魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第34話 怨恨の想いを力に変えて

 午後六時。

 場所は呉キリカの部屋。

 テーブルの上に並ぶのは水の珠が浮いたレタスと切られたトマトのサラダ。

 デミグラスソースが掛けられ、目玉焼きが乗せられたハンバーグ。

 付け合わせのコンソメスープからは湯気が立ち、控えめながら芳醇な香りを振り撒いている。

 ナガレはそれを食べている。

 対面する杏子は、全く動いていない。

 

 キリカのものらしき、黒いゴス衣装を着てツインテールの髪型となった杏子。

 紅い眼は虚ろなまま、瞬きも行わずにテーブルを見ている。

 眼は何も映しておらず、ただ開かれている感じだった。

 料理を眼の前にして何も動かないところからして、そもそも異常だった。

 こんな状態が、丸二日も続いている。

 

 水を飲む、用を足す、キリカ母と一緒に風呂に入るといった日常の行為を除けば、そこから一切動いていない。

 限界だった。

 それを見る彼の方が。

 様子を見ていたが、そろそろ口を出した方が良さそうだと思った。

 

 

「大丈夫か、お前」

 

 

 無言。

 心配になり、彼は杏子に近付いた。

 その瞬間、杏子も彼に迫った。

 彼が後頭部を軽く引くよりも、その唇に杏子が唇を重ねる方が早かった。

 ほんのすこしだけ、彼の唇に付着していたデミグラスソースが杏子の唇にも移る。

 赤い舌が唇を蛇のように這い、焦げ茶色のソースを舐める。

 途端に、虚無の眼に意識が宿る。

 

 

「おかえり」

 

 

 ナガレは言った。

 

 

「ただいま」

 

 

 杏子は返した。

 そして、

 

 

「いただきます」

 

 

 と言って、料理を食べ始めた。

 今頃はキリカ母と早めの睡眠をとっているであろうかずみが腕を振るった料理は、言うまでも無く美味かった。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 二人は同時に言った。手を合わせ、丁寧な礼を示す。

 それから二時間、平和な時が流れた。

 キリカの部屋にあったアニメを観た。

 

 勇者の名を冠されたロボットと、それを操る金色の鎧を纏った勇者達の激戦を描く物語だった。

 獅子をモチーフとした漆黒の巨体、怪獣のような尾や爪が印象的な、破壊神的なロボットが圧倒的な破壊力を持って暴れ回っていた。

 

 その様子を「へぇ」と感心した風に見るナガレ。

 その彼の左肩に、杏子は身を寄せながら画面を見ていた。

 床に置いた彼の手に、杏子は手を重ねた。

 彼が拒否しなかったので、その体勢をずっと維持した。

 画面に注視しつつ、杏子は彼の体温と鼓動を聴く事に神経を傾けた。

 

 

「話、していい?」

 

「ああ」

 

 

 物語が終わってから、杏子は言った。

 彼に身を寄せたままの体勢は変わらなかった。

 

 

「あいつから、朱音麻衣があたしにしたコトは」

 

 

 杏子は語り始めた。

 二日前、ナガレに欲情した杏子は呉キリカに意識を乗っ取られた。

 その際に、杏子の意識はどうなっているのかと彼は尋ね、キリカは答えた。

 彼女をして、彼に言う事を暗に拒否した案件だった。

 

 杏子が語るのは、その詳細だった。

 滔々と、ただ事実を告げていく。

 話すのに要した時間は五分。

 

 その時間が過ぎた時、室内には鉛のような沈黙が降りていた。

 空気分子の一つ一つが硬直し、氷結しているかのような重苦しさ。

 今は此処にいない存在。

 紫髪の魔法少女の狂気が、今のこの場の雰囲気を作り出していた。

 

 

「かずみ、さぁ」

 

「ん」

 

 

 杏子は話題を変えた。

 彼女はかずみの母親役でありたいと思っている。

 とすればかずみは子供に当る存在である。

 彼女を会話のダシに使った事に、杏子は罪悪感を抱いていた。

 しかし、それは必要な話だからと心を納得させた。

 

 

「調子は…どう?」

 

「大分サマになってきた。まだ派手に暴れるけどよ」

 

 

 そう言って彼は笑った。

 何事も無いかのように。

 よく笑えるものだと、杏子は言葉に出さずに思った。

 

 外見で見ればいつもの彼である。

 しかし中身は瀕死だと、杏子には分かっていた。

 彼から感じた鼓動と脈動、そして体温からそれを察した。

 ここ最近はご無沙汰だが、出逢ってから今に至るまで、暇を見つけて殺し合った事による経験則でもある。

 

 

「悪いね。ここ最近役立たずで」

 

「休むのも魔法少女の仕事だろうよ」

 

「なんだよ、それ。初めて聞いたぜ、そんなコト」

 

「だろうな。俺も初めて言った」

 

 

 ナガレの返しに、杏子は軽く肩を叩いた。

 魔力を用いない、非力な少女の腕力で。

 彼の内側の肉が、わずかに千切れた。そんな気がした。

 

 

「なら今度はあたしの番だね。あんたはしばらく休んでな、相棒」

 

 

 杏子の言葉に、少し迷いながらも彼は頷いた。

 かずみの制御は着々と進んでいるが、強さは洗練され、破壊力もまた刻々と増している。

 それを彼は危惧したのだった。

 しかし、ナガレは杏子を、自分の相棒を信じることにした。自らを相棒と呼んだ存在を信じれなくてどうすると、彼は思った。

 

 

「それでさ。かずみの様子が落ち着いたら、行くとこ行こうぜ」

 

 

 杏子はそう言った。

 その口調は普段の通りだが、籠められた感情には、彼をして尋常ではないものがあった。

 

 

「あすなろ市へ、さ」

 

 

 報復心に満ちた声で、杏子は呟いた。

 双樹に奪われた自分のソウルジェムの奪還。

 それを今の彼女は考えていなかった。

 呉キリカの事も記憶から消し去られていた。

 

 今の杏子にあるのは、朱音麻衣への絶対的な報復心だった。

 それが今の杏子の心の中に渦巻き、次の行動を促す原動力となっていた。


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