魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
降り注ぐのは薄闇。
踏みしめる地面もまた闇色。
聞こえる音は金属の軋み。
金属でできた何かが擦れ合う音だった。
闇色の大気を切り裂いて、歪曲した刃が突き出された。
それを握る手は銀の装甲で覆われ、肘もまた同様だった。
そしてそこから先は、深紅に彩られていた。
横薙ぎに放たれた斬撃が、刃の持ち主の胴体を切り裂いた事により。
吹き飛んでいく血染めの上半身。
下半身は数歩歩いて膝から崩れ落ちた。
同時に上半身も落下する。
銀色の甲冑姿のそれは、中世の騎士を思わせる風貌だった。
真っ二つに裂けた甲冑の中からは酸鼻な香りを放つ血液が大量に漏れていた。
ただし、断面には内臓はなく肉だけがあった。
破壊者たるナガレは、ソーセージの断面を思い浮かべた。
隙間なくぎっしりと、挽肉の様な粒粒とした肉が詰められているのであった。
直後、彼は地面を蹴った。
飛び上がった高さは、五メートルにも達した。
飛翔の頂点で、彼は斧を立てに振った。
切断音が鳴り、空中に深紅の薔薇が咲いた。
彼が落下するより早く、薔薇は地面で砕け散った。
騎士の隣に寄り添うように、煌びやかな衣装を纏った少女の形をしたものが転がった。
しかしその様子もまともではなかった。
縦に真っ二つにされたのは、ツインテールの髪を生やした少女である。
煌びやかなドレスを纏い、手には短剣を持っている。
少女の身体に皮膚はなく、赤黒い色で覆われていた。
皮膚の下の筋肉ではなく、こちらもまた挽肉で肉体を構築していた。
顔の造形はそれでも可愛らしいと思える程度に整っていたが、それが一層の異常さを引き立てている。
着地したナガレは、前へ向けて斧槍を構えた。
闇の奥から、異形の騎士と少女達が歩み寄ってゆく姿が見えた。
奇怪なのは、少女と騎士は必ず連れ添っているという事だった。
ペアを組んでいる、という事だろうか。
見える限りで十三組。都合二十六体。
その奥からも、甲冑が擦れる音や靴が地面を叩く音が聴こえる。
既に眼前の同数程を葬ってきたが、見えてる分の更に倍はいそうだなと彼は思った。
「気持ち悪い奴らだな……ベタベタと引っ付きやがって、みっともねぇったらありゃしねえ」
背後からナガレへと歩み寄る杏子。
十字槍は既に血で濡れ、軽いものではあるが身体にも傷を負っていた。
右頬が浅く裂かれて頬が血で濡れ、彼もまた両腕から出血している。
杏子はナガレを見た。彼も杏子を見た。
そして薄く笑った。
それを合図としたように、番となった少女と騎士は走った。
騎士は地面を踏み締めて疾駆し、少女達は地を蹴って飛翔した。
杏子とナガレは怒号を上げ、それらへ向かって襲い掛かった。
一瞬の後、大量の血が噴出し複数の人体の部品が宙を舞った。
斬撃で少女と騎士を纏めて薙ぎ払い、挽肉で出来た遺骸に変えるナガレ。
相方を殺害されたものの、腕の切断だけで済んだ騎士の頭部をナガレの腕が掴んだ。
騎士の身長は二メートル近いが、対格差をものともしない腕力で振り回し、地面に頭部を叩き付ける。
手足をバタつかせ、必死の抵抗を行う騎士。
ペアである少女の仇を討ちたいのか、頭部を拘束するナガレの手を握る片腕には凄まじい力が籠められていた。
手が砕ける前に、彼は手を握り締めた。
埋められた地面の中で兜が潰れ、面貌の隙間からは血肉が絞り出された。
手足が痙攣して伸ばされ、そして動かなくなった。
ナガレはそれを後続の連中へと放り投げた。
頭部どころか首の根元まで握り潰されて引き千切られた死体は砲弾の速度で飛び、激突した複数の個体の肉を大きく傷付けた。
しかし動きが鈍った程度。
死骸を退けて直ぐに前進、しなかった。
長大な十字槍が横から突き出され、騎士と少女の頭部を真横に繋いでいた。
メザシを思わせる有様と化したそれらを、槍の一閃で引き剥がす。
それらも質量兵器となって後続へと激突。
今度はその隙間を駆けたナガレによる斧槍が振られた。
破壊閃が少女と騎士を纏めて破壊し、無意味な物体へと変える。
ナガレと杏子は前を目指していた。
騎士と少女達が出現する場所の根元にいる存在を目指して。
「見えてきた」
十三組の番を粉砕し、血に塗れた姿でナガレは言った。
杏子も似た有様となっていた。
黒い靄の奥に何かが見えた。
巨大なスクリーン、映画館のそれに酷似したものが見えた。
その前にはポツンと一つだけの座席があった。
座席には黒い影が座っている。
輪郭を注視すると、彼らと同じくらいの子供のような大きさ。
形状的には少女のものに見えた。
ぱっと、スクリーンに映像が投射された。
早送りの速度であったが、二人にはそれが何か理解できた。
二人に襲い掛かった、少女と騎士のなかの一ペアと思しき連中が見えた。
そいつらは制服を着た、少女と少年を連れていた。
騎士が相方から少女を受け取り、自分が持っている少年と同様に襟首を掴んで放り投げる。
高々と宙を舞ってから落下。
落ちたのは巨大なガラスの容器。
形はコップに似ていた。
コップの底には機械が埋め込まれた土台。
ナガレと杏子はそれが何か理解した。
落下の衝撃で額を割られながら、少年と少女は互いに向けて手を伸ばした。
指は折れ、肉が抉れて骨が剥き出しになっていたが、それでも互いに指を絡めようとしていた。
しかし、その寸前で二人の姿は崩壊した。
コップの底に置かれた金属の板が、底自体の高速回転により残酷な刃と化して二人の姿を破壊したのだった。
肉、骨、血、内臓。全ての部品が破壊されて混ぜ合わされ、少年と少女は物質的に一つとなった。
少年と少女の混合物を入れたコップが浮遊し、傾斜する。
赤黒い物体が流れていく先には、兜を外された甲冑が置かれていた。
その中に血肉の混合物が丁寧に注がれる。
首の淵ぎりぎりまで一杯になると、コップは隣に移動して再度傾いた。
流れる先には、板が置かれていた。
板の中央には、少女の形を模した窪みが入っていた。
その中へと、少年と少女の血肉が注がれる。
なみなみと注がれたところで、騎士と少女のペアがその上に板を置き、甲冑の頭に兜を嵌めてそれぞれを担いで移動する。
歩む先には、巨大な古びた竈があった。
その中に甲冑と板が置かれて場面が暗転。
次に映ったのは、竈の扉を開けて出てくる騎士と少女の姿。
そしてまた、似た映像が繰り返された。
啜り泣きが聞こえた。
スクリーンの前に座る少女の様な姿から発せられていた。
幼いカップルたちを使って作り上げた異形の使い魔。
その誕生を見て、魔女たる彼女は涙しているのであった。
流す涙は、恐らく感動による涙。
「吐き気のする趣味だな」
杏子が吐き捨てる。
ナガレも「ああ」と応ずる。
二人の顔には怒りがあった。
騎士と少女達と戦う最中、幾度も互いを庇い合う様子が見えた。
元の記憶があるかは分からないが、あれは混ぜ合わされて分かたれた自分自身の身体を守る事と、愛する者を守りたいが故の行動だったのだ。
魔女に対する嫌悪感が膨れ上がる二人。
嘲笑うかのように、スクリーンの左右から更に大量の騎士と少女のペアが出現する。
数は予想した通り先の倍以上。
六十体はいるだろうか。
間髪与えず、それらは杏子とナガレへと向かった。
手に手に得物を携え、疾風の速度で走る。
目的は彼らの殲滅というより、彼らも仲間に加えたい、といったところか。
ナガレは腕を振るった。
斧槍が投じられ、旋回しつつ複数体の首を刈り取った。
勢いは止まらずに、スクリーンへと槍の先端が突き刺さる。
画面では今も、騎士と少女の製造模様が映し出されている。
刺突の衝撃で画面が揺れた。
その中で、斧槍の中央から闇が放たれた。
スクリーンの前に座す魔女はそれを見上げた。
使い魔である騎士と少女達も振り返って首を上に向かせた。
魔女の中から放たれた闇は、人の姿をしていた。
黒い魔女帽子に黒い外套。白と黒を組み合わせた、極めて露出の覆い衣装。
外套が翼のように変化して更に上空へと舞った。
それを眼で追った瞬間が、それらが最期に見た光景となった。
「サンダァァアアアアアアアアアアブレェェエエエエエエエク!!!!」
黒い少女、かずみが叫んだ。
広げられた両手の全ての指から、白い雷撃が放たれる。
雷撃は騎士の甲冑に触れ、その内側の肉を焼け焦がした。
雷撃は騎士を伝って少女達にも触れ、赤黒い肉を膨張させて弾き飛ばした。
相方を庇う間も逃げる間も無く、雷撃が戦場を蹂躙する。
その中でも、魔女は啜り泣きを続けていた。
騎士と少女が味わう災厄を悲劇と捉え、それを哀しいと思う自分自身の為に泣いていた。
その正面に、黒い魔法少女が降り立った。
啜り泣きを続ける魔女の首を掴み、椅子から強引に立たせて吊り上げる。
喪服を着た黒い少女のような姿の魔女だった。
右手で魔女の首を掴みながら、かずみは力を胸に籠めた。
自分の中に火を入れる。その加減を自分で行って制御する。
杏子から言われたことを、彼女は忠実に守った。
肩と胸の白い装飾が赤く輝き、三つの場所を光が繋いだ。
真紅のVの字が描かれ、放たれる時を待っている。
そして、かずみは叫んだ。
「ブレスト……バァアアアアアアン!!!」
かずみの胸から高熱の光が放たれた。
それは魔女の首から下を一瞬で消し去り、更にかずみは反転し最悪の光景を流し続けるスクリーンを焼き払った。
その背後にあった、邪悪な道具も熱線の破壊を受けて完膚なきまでに破壊される。
最早感動にむせび泣くという余裕も消え失せた魔女を、かずみは真上に放り投げた。
そしてかずみは上を見上げて息を吸い込み、吐いた。
吐かれた息は顔の前数十センチの位置から猛烈な風に変化し、大災厄の如き暴風と化した。
自らへと迫る破壊の風。
その螺旋の渦を見ながら、魔女の残骸は千々と千切れて跡形も無く消え失せたのだった。