魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
天も地も、極彩色の色が広がる。
空間委に満ちた大気もまた、それらと同色の狂気を帯びていた。
どんなに飽食をしても飽き足らず、永劫に尽きない食欲の坩堝。
この異界は、異形の食欲に満ちた世界だった。
その世界の中で、一つの孤影が立っていた。
魔女を思わせる帽子とそこから垂れる黒い長髪。
黒を主体に白を散らした、肌の露出が極めて多い衣装。
その周囲で呻き声が鳴っていた。
大型トラックよりも太く長い胴体。長く伸びた尾の先は可愛らしい人形の口に繋がっている。
戯画化した犬に鮫の要素を足したような顔。
開いた口には、一抱えもありそうな巨大な牙がびっしりと並ぶ。
それを更に巨大な舌が舐める。
渦を巻いた眼で黒衣の少女を、かずみを見ている。
舌に纏わりついた唾液が口内から溢れ、悪臭を振り撒きながら滴り落ちる。
地面に落ちて跳ねた時、異形達は一斉にかずみへと襲い掛かった。
その数は二体。
吹き付けられる貪欲な食欲と狂気の中、泰然と立ち尽くすかずみは皿の上の贄に見えた。
「やるぞ」
かずみは口を開いた。
彼女の声だったが、短いながらに異なる口調の声だった。
「うん」
自らの声にかずみは応じた。
その時には、先陣を切った個体がかずみの前で大口を開いていた。
腐肉に砂糖を塗したような悪臭がかずみの鼻先を掠めた。その臭気に、新鮮な血の香りが重なる。
肉が吹き飛び、砕けた歯が鮮血と共に宙を舞う。
魔女の右頬が圧壊し、顔の面積の半分以上が潰れていた。
肉の陥没が生じたすぐ隣に、黒い塊があった。
それは、通常の10倍以上の大きさとなった拳だった。
指や拳頭に鋭いエッジが描かれ、それが魔女の肉を切り裂き砕いていた。
かずみの腕を覆う黒布が一瞬にして変異した、破壊の拳。
「アトミック」
かずみと異なるかずみの声。
言葉が意味するのは「原子」。
眼窩から神経の糸を引いて垂れ下がった眼で、異形は自分に向けられたかずみの巨大な拳を見た。
「飛べ」
言った瞬間、異形の顔面が粉砕された。
巨大な胴体も挽肉と化した。
背中から噴き上がる鮮血に引かれるように、体内から巨大な臓物が溢れ出す。
その末端である人形もまた粉砕された。
それを為したのは、魔力によって飛翔していくかずみの拳。
正確には、その左手を覆う拳状に変形した黒い布が。
拳を飛ばした後、当然ではあるがかずみの手からは黒が消え、白い素肌が晒されていた。
そこを目指して、もう一体の異形が迫る。
開いた口の中では、咀嚼された同胞の肉と内臓が見えた。
自分以外は全てが餌ということだろう。
応じるように、かずみは右手を伸ばした。
伸ばしていく間に、黒布が変化していく。
五指の先端までも覆い、さらに伸びていく。
指の面影を残しながら先端を捩じらせ、太さと長さが一気に増す。
捩じれた部分は刃となり、彼女の右腕は螺旋を描いた槍と化した。
その形状は、正に。
「ドリル」
呟く。歯を見せて獰悪に笑いながら。
かずみが浮かべた表情に、異形は一瞬、食欲さえも忘れて怯えた。
それが異形の最後の感情となった。
「行け」
言葉に従い、黒布が変異したドリルが飛翔。
それが抜けたかずみの右手の前で、異形の顔面はドリルの着弾点である中心から捩子くれ、ドリルの回転によって胴体が何重にも絞られ弾性張力を越えた肉が弾けた。
二呼吸する間に、異形達は肉塊と化していた。
原型も留めぬほどに破壊された異形が崩れ落ちる中、破壊を為したかずみの黒布は尋常な形となって彼女の両腕へと戻っていた。
その背後に、三体目の異形が迫った。
しかし開いた口は、直後に縦に切断された。
黒い斧槍の一閃には魔力が乗せられ、斬撃と共に迸った衝撃によって末端の尾までを切り裂いた。
「邪魔するなよ」
噴き上がる血飛沫の中でナガレは言った。
隠れていたのではない。
異形達はかずみに引き寄せられ、彼の存在に気付かなかったのだ。
魔女の気配を察知して暴走する彼女であるが、魔女を引き付ける存在でもあるらしい。
それが今は、暴走には至らずに制御された状態にあった。
「覚えたか?」
かずみは呟いた。
声はかずみ、されど口調はナガレだった。
そのかずみの背後で、ナガレは斧槍を一閃させて血糊を吹き払っていた。
「うん」
かずみは応えた。自分の声で。「その意気だ」とかずみは言った。再びナガレの口調で。
そして彼女は眼を閉じた。すぐに開いた。
その間に、彼と彼女の周囲からは異形の気配がにじり寄っていた。
極彩色の暗闇のような世界に、幾つもの渦巻く眼と牙の輝きが光る。
「ぐぐ…グ……グルル…」
迫る異形達。対するかずみは呻き声を出していた。
白い肌からは脂汗が浮き、赤く渦巻く瞳の中では正気と狂気がせめぎ合っていた。
その様子を、ナガレは何も言わずにじっと見ていた。
手に持った斧槍は下げられ、切っ先を地面に着き立てている。
それを好機と見て、異形達は一斉に迫った。
その時に、異形達は異変に気付いた。
かずみの真上、極彩色の空の一角に黒々とした雲が浮かび、曇天となっている事に。
その顔を、姿を、白光が眩く照らした。
曇天から降り注いだ一筋の雷を、かずみの被った鍔広の帽子が受け止めた。
雷は帽子の両サイドへと至り、そして彼女が高々と真上に伸ばした右手の人差し指に絡み付いた。
「サン…ダァァァアアアアア!!!!」
指先に雷を絡めながらかずみは叫ぶ。
莫大な熱量である筈なのに、彼女の帽子や衣服どころか、肌さえも全く傷付いていない。
まるで雷撃を自らの友としたかのように。あるいは、王に平伏す臣下と為したかのように。
「ブレェエエエエエエエク!!!!!」
咆哮と共に、雷撃が弾けた。
空間を埋め尽くす稲妻の毒蛇達が舞い踊り、巨大な異形達へと襲い掛かる。
黒い肌が瞬時に炭化し、眼球が破裂し、膨張した肉と舌が顎や歯を内外から砕く。
三十体を越える魔女達は、為すすべも無く破壊の蹂躙を受けた。
後方にいたために、十体程度の魔女は軽傷を負った程度で済んでいた。
その上空に、かずみが地を蹴って飛翔していた。
両腕をびしっと体の両側に下げた姿勢で、魔力を通された外套が彼女の姿を空中で固定する。
何事かと見上げる異形の顔と身体を、今度は真紅の光が叩いた。
かずみの両肩と胸にある白い飾りが、同色の光に輝いていた。
そして三か所で生じた光が連結し、一つの光となった。
それは、Vの字を描いていた。
「ブレストォォォオオオオオオオオ……ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!」
かずみの咆哮と同時に、竦む異形達へと真紅の熱線が浴びせられた。
莫大な熱量により巨体は一瞬にして溶解し、熱風が全てを消し去った。
熱と風が過ぎ去った後には、大きく抉られた異界の地面が広がっていた。
溝の底は見えず、そして視界が不明瞭であるからとは言え、破壊が何処まで続いているのかも見えない。
「グル…ルル……ル」
唸り声を上げながら、かずみは静かに着地した。
雷撃によって生じていた異形達の死骸も、今の熱線と熱風が吹き飛ばしていた。
後に残ったのは、熱を帯びた大気と傷付いた地面。
そして、斧槍を構えた黒髪の少年。
彼の姿を見た瞬間、かずみの正気は消え失せた。
本能のままに叫び声を上げ、かずみはナガレへと襲い掛かった。
モチーフは…言うまでも無く