魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第31話 母を求めて⑤

 杏子がボンデージ姿のまま失神した翌日。

 互いに気まずかったのか、ナガレと杏子は無言で挨拶を交わして一階に降りていった。

 時刻は朝の六時半。この連中にしては珍しい、健全な時間帯の起床だった。

 何時の間にか、部屋の中に杏子の私服が畳んで置かれていた。

 着替えの際に彼を追い出さず、平然とボンデージを脱いで(ほぼ変わらないものの)全裸になって服を着ていったことが不健全ではあったが何時もの事だった。

 

 そしてその後、平和な時間が流れていった。

 朝食を担当したのはかずみだった。

 何処で覚えたのか定かではないが、彼女の料理のスキルは卓抜としていた。

 主婦生活が長いキリカ母をして、その味に驚きを隠せなかった。

 目玉焼きにベーコン、味噌汁に白米と言ったシンプルな朝の献立は格段の美味を誇っていた。

 

 その後は家事を行った。

 滞在者の当然の義務であると、ナガレも杏子も納得していた。かずみが家事の先制パンチを行っていたので、負けてなるかと思った事もあるのだろう。

 ナガレは洗濯を命じられた。

 

 単身赴任でキリカ父は不在。

 生じる洗濯物の持ち主の性別は男が1で女が3。

 女達は下着も全て、彼にバスケットかごに入れて押し付けていた。

 渡された衣服の山の上に、

 

 

「下着はデリケートなので手洗いで」

 

 

 と記載されたメモ用紙が置かれていた。

 彼は溜息を吐いた。

 それは、鉛のように重かった。

 

 一方の杏子はと言えば、かずみとキリカ母から料理を教わっていた。

 白いエプロンを通した姿が中々似合っていた。

 その成果が昼のご飯となる予定であり、これも立派な家事だった。

 責任重大であり、杏子は久々に責任という存在の重要さを噛み締めていた。

 

 魔法少女の時の杏子は動きがキビキビといしているが、魔力を解除した状態の彼女はどうにも鈍くさかった。

 ミンチされた肉から空気を抜くところも、何度手から落としそうになった事か。

 

 それでもどうにか人数分を用意でき、後は焼くだけとなっていた。

 幸いにして、これは上手くいった。

 炎を操る事は流石に長けていたのである。

 ついでに肉をミンチにする事も。

 指で肉をこね回しつつ、魔法少女生活も少しは役に立つもんだと杏子は思った。

 

 まだまだ動きが粗いが、着々と料理を覚えつつある杏子の背中を、即席の料理の先生となったかずみが好まし気に見つめ、その矮躯をキリカ母が背後から優しく抱いていた。

 台所にあるステンレスの調理具を鏡の要領で用いて、杏子はその様子をハンバーグを焼きつつ眺めていた。

 

 あれが母の姿か。

 そう思うと、哀切の刃が胸を刺した。

 心を刃で貫かせたまま、杏子は人数分の食事を用意した。

 形は不格好ではあったが、それは確かに美味だった。

 

 

 昼を終えると、三人は街に繰り出した。

 見滝原の街を練り歩き、ナガレの案内でとある商業施設に来た。

 前にここに来たのは一か月半前くらいだっけかな、と彼は当時の事を思い返していた。

 何処から突っ込んだ方がいいのか分からない、不健全さと暴力と一方的に押し付けられる性、そして愛。

 それらの発端となった場所。

 呉キリカと訪れたショッピングモールだった。

 

 前と同じく階層を上がり、女性用衣服の専門店で下着を含む衣服を購入する。

 その後は凄まじい大迷惑を掛けたビュッフェスタイルのスイーツ専門店に赴き、甘味の海に溺れた。

 幸い、今回は誰も店内で性的絶頂には至らなかった。そもそもそれが発生することがおかしいのだが。

 

 苺タルトを齧ると、当時の思い出が湧き出してきた。

 キリカは真紅のスイーツを佐倉杏子と見做し、それが彼に喰われる様をグロテスクに実況していた。

 噛み砕かれるのは杏子の臓物でどうたら、などと。

 

 なお、当の杏子はと言えば全く気にせずにバクバクと苺タルトを食べている。

 キリカが彼とこの場で何をしたかは、キリカが魔法によって余さず伝えた為に杏子も知っていた。

 その記憶を噛み砕くように、杏子は甘味を食べ続けた。

 

 ふと、その動きが止まった。

 ナガレと杏子は丁度、苺タルトとに歯を接触させた瞬間だった。

 かずみはジュースを飲んでいた。

 彼女の前髪から伸びたアホ毛が、みょいんと発条のように揺れていた。

 ナガレと杏子は急いでスイーツを食べ尽くした。かずみも残りのジュースを啜った。

 支払いを済ませ、感じた気配の根源を目指した。

 

 人気の少ない階段の隅に、異界の入り口が開いていた。

 躊躇もせず、三人は異界に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 結界に入った瞬間、魔女は瞬殺された。

 無数の使い魔諸共、居城とでも言うべき異形の構造物諸共に。

 杖や胸から放たれる真紅の熱線、両手から放出される雷撃。

 小さな唇から放たれる吐息は、鋼の刃を備えた巨大なミキサーの如く大渦となり異界を破壊していった。

 

 破壊の権化と化したかずみに、ナガレと杏子は真っ向から挑んでいった。

 それが自分たちの、義務であると言わんばかりに。

 

 

 

 

 六時間後。

 モール内に設けられた、案内板近くの椅子に三人は座っていた。

 かずみは爆睡し、口の端から涎を垂らしてこくこくと首を上下に揺らしている。

 ナガレと杏子は起きていたが、憔悴の極みに達していた。

 

 外見上はどこも怪我はない。

 が、肉の内側は破壊に破壊を重ねられていた。

 今の二人は、人間の形に成形された肉とでも言うべき状態だった。

 

 その状態で、疲れ切り瀕死でありながら二人は笑いあっていた。

 暴走はしていたが、かずみは咆哮と唸り声雑じりの片言ながら会話が成立するようになっていた。

 大きな進歩だと、破壊された内臓を笑い声の振動で痛めながら、愉しそうに笑っていた。

 

 

 

 二時間後、ナガレは呉家へと帰宅した。

 遅くなるとは前以て伝えてあったが、キリカ母に挨拶を告げる申し訳なさそうな態度だった。

 その様子を杏子は見逃さず、スマホで撮影していた。何に使うのか、彼は想像することを放棄した。

 

 杏子にかずみを任せ、ナガレは「必要な物探してくる」と街へと繰り出した。

 治癒魔法を全開発動させているが、現状は常人ならいつ死んでもおかしくない状態。

 それでも特に歩行に支障は見えず、かずみを背負った杏子に見送られながらナガレは街の雑踏に消えていった。

 

 そして帰宅した時、ナガレは杏子に痛み止めや軟膏等の一式を渡した。

 以前、四肢を喪ったキリカと一緒に忍び込んだ病院へと彼はまた赴いていた。

 廃棄される予定の薬剤である為、特に問題ないと思った事と、これに魔力を通すと格段に治癒能力が向上すると前回キリカに使用した際に学んだのだった。

 

 

「あいつも元気そうだったな」

 

 

 そう彼は呟いたが、杏子には何のことだか分からなかった。どうでもいいか、とだけ思った。

 女に対する言葉では無さそうだからだ。 

 

 客人の帰りが遅い事に対し、キリカ母は一言も何かを言わずに食事を作って彼と杏子へと渡した。

 杏子も食事を摂らず、彼の帰宅を待っていたのだった。

 当然のように一緒に食べた。

 傷がまだ痛むが、痛みは常にある二人である。その程度が大きいか小さいか、そのくらいの違いしかない。

 

 

 

 更に二時間後。

 電灯を落としたキリカの部屋で二人は寝た。

 ナガレは昼間に買った赤いジャージをパジャマ代わりに着て昨日と同じく床に布団を敷いて、杏子は同じく昼に購入した赤いパジャマを着て、キリカのベッドで。

 かずみも昨日同様にキリカ母と一緒に寝ている。

 

 

 十分後、ナガレと杏子は闇が溜まった室内で対峙していた。

 昨日と同じく。

 ナガレは赤いジャージを着て、杏子はパジャマを脱ぎ去って黒のボンデージ姿となっていた。

 元から裸体に近かったというのに、更に肌面積が増えている。

 昨日よりも欲を重ねたのか、更に手に負えなそうな状態と化していた。

 

 

「今日こそ、有難く喰らいな。あたしの処女をさ」

 

 

 少し言い回しを変え、杏子は舌で唇を舐めた。

 唾液が赤い唇に塗され、ぬめりを帯びた唇は妖艶さを孕んだ。

 飛び掛かる瞬間、杏子の身体が痙攣した。

 

 裸体に限りなく近い状態の身体が反り、口は喘鳴を吐き出す。

 何かが体内を這い廻っているように、杏子は両手を身に絡めて身体をくねらす。

 

 赤い瞳を宿す眼は、視線が一点に定まらずに撞球反射のように忙しなく動く。

 演技とは思えず、今日もまた彼は杏子を心配して歩み寄った。

 その時に、杏子の動きが止まった。

 両腕がだらりと下がり、蠢いていた瞳も一点を見て止まっていた。

 一点とは、杏子を見るナガレの顔である。

 

 その瞳の色は、赤では無かった。

 闇の中だが、彼にはそれが鮮明に見えた。

 闇の中で輝くのは、黄水晶の色。

 それを有する者は佐倉杏子であるが、浮かんだ表情は彼女のものではなかった。

 

 瞳に黄水晶の輝きを宿した佐倉杏子が浮かべたのは、春風のような朗らかな笑顔。

 

 

 


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