魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第31話 母を求めて②

「………」

 

 

 白い床面を、佐倉杏子は眺めていた。

 髪を洗った湯とシャンプーの泡が流れていく。

 その色は白ではなく、灰色に近かった。髪と頭皮に付着した汚れや老廃物の為である。

 それから逃避するように、杏子は浴槽を見つめた。

 白い入浴剤が入れられた風呂の表面には脂が浮き、湯船の湯は黒味を帯びていた。

 可視化された汚れを前に、杏子は何を言っていいのか分からなかった。分かりたくも無い。さっさと忘れてしまいたい。

 

 

「こちらに」

 

 

 落ち着いた、年上の女の声がした。

 美しい指が床面を指し示している。正確には、床に置かれた物体を。

 そこにあったのは、青みを帯びたビニール製の何か。

 

 形状としては丸太で組んだ筏に似ている。

 水辺でのレジャーに使う、板状の浮き輪にも似ている。

 女の言葉はその上に横になれ、という指示だった。

 

 女はと言えば、洗面器の中に両手を入れ、何かを混ぜ合わせるように動かしている。

 洗面器の中には透明な液体が…いや、指や腕の光沢といい、それは液体ではなく粘液だった。

 白く細長い指にどろっとした粘液が絡む様子は、ひどく艶めかしかった。

 

 

『…何故?』

 

 

 そう思いながらも杏子は言葉に従った。

 相手から悪意を感じなかったからだ。

 後悔したのは、今の自分の体勢がうつ伏せで且つ全裸である為に、恥ずかしい部分が剥き出しになっていると悟った時だ。

 相手が同性とは言え、羞恥心を覚えない訳が無い。

 

 

「ひうっ!?」

 

 

 背中に、腰に、尻に、足に。

 ぬるっとした感触と、柔らかい肉の質感に熱い体温、そして軽いながらも感じる確かな圧迫感。

 それらを伴いながら、身体を擦られることによって生じる得体の知れない感覚。

 柔らかく張りのある双球が、杏子の首筋を包み込む。

 首から脳に直に伝わるその感覚は、杏子に嬌声を上げさせた。

 悲鳴のようなそれは、それから絶え間なく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐倉杏子、遅いね」

 

「ああ。何してんのやら」

 

 

 かずみが呟きナガレが応える。

 整理整頓がされた一室で、二人はテレビでアニメを観ていた。

 紫色の一本角を生やした、鎧武者か鬼を思わせる巨大な存在が暴れ狂う場面が映っていた。

 なんで本編がこれで、劇場版で戦わなかったのかね。と、ナガレは思っていた。

 ついでにといった感じに、この場所に訪れてからの事を思い出した。

 

 杏子が用事と言った、鉄塔からの見滝原のウォッチングを済ませた後、ナガレ達はここに訪れた。

 玄関に嵌められた、姓を表す文字は『呉』。要は呉キリカの家である。

 キリカ本人は今はいない。

 

 いや、正確に言えばナガレと半共生状態の牛の魔女の内部に冷凍保存をされた状態で保管されている。

 ソウルジェムを宝石狩りの魔法少女である双樹に奪われ、同様の被害に遭った朱音麻衣同様に死体と化しているのであった。

 客観的に見ると意味不明な状況だが、当事者である彼としては悲痛な想いがあった。

 キリカの母には優木に頼んで洗脳魔法を行使してもらい、キリカは留学中という別の記憶を行使してもらっている。

 

 思い出す可能性や生活への齟齬、学校関係者やとの会話の矛盾も無いようにしたと彼は聞いていた。

 優木の洗脳の強さは、呆気なく打破したとはいえ喰らった彼本人も知っている。

 故に疑う気は無かった。

 しかしながら気になる事もあり、母親というものを学びたいという杏子の言葉を叶えるべくキリカ宅へと赴いたのだった。

 他に方法が無かったのかとか、そもそもこの行動は如何なのかと彼も思っていたが、他に道も無いように思えた。

 

 キリカ宅に赴いてからの事に話を戻す。

 風見野のストリートチルドレン三人組を出迎えたキリカの母は、杏子に近付いたときに悲痛の翳を表情に浮かべた。

 すると彼女の手を取り、有無を言わせず浴室へと導いたのだった。

 

 

「お部屋へ」

 

 

 とキリカの母は言い、ナガレはそれに従った。

 既これが三回目の来訪であり、滞在期間は累計で24日以上に及んでいる。

 部屋と言われて該当する場所には心当たりがあった。キリカの部屋である。

 部屋に入ると、既に菓子や飲み物が用意され空調も作動させられていた。

 魔女に命じて監視カメラの有無を確認し、作動中の80個のカメラを破壊はせずに無力化してから彼は入室した。

 

 恐らくは魔女も取りこぼしがあるのだろうが、不健全行為をしなければいいだけの話だ。

 しないというか、されないことに関しても流石に他人の家だからそれは無いだろう、と彼は思っていた。

 前回にここに来た時に、延々と不健全行為に付き合わされていたのを忘れたのだろうか。

 つくづく、進化はしても成長はしない男である。

 

 杏子が連れていかれたことに関しては、大丈夫だろうと彼は思っていた。

 暴れれば簡単に脱出できるだろうが、杏子はそこまで乱暴じゃないと。

 信頼しているという事だが、相手があの女じゃなぁ、という思いも強い。

 

 

「ごめんね」

 

「ん?」

 

 

 ナガレの考えを消し去る様に、かずみが声を掛けた。

 思考を上掛し、彼はかずみに向き合う事とした。

 

 

「会ったばかりだけど、いつも迷惑かけちゃって…」

 

 

 魔女結界に赴く、ないし魔女を認識すると自身が暴走する事についてだった。

 最初は力を感じるだけで暴れ狂っていたが、最近は多少の落ち着きを見せていた。

 自分が暴走してしまうと認識している事がその証拠でもある。

 

 

「構わねぇよ。こっちは好きでお前と付き合ってんだ」

 

 

 彼は本心を告げた。

 危険極まりない彼女を野に放つわけにはいかないという事もあるが、行き場のない少女を放り出すわけにはいかないという思いの方が強い。

 かずみを廃教会に住まわせているのは、ナガレと杏子による打算無しの善意だった。

 

 

「にしてもお前、料理上手というかちいと上手過ぎる。心当たりとかねぇのか?」

 

「うーん、ココロに靄が掛かった気分。でも食材を前にすると勝手に頭にぱっと調理方法が浮かんで、身体が勝手に動く感じがするの」

 

「身体に叩き込まれたコトってのは、簡単には忘れねぇからな」

 

「どんな生活してたのかなぁ、私」

 

「技術があるってこた、教えてくれた人がいるハズだ」

 

「大事にされてた、ってコトかな?」

 

 

 かずみの言葉には哀願の響きがあった。

 彼は答えた。

 

 

「だといいな」

 

 

 彼はそれを、曖昧な返しだと思っていた。実際にそうだろう。

 言い切るには情報が足りず、そしてその返しは彼の本心だった。

 相手の幸福を望む心に嘘と偽りはない。

 

 かずみはそれに、満足した笑顔を浮かべた。

 実際に確かめなければ分からない。

 そしてそれを、彼女は待ち望んでいるようだった。

 幸いにして、彼の応えは彼女にとっての最適解であったようだ。

 ナガレも笑顔で返す。

 毒気が抜かれる、と彼は思った。

 かずみという少女には、そういった力が感じられた。

 

 

「にしても遅いな、あいつ」

 

「もう一時間と…三十分は経ってるね」

 

 

 のぼせてるんじゃねぇだろうな、と彼は一抹の心配を抱いた。

 と、その時に部屋の扉が開いた。

 

 

「遅か……」

 

 

 そこで彼は言葉を止めた。

 絶句したのである。

 

 

「わー!佐倉杏子!可愛い!」

 

 

 かずみははしゃいだ声を出した。

 それと同時に、佐倉杏子の身体は崩れ落ちた。

 糸が切れた人形のように。













キリカ母が強過ぎる

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