にしていなかった。

 少なくとも今は、流血の心配が無いからである。

 また意味不明ながらも、楽しそうに会話が続いている。

 ならばよしとして、彼も食事を再開することにした。

 

 その瞬間、銀光が迸った。

 一瞬にして呼び出した牛の魔女を彼は握り、一閃させた。

 軽い金属音が鳴り、次いで落下音が鳴る。

 その時には、全員が立ち上がって抜刀していた。

 器用にも、その間に弁当箱は重ねられて再びバスケットの中に入れられている。

 

 

「もう少し早く気付くべきだったな」

 

 

 苛立ちを隠さずに、斧槍を構えながら彼は言った。

 憤りの矛先は自分である。

 

 

「そう責めるな、友人。間抜けは此処にも一人いる」

 

 

 杏子の身体でキリカが告げる。

 変身したその姿は、キリカの黒衣を纏っていた。両手首から伸びた赤黒い斧が、獲物を求めて輝いている。

 

 

「そこには私も入れてね。仲間外れは嫌だよ?」

 

 

 同じく変身しているかずみ。

 両手には十字の杖を変形させた剣が握られている。

 例によってグレートマジンガーの武装である「マジンガーブレード」を模した形状をしていた。 

 彼女曰く、そのまんまだが「マギカブレード」が黒と銀の輝きを放っていた。

 

 彼と彼女らを包む景色は一変していた。

 白い霧の様な何かが立ち込め、視界の奥にもそれが続いている。

 そして空には夜空が浮かんでいた。

 星々が輝いているが、現実で見知った星座は一つも無い。

 

 

「魔女…とは違うか」

 

 

 霧の中の一点を見つめながら彼は言った。

 蠢くものの姿が見えた。

 

 

「確かに、あれは魔女って感じじゃないね」

 

 

 キリカも肯定する。

 かずみは無言で、それを睨んでいる。

 三人の視線は上を向いていた。

 

 黒と黄水晶と紅の瞳が見上げた先には、銀色の光沢が見えた。

 筋肉を束ねた、大木の様な太い手足と逞しい胴体。

 それらを覆う、銀の装甲。

 前向きに伸びた顔もまた装甲に覆われ、鼻先と思われる部分からは巨大な角が生えていた。

 それは、二足歩行にした犀を武装化させたような姿。

 体長は5メートルにも達するか。

 

 

「なにあれ。メタルゲラスのコスプレかな?飼い主のヤンホモは何処だろう」

 

 

 異形から視線を逸らし、左右を見渡す佐倉キリカ。

 白い虎もいないかな。飼い主諸共無意味に無惨に殺したい。

 嫌悪感さえ帯びて、キリカはそう呟いた。

 元ネタが分からないナガレはそれを無視し、かずみは異形への敵対心から喉を唸らせていた。

 またキリカは相手をコスプレと愚弄したが、今の彼女の現状を鑑みれば人の事は言えないだろう。

 

 

「無駄口はそのくらいにして、さっさと倒そうよ。お食事の邪魔をしたあいつを生かしておくなんて無理」

 

 

 子供らしい率直さと残忍さが混じった言葉であった。

 言うなり彼女は、膝を撓めて突撃の体勢を取った。

 以前なら言葉すら発せず、既に大暴れを行っている。

 それが自制できてるところに、ナガレと杏子が行った特訓が功を奏している事が伺えた。

 

 

「ああ」

 

「だね」

 

 

 かずみの提案に、二人は短い言葉で同意を示した。

 かずみが先程言った言葉は、正に彼と彼女の望みでもあるからだ。

 

 咆哮が鳴り響いた。

 装甲された犀が放った叫びだった。

 それを合図に、三体の魔は異形の犀へと襲い掛かった。


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