魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「それから?どうしたのさ」
杏子は続きを促した。
燦燦と降り注ぐ太陽の下では、かずみがカバとにらめっこをしている。
いい友達になれたようだ。
「いつも通りの日常を重ねて、とらの奴が何匹か群れを率いるようになったからそこで別れた」
そう語る彼の様子は少し寂しそうだった。
黒い眼の先には、彼が育てたという雌ライオンとの離別の光景が浮かんでいるのかもしれない。
自分もいつかそこに加わるのだろうか。
杏子はそう思い、即座に否定した。
逃がして堪るか。
そう思って、彼女は奥歯を噛み締めた。
発達した八重歯は唇を貫き、溢れた鮮血を舌が舐めた。
「で、そうしたら故郷が恋しくなってな。帰ることにした」
「どうやって?」
旅費でも稼いだのだろうか。
というのが杏子の見解だった。
「大使館てなぁ便利だな。やっぱ平和が一番だ」
「あー……そう」
まとも過ぎる言葉が返ってきた。
まとも過ぎて却って異常に思えた。
「そっからはまた退屈に生きてたな。いつも通りヤクザボコって山籠もりやって、族潰したりしてよ」
「学校は?」
「義務教育だからな。ちゃんと通ったよ。まぁそっちは面白かったな」
「あんたの感覚、まともなんだかどうなんだか」
理解が及ばない。
ナガレとは自分の心の中に招き、互いの過去を垣間見せあい死闘を繰り広げたが、見せた過去は全てではなく当然ながら思考までは分かる訳も無い。
それにしても、である。
まるで分からない。
分かった積りでも、理解を越えた事象が横たわる。
面白い、と思った。
口角が自然と吊り上がる。
丁度、肉食獣の威嚇の様な形になる。
獣と異なり、可愛らしい貌なのが救いであった。
またそれ故に、獣とは異なる恐怖が顔に描かれているのだが。
「分かってたコトだけど、あんたの世界観は異次元だな。ああ、他の世界から来たってんだから当然か」
「そう言ってもよ。暮らしてて思ったけど大して違いはねぇぞ。こっちはゲッターで、ここには魔法少女とか魔女とかがいるって感じくらいでよ」
「んー…どうにも夢とか希望とかが感じられねえな」
「何でだよ」
「世界や宇宙が変わろうが、人間は大して変わらねぇって感じたからさ」
「あー、それか。そういやそうだな」
ナガレは感心したように言った。
その様子に怪訝なものを感じ、杏子はそれが何故かを察した。
彼は今まで、幾つもの世界を渡ってきたと聞いている。
そのどれもが、似たような感じだったということだろう。
つまりは
「世界は何処も彼処もロクデナシばかり。天国なんぞ有り得ねぇってコトか」
背伸びをして、欠伸をしながら杏子は言った。
長話で硬直していた背骨が伸ばされる感覚は、言葉に出来ない気持ち良さだった。
今言った言葉にも特に矛盾を感じないし、当然の事しか思えない。
惑星があって大気があり、物理法則も凡そ変わらず、そして人類に相当する生物が生まれれば似た歴史を辿るに決まってる。
剣と魔法の世界を描いた冒険譚のファンタジー的な作品は多いが、どうやら現実では成立しないらしい。
憧れていた訳では無いが、いざ否定されると寂しくはなる。
「どうだかな。俺だって全部を見た訳じゃねえんだ」
「あると思う?天国ってヤツが」
「魔法があるんならな。あってもおかしくねぇさ」
「あんたを悪く言うわけじゃねえけど、皮肉だね」
杏子はカラカラと喉を見せて笑った。
呪われた力を使って血みどろになって戦う魔法少女。
魔女は魔法少女の成れの果てであり、同族殺しもいいところの悪鬼羅刹な生活観。
どう考えても、魔法少女とは地獄落ち確定の存在であり、天国とは無縁そうだった。
「因みにあんた。もし死んだら天国には行きたいかい?」
「どういうところか知らねぇけど、天国は平和でノンビリしたところでいいのかね」
「多分な。本を読んで寝そべったり、友達とおしゃべりしたりとかじゃねえのかな」
「じゃあ別にいいや」
「退屈だから?」
「いや」
「じゃあ何さ」
「今やってるからだよ。日向ぼっこしてのんびりしながら、お前と喋ってる」
「ふぅん………」
韻を含ませた同意を返す杏子。
同意しつつも、彼女は彼の言葉の意味を反芻させていた。
沈黙の間に、杏子は考えを纏めた。
「今が天国だってのかい。あたしと会話してるこの時が」
「悪いか?」
「冗談キツいよ」
吐き捨てるように杏子は言う。
口調は憮然としていたが、彼女の顔には微笑みが浮かんでいた。
過去の惨劇。つまりは地獄を引き起こした自分には天国という言葉は重すぎる。
しかしそれでも、たしかな嬉しさを感じた。
その感情のせめぎあいが、今の表情を彼女に与えていた。
前を向いたままの視線の先から、かずみがこちらに来るのが見えた。
二人の前に立って開口一番に、
「ご飯にしよ!」
と叫んだ。
手には木で編まれたバスケットが握られている。
今まで素手であったので、これは魔法を使って消していたようだ。
魔法の扱いにも慣れてきているという証拠に、かずみの保護者二人は安堵していた。
同時に立ち上がり、かずみの提案に乗るべく行動を開始した。
熱い風が肌を撫でるが、今はそれが心地良かった。