魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第32話 仮初の身で目覚めし禍つ者②

「そういうトコなんだよ……天然の主人公及び英雄体質・気質っていうのかな」

 

 

 佐倉杏子、正確にはその身体を乗っ取っている呉キリカ。

 すなわち両者の名前を合わせて佐倉キリカとでもすべき存在はそう言った。

 

 英雄及び主人公と言った概念の押し付けの果て、杏子の身体となったキリカは眼を潤ませていた。

 黄水晶の瞳には感情の揺らぎの炎。それは、欲情のかがり火だった。

 英雄色を好むとは言ったものだが、彼はこの現状に困っていた。

 重ね重ねになるが、彼は年少者に欲情などしないのだった。

 

 

「なあ友人、ちょっとセックスしない?丁度ベッドもあるし暗いし、君を誘惑するために母さんと作ったエロボンデージも着てるしで初体験に臨むシチュエーションはバッチリなんだけど」

 

「お前、その身体でいいのか」

 

 

 キリカの爛れた発言に、ナガレはそう返した。

 それは問い掛けでもなく、事実の突き付けだった。うぐぅとキリカは呻いた。

 

 

「それな…」

 

 

 欲情の色が消え、代わりに絶望が表情へと滲み出す。その様子に彼も呻く。

 魔法少女と謂う存在故に、それがどうしても破滅へのカウントダウンに思えてならない。実際そうなのであるが。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 それがまたも一変。希望の輝きを放つ。

 実際に光っていた。

 彼女の頭の上には輝く電球が浮かんでいた。魔力を用い、空間に戯画的なものを実体化させたのだった。

 その様子に、心配した俺がアホだったと彼は思った。

 同時に嫌な予感がした。

 

 

「妥協案」

 

「はい?」

 

「こゆこと」

 

 

 そう言って佐倉キリカは右手の人差し指を右頬に引っ掛けて横に引いた。

 

 

「口、あと喉も使っていいよ。舐めてあげる」

 

「………」

 

 

 佐倉キリカの行為に、彼は微動だにせず無言で応えた。

 凄く嫌そうな表情で、且つ強引に口を開いているので形は笑顔で彼女も黙った。虚しくなったのだろう。

 

 

「嫌な事は人にさせんなよ」

 

 

 御尤もな意見である。分かったよ、と佐倉キリカは返した。

 

 

「じゃあ………お尻で」

 

 

 なにが「分かった」というのだろうか。彼女の中で、佐倉杏子は人間ではないという事か。

 ポーズはそのままで彼女は言った。流石にその行為に及ぶのは更に嫌らしい。

 彼もイラっときた。闇の中で彼はその感情を表情に乗せた。 

 それを見た彼女の身体がビクリと震えるのが見えた。

 

 

「おー怖、分かったよ。流石に冗談が過ぎた。それにこいつの身体で交わるなんて悪夢以外の何物でもない」

 

 

 キリカは遂に諦めたようだ。

 今の発言を最初に思っていれば、今までの会話はそもそも発生していなかっただろう。

 遭遇してから半年になるが、今まで無数の異常な存在を撃破・殲滅してきた彼をしても呉キリカという存在は理解を越えていた。

 だからこそ、面白い奴だと思い気に入っている。そんなこいつもどうかしている。

 

 

「なんだかんだで元気だな。その様子だと麻衣も無事か」

 

「うん、快適。結構ぬくい」

 

 

 うっ、と思わず彼は心の中で呼吸が途絶える思いがした。

 この連中の本体であるソウルジェムは、宝石狩りの魔法少女である双樹の子宮の中に埋め込まれている筈だからである。

 とはいえ、無事である事は確かなようだ。

 そもそも美しい姿を保つ処置がされているのならば当然か、と彼は現状を分析した。

 となると何らかの仕組みがあるのだろうが、そこまではまだ分からない。

 

 

「ところでよぉ、杏子はどうしてる?」

 

 

 キリカのペースに巻き込まれていたとはいえ、その質問は些か遅いように思える。

 逆に言えば、杏子とキリカを信頼している事の裏返しでもあった。

 仲が悪いどころか絶対的な敵対関係にある二人だが、彼の中ではよくジャレついている可愛い子猫かなにかである。

 重ね重ねだが、こいつは物事の認識がどうかしている。

 

 

「おい、なんで眼を背ける」

 

 

 佐倉キリカは眼を逸らした。その様子に嫌なものを感じ、彼は彼女へとにじり寄った。

 

 

「生きてるよ」

 

「顔逸らすな」

 

「いやん、えっち」

 

「こっち見ろ」

 

 

 背けられている顔を、強引に前を向かせて顔を近付ける。

 彼としても嫌なやり方だが、効果があるかもと思って試した。効果はあった。

 キリカは観念し、ハァと溜息を吐いた。甘い香りが彼の鼻先をくすぐる。

 息に魔力を介し、佐倉キリカはキリカ特有の甘い花のような香りを吐息に宿したようだった。

 その目的は不明だったが、キリカの行動の逐一を気にしていたら時が幾らあっても足りない。

 

 

「実はね」

 

 

 と、キリカは彼の右耳に顔を寄せた。そしてしばしの間言葉を伝えた。

 伝えた終わりに、彼の首筋に軽く口づけを行った。

 これが最大の、彼女の気分を害さない程度の妥協点なのだろう。

 

 

「…マジか」

 

「うん、マジ。朱音麻衣、あいつ最近マジでヤバくってさぁ…」

 

 

 意見を交わす二人。そして室内の会話は絶えた。

 何を言っていいのか、彼としても分からなくなったのだ。

 それほどに、キリカが告げた事象は狂気に満ちていた。

 

 

「ところでさ」

 

「うん」

 

 

 キリカは話題を変え、ナガレもそれに乗った。

 狂った事を聞かされたが、杏子の生存は確認できたからである。

 

 

「母さん元気?」

 

「ああ、世話になってるよ」

 

「そっか。母さん、佐倉杏子の事は気に掛けてたからね。私としてはちょっと複雑な気分だけど、お世話が出来てよかったよかった」

 

「そいつは初耳だな。なんかあったのか?」

 

「うん。母さん、昔は佐倉杏子みたいな生活してたらしくてさ。父さんからも聞いた話を鑑みて客観的に考えてみると、境遇的には佐倉杏子とどっこいどっこいか、もっと酷い生活してたみたい」

 

「てこたぁ、随分と苦労したんだな」

 

 

 彼の顔と声に哀切さの翳が差した。

 意外に過ぎる、と思ったがキリカの母が娘を宿した時の年齢を考えると、何かあったと思う方が自然に思えた。

 

 

「あ、そうだ。一応言っとくけどちゃんと私は両親との間の子供だからね。前にも言ったけど、今は亡き郊外のラブホで繰り広げられた両親二人の愛の元、私は宿されたのだよ」

 

 

 勘が鋭い、そしてこれに限った事ではないが赤裸々すぎる発言だった。

 ちなみにその郊外のラブホとやらは今は廃墟と化しており、少し前にナガレとキリカによるデート的な殺し合いにて完全に破壊されている。

 

 

「まぁそれ以外にも佐倉杏子、っていうか佐倉家とは縁が……ま、今はいいか。ちなみにこれはこれ伏線ね♡」

 

 

 覚えといて☆とキリカは言った。あいよ、と彼は返した。

 

 

「さてと。という訳でさ。少し話を逸らしたけど、朱音麻衣がちょっとヤバいから近いうち助けておくれよ。あすなろとか特に縁も無い場所で朽ちたく…って、あ」

 

 

 しまった、とばかりにキリカは口を閉ざした。

 

 

「あすなろか」

 

 

 彼にはしっかり聞こえていた。

 閉ざしたところを見るに、情報を小出しにして彼を弄びたかったのだろう。

 

 

「あー…やっちった。これも朱音麻衣のせいだ。許さないぞ、あの発情女」

 

「場所が分かるってこた、正確な位置も分かるよな」

 

 

 佐倉キリカの言葉を無視して、彼は問う。

 再びキリカは溜息を吐いた。そして、一切の冗談を廃した生真面目な顔となって正面から彼を見た。

 

 

「知ってるけど教えない」

 

「ああ?」

 

「言えないではなく、言わない、だ」

 

 

 意味不明な言葉を重ねるうちに、彼女の身体が痙攣していく。

 

 

「わた、わた、わ、私の、ひ、引いた、レールも、最後だ」

 

 

 痙攣が激しくなる。

 彼は考えた。多分これがタイムリミットで、言わないというのは見つけてみろというヒロイン願望か何かだろうと。

 だから主人公とか英雄とかほざきくさってたのか。

 彼はそう結論付けた。

 以前の彼ならこういった考えはしなかっただろうが、ここ数か月アニメ等に慣れ親しんだせいで想像力が逞しくなったらしい。

 人生、何が影響を与えるか分からないものである。

 

 

「だから、ここから先は、主人公である、君の手で切り開け!」

 

 

 手を翳し、求めるように腕を伸ばす。

 その手を彼は掴んだ。行くな、と言わんばかりに。

 

 

「じゃあね、友人。しばしの間、さらばだ」

 

 

 黄水晶の眼が瞬いた。可愛らしいウインクだった。

 

 

「愛してるよ、友人」

 

 

 瞳には寂しさの色も浮かんでいる。意味不明な発言は、ひょっとしたら彼女なりの強がりだったのかもしれない。

 

 

「主人公ってな、他人からの評価だったよな」

 

 

 対して、彼はそう言った。

 意図が分からず、キリカは首を傾げた。

 

 

「なら俺からしたら、お前らもみんな主人公だ。だからお前らも自分の物語を主人公として全うしやがれ」

 

 

 腕を引き寄せ、顔同士の距離が数ミリも無い位置で彼は言った。

 獰悪で頼もしい、英雄や勇者を思わせる表情で。

 対して、キリカは佐倉杏子の顔の唇を少し尖らせた。

 当然の結果として、彼の唇に触れた。

 

 

「だからさ、そういうとこなんだって」

 

 

 そして春風のような表情となり、その直後に身体が崩れた。

 それはまるで、風が過ぎ去ったかのようだった。

 力を喪った細い身体を抱きながら、彼はそう思った。

 

 

「少し待ってな。必ず奪い返してやる」

 

 

 それを聞き終えた時、黄水晶の瞳を宿す眼は静かに閉じた。

 

 

 


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