魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第40話 獣性②

「まぁ、そんなこんなで何回かヤバい目にも遭いながらなんだかんだで楽しくやってたんだけどよ」

 

「あーもう、どっから突っ込めばいいのかな」

 

 

 あすなろ市立動物園のベンチに座りながら、ナガレと杏子が言葉を交わす。 

 話の内容は、彼が10歳の時の出来事である。

 実の父親の手でアフリカのサバンナのど真ん中に放置されてからの出来事。

 たしかにこの一文だけでも、異様さに満ちている。

 

 

「動物ってのは野生の勘て言われるだけあって手強かったな。力も人間とは比べ物にならねぇ。確かに良い修行になった」

 

「それで修行って、普段何やってたのさ」

 

「ヤクザ事務所に喧嘩売ってから素手で乗り込んだりとか、暴走族をぶっ潰したりとか……ああ、さばんなちほー生活に比べたら退屈だったな」

 

「あたしも今の生活しててそこそこ長いし、何度も死にかけたけどあんたほど変な生活してねぇな。そのせいかな、なんか話聞いてるとホっとすんだよな。自分の正気が再確認できるっていうか」

 

 

 彼の語る言葉を一つ一つ整理しながら、黄色ワンピース姿の杏子は告げる。

 とりあえず気になったのは、サバンナの呼び方にこだわりがあるということだった。

 また何かのアニメでも観て、それにハマってるらしいことは分かった。

 

 

「そういえばあんた、ライオンを見てたらこの話を思い出したんだよな。何かあったのかい?」

 

「ああ。ライオンと暮らしてた」

 

「ふーん」

 

 

 このあたりで、杏子は驚かなくなっていた。

 そのくらいならやるだろうという感じがしたのである。

 

 

「大体今の俺やお前が四つん這いになったくらいの大きさだったかな。ちょっとデカい犬って感じだったから子供だったんだろうな。そいつを拾った」

 

「拾ったって事ははぐれ者か。随分とハイレベルな捨て猫だね」

 

 

 言ってて杏子の脳裏に浮かぶのは、今話をしている彼を拾った事柄だろう。

 あのときほっぽり出していたら、今の自分はどうなっていただろうか。

 そう思ってぞっとした事に、複雑さと嬉しさを覚えた。

 彼への執着心を再確認したのだった。

 

 

「喧嘩が弱いんだか、拾った時には怪我しまくってたな。ちょうど虎柄模様に赤く染まってたから『とら』って名付けたんだった」

 

「ライオンなのに?」

 

「どっちも猫の仲間だろ。大した差はねぇさ」

 

「なるほどね。納得」

 

 

 彼としては虎も獅子も同じ仲間と言った。

 彼女は彼にとって、猫も虎も獅子も同じものだと取った。

 ナガレとしては自分が発した言葉通りの意味であったが、事実としては杏子が捉えた意味に近い。

 

 

「それでそいつを育ててたっていうか一緒に暮らしてた。水飲み場とか詳しいし、美味いのの居場所とか知ってたから助かった」

 

「犬扱いかよ。で、美味いのってのは?」

 

「シマウマとか、あとコブラとかアナコンダとか、オオトカゲやガゼルってんだっけ?ああいうのとか」

 

「好みは言ってられねぇ環境なのは分かるけど、すげぇもん食ってたんだな」

 

 

 呆れとも驚きともない顔をする杏子。

 表情に浮かぶのは興味の色。

 

 

「因みに何が美味かった?」

 

「蛇系は大体美味かったな。アナコンダとかは寝技の練習相手にもなったし、コブラとかは噛み付き避けたりするのが楽しかったから修行も兼ねてよく喰った」

 

「で、味は?」

 

「ウナギとかに似てた。味付けは岩塩を使ったから結構いい感じになった」

 

「ウナギか…ウチの教会が流行ってた頃に喰った以来だから味忘れてるわ」

 

「俺も結構おぼろげだな。いい機会だから今夜にでも喰いに行くかね」

 

「いいねぇ。そういや、ウナギってのは精力付くんだってな。そっちも済ませるかい?」

 

「だから10年待てって言ってんだろ。でだ。10繋がりで俺がその歳の頃に話を戻すぞ」

 

 

 不健全会話を強引に修正するナガレ。

 杏子は舌打ちを放った。

 傍から見れば、仲が良いのか悪いのかが分からない。

 

 

「それで狩りを兼ねて、とらの世話とか喧嘩の練習とかしてた。つっても、すぐに結構強くなったぜ。多分教わる相手がいなかったんだろうな」

 

「なるほど。捨てられたって言うか、いなかったのか」

 

 

 杏子の言葉に痛切さが混じる。

 血で身を染めた獅子の様子が、急に身近なものに感じられた。

 

 

「かもな。しばらくしてたら密猟者どもにも会ったからな。そいつら得意げに銃を使いまくりやがってよ。眼に映った生き物を片っ端から殺してやがった」

 

 

 不愉快さを滲ませながら彼は言った。

 強者気取りの一方的な虐殺がよほど大嫌いであるらしい。

 その様子に、杏子は誇らしげなものを覚えた。

 やっぱこいつイイわ…。

 そんな思いを抱いた。

 

 

「で、そいつらはどうなった?」

 

「蹴散らしてやった。ご自慢の象撃ち銃をぶっ放しまくって何もかもぶっ壊してやった」

 

「…それ、人間が当たったら粉になるとかブラクラで言われてたやつだよな」

 

「装甲車とか簡単に壊れたからな。それで合ってると思うぜ」

 

 

 反動とか…いや、いいか。

 と杏子は思った。

 前に聞いた話では、ゲッターロボは動かすだけで人間が挽肉になる衝撃が生じるらしい。

 成長後とは言えそれに耐えられるのだから、子供時代でもそのくらいやるだろう。

 実際そうなのだから。

 と自分を納得させた。

 そうでもしないと、話が先に進まない。

 

 

「大体は俺ととらで捕まえて現地の人らに突き出したけど、何人かは夜のサバンナに逃げてったな」

 

「あーあ…」

 

 

 杏子の脳裏には、逃げ惑う人間と闇の中で光る無数の猛獣の眼と牙が思い描かれていた。

 使い魔や魔女ならば、運が良ければ直ぐに死ねる。

 しかし相手が獣となれば…まぁ、直ぐ死ねるかどうかは運だろう。

 ゆっくりと喰われそうだなと思った。

 

 

「そんな生活を半年…かな?続けてたらとらも随分大きくなってよ。赤い柄が気に入ってんのか、食べ残しとかの血を使って自分で器用に染めてたな」

 

「そいつ、どのくらい強くなった?」

 

「俺がいない時に三十匹くらいのハイエナの群れに襲われても、一匹で蹴散らせるくらいになったぞ」

 

「…わお」

 

 

 暇なときにネットで調べたり動物番組で見たが、ハイエナは随分と強いらしい。

 サバンナの肉食動物の頂点をライオンと争い合う種族だという。

 そんな同格相手に無双する。

 彼は随分と大した化け物を育てたらしい。

 

 

「にしても、今思えばちょっと疑問があんだよな」

 

「なにさ」

 

「とらの奴な、ライオンだってのに鬣生えて無かったんだよ。ずっとデカい猫みたいな感じだった。病気でもしてたのかねぇ」

 

  

 彼は首を傾げていた。

 杏子は眼を瞑り、額を指でトントンと叩いた。

 イラつきと懊悩を、頭蓋に響かせる刺激で押し留めたのだった。

 懊悩とは、彼の馬鹿さ加減によって感じた愛おしさによるものだ。

 

 

「…メスだったんだろ、そいつ」

 

 

 感情を押し殺しながら杏子は言った。呆れたような口調になった。

 なるほど!と彼は小さく叫んだ。

 長年の疑問が払拭できたのだろう。

 妙に嬉しそうである。

 

 まぁ喜んでるなら何よりかと杏子はぼんやりと思った。

 そしてついでにこう思った。

 血塗れの孤独な雌を拾った彼の状況は、今と大して変わらないなと。

 


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