魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第39話 あすなろ②

 好奇心と楽しさを促すような、陽気な音楽が木霊する。

 幼い子供の手を引く両親、大学生と思しきカップルなど、誰かと連れ添い歩く者達が行き交っている。

 

 

「あはははははは!すっごーい!あのマスコットかわいい!」

 

 

 その往来の中、黒い長髪の少女が楽しそうに舞うように周囲を見渡している。

 赤い瞳は遊園地内の建物や遊具をロックオンし、好奇心に顔を輝かせていた。

 

 

「平和だねぇ」

 

「全くだ」

 

 

 その様子を、メルヘンチックな長椅子に座りながら杏子とナガレは見ていた。

 ジェットコースターに二十回、観覧車を三周、ゴーカードを周回しまくっていたが特に疲れている様子は無い。

 常に戦闘状態にあるも同然な生活を送る中、平和を貪っているのだった。

 あすなろに来てから数時間。

 痛感させられるのは、あまりにも平和だという事であった。

 風見野でよく見かける反社会的な連中もおらず、杏子への陰口もない。

 

 

「いいところだな」

 

 

 杏子は呟いた。

 引っ越すか、と彼は言わなかった。

 その方が格段にマシな生活を送れるであろうが、彼女は望まないだろうと分かっていた。

 でなければ、廃教会に何時までも住んでいる訳が無い。

 

 そう思っていると、右手に掛かる力が強くなった。

 来園してからの間、杏子は乗り物に乗るとき以外はずっと彼の手を手を握っていた。

 性別と年齢を考えれば別におかしい光景でもなく、二人の様子はこの施設に溶け込んでいた。

 非日常に過ぎる異常な生活を送る二人ではあるが、今は正常な世界の一部となっていた。

 

 

「そういえば、さぁ」

 

「ん」

 

 

 杏子が語り掛け、ナガレは応じた。

 

 

「あたしは今、ソウルジェムの範囲とかの設定?が無効化されてるみたいだけど、これってアレだよな。魔法少女系の薄い本とかエロ漫画でよくある「変身アイテムを奪ってやったから、お前は単なる無力なメスガキだから思う存分俺達で輪姦してやるぜ」ってシチュと無縁になっちまってるな。あたし」

 

 

 予想外に過ぎる内容の杏子の発言、ナガレはフムと少し考えた。

 

 

「そういった面倒なのは、無ぇに越した事なさそうだな」

 

 

 極めて無難に、彼は事実を言った。

 

 

「あー、つまんねぇの。無力なヒロインを演じて間一髪で助けられて、その場の流れであんたに抱き着いてセックスするってのもできねぇのか。あたしはとことんポンコツだな」

 

 不健全な妄想を告げ、杏子は右手に持った飲み物を飲み干した。

 空になったスチール缶を、彼女は軽く握り潰して適当に投じた。

 高く長く虚空を舞い、潰された巻は遠方の屑籠へと入った。

 

 

「ま、要約するとさ。あたしはあんたの事が好きなワケよ。抱きたいし抱かれたいし、こんな風にたまにはノンビリとしながら、ずっと一緒にいたいのさ」

 

 

 流れるように杏子は言った。

 気恥ずかしさは相応にある。

 だが本心故に、その言葉に澱みは無かった。

 今杏子が彼に言った言葉は、純粋な欲望そのままであった。

 

 

「俺の何処に、そんな魅力を感じるんだよ」

 

「ぜんぶ」

 

 

 憮然とした、突き放すような言葉に杏子は喰らい付くように返した。

 

 

「…ってほどでもねぇけど、色々とね。あんたって存在には、あたしの欲しいものが詰まってる」

 

 

 発達した八重歯を威嚇のように見せて、笑う。

 

 

「嬉しい?」

 

「まぁな」

 

 

 彼も即答する。事実だからだ。

 

 

「そう言ってもらえると嬉しいね。でもさ…自覚はしてんだよ。この感情はちと重すぎるってのはさ。それでも嬉しいのかい?」

 

「俺の事が好きだってんなら、嬉しいに決まってる」

 

「そうかい、嬉しいねぇ。でも、そーゆーとこなんだよなぁ……だから、あたしらは調子に乗っちまうんだよ」

 

 

 分かってはいる。

 だが、止められない。

 想いは増幅し、蓄積し、際限がない。

 そしてその欲望をこの存在は真っ向から拒絶し、降り掛かる暴虐を打ちのめして切り刻み、それでも付き合ってくれている。

 

 

「だって」

 

 

 呟く。

 だがその先を言葉に出来ない。

 脳内で、ここにはない魂の中で、言葉が反芻される。

 身体と魂の中で言葉と感情が跳ね返る。

 

 

『そうでもしねぇと、あんたはどっかに行っちまいそうでさ』

 

『それで、もう二度と会えなくなる。手の届かないところに行っちまう』

 

『それが、嫌なのさ』

 

 

 彼女が思ったのは、そんな言葉だった。

 言葉にすると形になる。

 言葉は意味を帯びて具現化し、叶ってしまいそうになる。

 だから、言葉には出さない。

 

 呟きは虚空を彷徨い、やがて消えた。

 去来する虚しさ。

 何故虚しくなるのか、彼女には分からなかった。

 

 言葉に反して離別を望んでいるのかと思った。

 自然と違和感は無かった。

 殺し合いは頻繁にしているし、彼と出逢ってから今に至るまで、その際に手加減をしたことは無い。

 

 彼女は何時も何時でも、彼を殺すつもりで戦っている。

 つまりは命を求めている。

 彼の消滅を望み、真紅の槍を暴風の如く乱舞させて彼の血肉を切り刻む。

 暴虐や残忍性を鎮めてはいたが、それでもこの望みだけは変わらない。

 そこで、心の中で思い描いた言葉が思い出される。

 

 

『そうでもしないと、離れてしまいそうだから』

 

 

 異常な思考なのは理解しているが、それでも正しいとしか思えなかった。

 離れたくないが故に殺し合う。

 究極の矛盾、その極致。

 

 これまでもこうだった。

 これからもそうだろう。

 そう思った。

 

 

「ひぅっ!?」

 

 

 杏子は悲鳴を上げた。

 限りなく嬌声に近い声だった。

 手に痕が付くくらいに強く握っていた筈の左手から、彼の右手が抜けていた。

 抜けた右手は杏子の背を通り過ぎ、彼女の右腰に回されていた。

 腰の少し上の脇腹に彼の手が触れた事に、杏子は悲鳴じみた声を上げたのだった。

 そしてその声は更に続いた。

 腰に触れた彼の手に力が入り、彼女の身体をぐいと引き寄せた。

 

 

「ちょ……」

 

 

 不意打ち気味に引っ張られた杏子だったが、特に抵抗はしなかった。

 背後から抱き締められている。

 現状を確認すると、そうなる筈だった。

 心臓が高鳴る。

 不死身の魔法少女にとっては有って無いような臓器だが、苦しさを覚えるほどに高鳴っていた。

 

 

「あ、あのさぁ」

 

 

 杏子は言った。顔の位置は、ナガレの胸元に近い。

 ゆえにすぐ近くには彼の顔があった。彼女は彼の顔を見た。

 彼は無表情に、しかし眼光は鋭かった。

 その視線は杏子を射抜き、釘付けにした。

 

 

「……」

 

 

 杏子は息を呑んだ。

 彼が何を考えているか、よく分からない。

 彼の身体にもたれ掛かるような体勢。

 外見に反して頑強な筋肉で構築された胸板の奥、彼の鼓動が聞こえた。

 自分のそれと異なり、静かな湖面の波紋の様な心音だった。

 

 

「俺はお前の彼氏なんだろ」

 

「そりゃ…そうだけどさ」

 

「嫌か?こういうの。俺もよく分からねぇんだけどさ」

 

「あんたが分からねぇんなら、あたしはもっと分からねえよ」

 

「繰り返すけどよ、嫌か?」

 

 

 彼の問いに、彼女は行動で返した。

 腰に巻かれた彼の右手に彼女は自分の右手を重ねた。

 

 

「嫌じゃねえよ。しばらくこのままでいたい」

 

 

 彼の胸に頬を埋めて、杏子は答えた。

 

 

 

『私はしばらくフラついてるから、移動するときは教えてね!』

 

 

 かずみから届いた思念に、彼は頷きの意思で応えた。

 

 

 

 

 

 

 一時間後、彼は自販機の前にいた。

 人数分の飲み物を買い、仲間の待つ場所へと歩を進める。

 そんな時、地面を転がる銀の円を見た。

 身を屈めてそれを拾った。

 百円玉であった。

 

 転がってきた方向に視線を送ると、隣の自販機の前に立つ少女がいた。

 小銭を手渡すと、その少女は丁寧に頭を下げた。

 彼は頷き移動を再開した。

 ベンチに座る二人の少女へと飲み物を渡す。

 杏子へはコーラ、かずみにはクリームソーダを手渡した。

 

 

「御帰り。色男」

 

 

 憮然とした口調で杏子は言った。

 分かりやすい少女である。

 それに対して特に反応も示さず、彼は杏子の隣へ座った。

 ベンチに乗せた右手を、杏子は即座に左手で握った。

 その様子を見ていたかずみは、「めんどくさいなぁ」とでも云うような視線を送っていた。

 

 コーヒーを飲む彼の脳裏には、先程の少女の顔が浮かんでいた。

 惚れたとかそういうのではない。

 異界から来た彼をしても尋常ではない光を宿した眼と表情を、その少女は持っていた。

 

 下げられた桃色のロングヘアを靡かせた、白いシャツと黒いスカートの少女。

 桃色の瞳の中には時が氷結したような虚無が溜まり、優しさで出来たような造型の顔には幾重にも重ねられた疲労の色が見えていた。

 









ありがとうアニレコ

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