魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
鏡の世界は死の香りで満ちていた。
断ち割られた顔面から覗く脳漿、切り裂かれた腹部から零れる内臓、鏡の地面にたっぷりと溜まった体液と血液。
転がる無数の死を観客とするかのように、二人の魔が対峙していた。
「うう…うう」
唸り声を上げつつ、かずみは両脚で地面を力強く踏みしめた。
堆積した血肉が、彼女への恨みのように跳ね上がる。
それらを切り裂き、黒い塊が舞い上がった。
かずみの靴の側面が剥離し、黒い欠片となって彼女へ向かう
「マギ…カ…」
両腕をクロスさせ左手で右脚からのものを、右手で左脚からの欠片を腰の辺りで受け取る。
十字架を描いたそれは、握られた瞬間から変異を始めていた。
「ブレー……ド…!!」
手にしたそれを振り下ろし、左右に構える。
黒い鍔と柄の両刃の刃がかずみの両手に握られていた。
刀身の長さは1メートル近い。『マギカブレード』と名付けられた剣の名前は、そのまんまな直球であったが、元ネタからしてそれは同じである。
斧槍を構えたナガレは、その様子をじっと見ていた。
姿は既に血塗れであり、意識にも時折霞が滲む。
「握り方、ちょっと違うな。小指と薬指を締めて、他は力をあんまり込めるな。そうそう、ゆで卵でも握る感じだ。……よし、それでいい」
ナガレの指摘にかずみは唸りながらも応えた。
ただ力任せに握られていた柄が、的確な持ち方に変えられる。
つまりは刃の威力を最大限に発揮される状態へと整えられた。
彼の命を切り落とす力と技が、かずみの手に宿された。
となればあとは、放たれるのみ。
黒い風となってかずみは走り、漆黒の流星と化して彼に迫った。
振り下ろされた二振りの刃を、ナガレは斧槍の柄で受け止める。
「いいぞ、その調子だ」
これまでは鈍器としてしか用いられなかった剣が、刃の用途で振るわれた。
それはつまり、かずみの進歩を示していた。
刃で柄を切断できないと見て、かずみは刃を柄から離して斬撃を見舞う。
黒い暴風のように荒々しく、それでいて精緻な剣技が振るわれる。
相手の手首を狙い、僅かな感隙を逃さずに攻めて深追いはしない。
これもナガレが教えた事だった。
「やるじゃないか」
称えつつ彼も応戦。
既に開いている傷口から出血しつつも、今以上の負傷を避けるべく相手の刃を弾いて回避する。
そこに迫る複数の疑似魔法少女達。
両者の背後から得物を突き立てるべく迫る。
が、しかし。
「邪……魔……!」
怒気を孕んだかずみの声。
ナガレの背後に迫っていた疑似魔法少女の頭部が、切っ先を伸ばした剣に貫かれた。
死の痙攣を行う少女の首を刎ね、かずみは死体を投げ捨てる。
ナガレも同様に、かずみの背後から迫っていた個体を斧槍にて両断していた。
そして再開される剣戟。
破壊の乱舞が舞い踊り、迫る少女達を挽肉へと変えていく。
二人の交差は一か所に留まらず、互いの立ち位置を変えたり離脱と接近を繰り返しての戦闘となっていた。
当然、破壊の範囲も広がっていく。
遠距離から二人を狙っていた疑似魔法少女達も二人の動きを捉えられず、挙句の果てに高速で交戦する二人に接近されて巻き添えを食う始末であった。
首や手足が飛び内臓が散乱する中、ナガレとかずみの剣戟は続く。
「ん……」
その最中、彼の剣筋が乱れた。
既に十数時間戦い続け、大量の血を喪失している。
剣戟に至る前には雷撃に熱線に竜巻にと、想像を絶する破壊の標的にされていた。
掠めただけで即死するそれらを掻い潜り、今も命を永らえさせている事が奇跡なのである。
そのよろめきを見逃さず、かずみは刃を突き出した。
左は彼の首、右は心臓を目指していた。
金属音が鳴り響く。
「選手交代だ」
美しい真紅の影が、かずみとナガレの間に割り入る。
十字の槍穂を持つ真紅の槍がかずみの刺突を受け止めていた。
剣を跳ね返しながら、杏子はナガレのジャケットの襟首を掴んで後方へと投げた。
『悪い』
その言葉は彼ではなく、杏子が発していた。
『治すのに手間取っちまった』
『構わねぇ。って、やべぇぞ!!』
思念で会話する中、二人の全身を白光が叩いた。
これまでに何度も見てきたが、その度に背筋が凍る光景が眼前に広がる。
かずみの魔女帽子の鍔から伸びた電撃が、彼女が伸ばした右腕の人差し指に連結。
そこに蓄積し、そして。
「サンダァアアアアアブレェェエエエエエエクッ!!!!!」
指先から放たれる高圧電流。
迫る雷撃の毒蛇を前に、佐倉杏子は背後に下がらず前へと進んだ。
「ううううおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
叫び、愛槍を振り回す。
雷撃の対処はリナとの戦闘で覚え、かずみを相手に幾度も重ねた。
その経験を総動員し、彼女は光で出来た死の牙へと挑む。
肩の端や膝の隅などに雷撃が掠めて即座に炭化する。
構うものかと杏子は槍を振い続ける。
ついさきほどまで、杏子の全身は完全に炭となっていた。
脳も完全に焼き尽くされながら、苦痛だけがはっきりと伝わる感覚。
それがやがて再生が進み、記憶や言葉、その他の感覚などを思い出していった。
つまり一度死んだようなものであり、そもそも自分は常に死んでいるのと大差ない。
そう思う事で戦意を燃やし、かずみの保護者であるという責任感を自分に課して、再び戦場へと彼女を立たせた。
「おおおらああああああああああああ!!!!」
裂帛の叫びと共に放たれた横の一閃。
真紅の穂先が、広がっていた雷撃を切り裂いた。
刃に乗せられた杏子の魔力がかずみの雷撃を破壊し、霧散させていく。
無害な光となって散る光を裂いて、かずみは杏子に向かって走った。
「が…ああああああああああああああああああああ!!!!」
獲物を仕留めきれなかったことへの苛立ちか、かずみは怒り狂っているように見えた。
ナガレに指摘された剣の握りも、幼子が箸を握る様なただ力に任せたものへと変わっていた。
その握りのまま、かずみは両手の剣を杏子に叩き付けた。
ナガレの時と同じく、杏子は横に倒した槍の柄で受けた。
金属音が鳴り響き、衝撃が奔った。
「く……ぅう…」
受けた杏子の苦しみに満ちた声。
靴底が血に濡れた鏡の地面を砕いて踝まで埋まり、土踏まずの辺りは断裂し割れた靴から骨と肉を飛び出させていた。
咄嗟に膝を撓ませなければ、両膝も潰されていたに違いない。
「惜し…かったな」
「ぐるるるっ!がうぐううううう!!」
歯をギチギチと噛み合わせながら、対峙する杏子へと吠えるかずみに杏子はそう言った。
どこか、憐れみを孕んだ言い方だった。
「ちゃんと握ってりゃ……あたしに勝てたってのによ」
かずみが放った両剣は、刃ではなく側面で振り下ろされていた。刃ではなく鈍器として。
先程までの、本来の使い方で振られていたら杏子は今頃両肩を落とされ、次いで残った胴体を切り刻まれていただろう。
「ぐううううあああああああああ!!!!」
かずみは再び吠えた。
杏子の指摘が事実だと、彼女も理解しているかのように。
事実であるが故に悔しく、それによって癇癪を起したように見えた。
「トチ狂うな!抑えろ!」
剣を受け止めたままに杏子は諭す。
「前にも言ったけどよ、狂っても何も良い事ねぇんだよ!!勝てるもんも勝てなくなるし、なにより自分が悔しいじゃねえか!!」
叫びながら杏子は諭す。
それは自分に向けた言葉でもあった。
「力に使われるな!力は制御して使うもんだ!自分や……自分が大切だと思うもののためにさ!!」
最後の一言は杏子の心に爪痕を残した。
彼女はそれを既に、他ならぬ自分の手で失くしてしまった為に。
かずみが何を願ったのかは知らないが、彼女にはそうなってほしくない。
自分達、少なくとも自分の事は壊してくれて構わないが、かずみには大切な何かを自分の手で壊して欲しくない。
杏子はそう思った。それは、願いそのものだった。
そして杏子に押し寄せる悔恨。それを振り払うのではなく受け止め、苦痛のままに杏子は叫ぶ。
「その剣だってそうだ!!使いこなしてみろよ!!こんなもん…お前がいつも使ってる包丁と同じじゃねえか!!」
「ほう……ちょう……」
杏子の言葉にかずみが反応した。
今がチャンスだ。
杏子は思った。
「そうだ!使いこなせ!火の扱いだってそうだろう!?」
「…火」
「そうだ!火だ!」
彼女の言葉に、杏子は呼応する。
「力が荒れ狂うってんなら、その中に自分の火を入れろ!!それに加減を付けて、自分の心で操るんだ!!」
火を入れる。魂に火を灯す。
命を燃やすときを、他ならぬ自分が決めろ。
杏子はそう願いながら言葉を発した。
赤く黒いかずみの瞳に、一筋の光が灯った。
赤々と輝く、火のような光。理性の光だった。
しかし直後、杏子は心中で舌打ちを放った。
受け止めているかずみの刃と真紅の柄に、背後から迫る複数の影を見たのだった。
ナガレは既に、其方へ向けて刃を構えている。
三人へ向けて、無数の魔法少女達が殺到していた。
邪魔な奴らだと、杏子は怒りの炎を燃やしながらそう思った。
皆殺しにしてやると振り返ろうとした時、杏子の槍に掛かる圧力が消えた。
かずみは刃を引いていた。
「任せて」
静かな声でかずみは言った。
そして背後に軽く跳んでから、マントを翼に変えて上空へと舞い上がる。そして、右腕を高々と掲げた。
手は漆黒の剣を握ったままだった。
その握り方は、ナガレが教えたものと同じ。
小指と薬指を締め、他は添える程度に。茹で卵を優しく握るかのように。
そしてかずみの眼には理性の輝き。
それは、杏子の願いが実った事を表していた。
垂直に掲げられた剣の先端に、彼女の魔女帽子から放たれた稲妻が吸い込まれていく。
収束していく力。その輝きは、これまでにないほどの輝きに満ちていた。
力任せではなく、確たる意思の元で精錬されて制御された力。
「必殺パワー……サンダーブレーク!!」
かずみが叫びと共に放った雷撃は、新しい力の誕生の瞬間だった。
或いはかずみは、この時に再び生を受けたのかもしれなかった。
放たれた雷撃は杏子とナガレには掠りもせずに間を抜け、迫る魔法少女達へと着弾した。
瞬時に全身の体液が沸騰し、肉体が膨張に耐えきれずに破裂する。
破裂する人体の隙間から、無数の熱線が放たれる。
周囲から迫る光に、かずみは左手を翳した。
そこに握られた剣にも既に、雷撃が宿っていた。
そして放たれる、二発目のサンダーブレーク。
雷撃が熱線に喰らい付いて飲み込み、その射手達も喰らっていく。
雷撃が放たれ続ける両の剣をかずみは振った。
サンダーブレークもそれに従い、雷撃が鞭のように振るわれる。
破壊の範囲が拡大し、迫っていた魔法少女達が壊滅するのにそう時間は掛からなかった。
訪れた静謐の中、かずみは静かに着地した。
役目を終えたと察したか、黒い二本の剣も消えた。
「でき…た、かな?」
降りた先にいた二人へとかずみは微笑みながら尋ねた。
言葉が途切れた合間には、彼女の苦痛が伺えた。
力の制御は、代償無しとはいかないらしい。
「勿論だ」
「上出来だよ」
ナガレと杏子はそう答えた。
二人とも傷を負ったままの姿であるが、感じる苦痛を全く表に出していない。
かずみが不安がるからと、こっちも負けて堪るかという意気込みによって。
保護者である二人の返しに、かずみは満足そうに笑った。
天使が存在するなら、きっとこんな感じだろうと杏子は思った。
それは、そんな笑顔だった。
「よか……ったぁ……」
その笑顔のままに、かずみは糸が切れた人形のように倒れた。
身に纏われた黒い衣装を、崩れ落ちる灰のように散らせながら。