魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第31話 母を求めて

 温かい。

 杏子はそう思い、彼女の身体も同様の感覚を脳に伝えた。

 乳白色の入浴剤が入れられた広めの浴槽の中に、佐倉杏子は身を沈めていた。

 

 赤い髪も同様に、湯の中に溶けるように沈んでいる。

 白と赤が交わる場所を、杏子はジッと見た。

 赤の表面から広がるのは脂の輪、そして滲む黒い汚れ。

 

 

「うっ……」

 

 

 我ながら、と思いながら杏子は呻いた。

 数日に一度程度、ネカフェのシャワールームで洗ってはいたが髪が長いゆえに行き届かず、更にはあまり気を配らなかったせいで汚れが蓄積していたようだ。

 濛々と立ち込める白い湯気に満たされたユニットバスの中。

 シャアアという水音が鳴った。

 

 湯気の奥に、温水を噴き出すシャワーを持った者の影が薄く浮かんでいた。

 残った左手で軽く手招きし、杏子を湯船から上がる様に誘っていた。

 

 杏子は思わず息を呑んだ。

 悪意のない優しい笑顔が湯気の奥に見えた。

 なのにというべきか、だからというべきなのか。

 込み上げてきた溜息を飲み込み、杏子は湯船から上がった。

 

 肉がロクに付いていない、年齢の割に幼い身体の表面を白い液体が滴り落ちる。

 大きな鏡の前に用意されたシャワー用椅子に腰かけ、杏子は鏡を見た。

 自分の背後に、自分と同じく裸体になり、コンパクトながらに豊満に肉が付いた身体をバスタオルで覆った女の姿が見えた。

 

 その女の特徴に、彼女は戦慄的なものを思い浮かべていた。

 逃避するように、そして現状の確認の為に、杏子は自分に魔法を使った。

 幻惑を用いての回想である。

 実体としての視界の奥に、これまでの経緯が映し出される。

 頭に程よい温度の温水を掛けられながら、杏子は魔法による光景に意識を注いだ。

 

 

 

 

 

 

 ガタン、ゴトンという音と共に、緩い振動が乗客を、そしてその中に含まれている年少者三人を慣性に従って揺らす。

 時間は午前十時頃。

 努め人の出勤も終わり、学生たちの登校時間とも外れている。

 それゆえに、乗客の数は比較的まばらだった。

 様々な生活スタイルがあるとはいえ、社会から弾かれている少女と自分の記憶を喪失している少女、そしてそもそもこの世界の存在ですらない少年の三人組が行動するにはいい時間だった。

 

 

「綺麗な景色だねぇ」

 

「ああ」

 

 

 身体をナガレに持たれかけさせながら、車窓から覗く景色を眺めるかずみ。

 その評価に彼もまた頷いた。

 赴くのはこれで三度目だが、確かに綺麗な街だと彼も思っていた。

 

 

『おい相棒。ほんとに行くのかい?』

 

『もう移動しちまってる。引き返すか?』

 

『それはパス。逃げたみたいでヤだ』

 

『じゃあなんで尋ねたよ』

 

『どんな形でも、あんたと繋がっていたいから』

 

 

 かずみと喋りつつ、ナガレは杏子と思念を交わす。

 思念を送りながら、あたしも随分イカれてきたもんだと杏子は自嘲していた。

 

 

『で、そのアテってのは…』

 

『行く前にも見せたけど、こいつだ』

 

 

 席の後ろ、要は座席と背中の間の隙間を使って、ナガレはそれを杏子に渡した。

 それは、電車の切符のような形をしていた。

 

 

宿泊券 三名様まで 有効滞在期間:一枚に付き一週間 有効期限:無期限・再発行可

 

 

 と記載されている。

 宿泊券なる存在の淵には、複雑な紋様がびっしりと刻まれていた。

 またこれを透かして見れば、偽造防止用の透かしさえも入れられている事が分かるだろう。

 個人で作るにはどうにも高度な、そして真面目なのかふざけているのか分からない代物だった。

 

 何処で貰って、何処へ行くのか。

 その問い掛けは既に終えていたが、もう一度繰り返したくて堪らなかった。

 しかし運命と受け止め、杏子は従うことにした。

 

 

「んじゃさ……行く前に、ちょっと行きたいとこあっから付き合ってくれよ」

 

 

 少し疲れた様子で杏子は言った。

 

 

「あいよ」

 

「いいよー」

 

 

 何処へ?と尋ねる事も無く、ナガレとかずみは杏子に従う意思を表した。

 方や異界存在、方や記憶喪失故に当然の反応ともいえなくもないが、こういったツーカーなところな仲が良い証拠だろう。

 かずみもまた、杏子に恐怖の一部は抱いていても彼女を嫌ってはいないのだった。

 

 程なくして電車は到着した。

 アナウンスが告げた名前と、駅のホームに据えられた看板は『見滝原』の名前を乗客達に伝えていた。

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 

 

 杏子は一声発し、魔力を使った。

 見滝原の市街を周囲を一望する大パノラマが、彼女の周囲に広がっている。

 青空の下で輝く街並みを望むべく据えられた複数の望遠鏡の一つへと、杏子は魔力を使っていた。

 機能的といえば聞こえはいいが、面白みに欠ける無難な形状が魔力を帯び、どこかメルヘンチックな外見と質感へと変異する。

 

 杏子からは見えないハズなのに、対物レンズの淵にはマーブルチョコらしき形状と色の模様まで付いていた。

 杏子はここ最近はお菓子の暴飲暴食をしていないのだが、好きな事は変わっておらずそれがイメージに投影されているのだろう。

 見滝原駅を出てから数十分後、風見野のストリートチルドレン三人組は見滝原市のど真ん中に聳え立つタワーの展望台へと赴いていた。

 立ち並ぶ高層ビルでさえ、このタワーの中腹にも至らない。

 肩を並べるのは、頭に超が付く高層ビル程度だろう。

 

 高さは約300メートルに達すると、周囲のパネルに描かれていた。

 しかしそれも今は見るものも無く、広い展望台は彼と彼女らの貸し切り状態となっている。

 一般人には見えないとは言え、杏子が躊躇なく魔法を使ったのもその為だ。

 

 

「おー、すっげ。単なる高い場所ってしか思って無かったけど、展望台ってのも楽しいもんだなぁ!」

 

「ねぇねぇナガレ!アレみてアレ!美味しそうなお好み焼き屋さんが見えるよ!」

 

「お、マジか。じゃあ今度行ってみようぜ!」

 

 

 杏子の背後では、きゃいきゃいと喧しい声が聞こえた。

 かずみの声は妙に甘ったるく幼い声で、ナガレの声も口調は兎も角音程で言えば少女そのものである。

 ガキが、と杏子は思い、望遠鏡を眺めた。

 そして十数秒後、

 

 

「サボりかよ。見ねぇうちに不真面目になったもんだな……いや、まさか……あいつに限って……」

 

 

 杏子はそう漏らしていた。

 望遠鏡から外して街並みを見る。外側で見る限り、平和な光景が広がっていた。

 

 

「なんだあれ。全面ガラス張りで、妙な形してっけど……なんかの研究所か美術館か?」

 

「学校だよ。中学校」

 

 

 何時の間にか隣にいたナガレに杏子は応えた。

 自分が発した呟きは、どうやら聞こえていなかったようだ。

 

 

「なるほどな。確かに学生服が沢山見えら」

 

「目、良すぎんだろ。もういい、あたしの用事は済んだよ」

 

 

 いい様、魔法を解除し杏子は踵を返してエレベーターへと向かった。

 どうしたのかな?とかずみは首を傾げた。似たような感じで、ナガレも同じような態度を取った。

 そして杏子の後を追い、エレベーターへと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緊張するねぇ」

 

「ああ、ほんとにね」

 

 

 言葉を交わすのはかずみと杏子。

 彼女らより一歩前に立つナガレの前には、玄関の扉が聳えていた。

 大きめの二階建ての家、清潔な玄関、その片隅には赤いフレームの自転車が置かれていた。 

 自転車というよりも、寧ろ大型の自動二輪車のような重厚さがあった。

 どう見ても既存の製品ではなく、何者かの手が加えられた存在だった。

 

 インターホンを押そうとした瞬間、玄関の扉が開いた。

 扉を開けたのは、黒が強めの栗色の髪をした女だった。

 清楚そのものと言った美しい顔つき、来客である年少者達を見つめるのは、黄水晶の輝きを放つ瞳。

 

 

「きれーなひとー…」

 

 

 かずみは思わず小さくそう呟いていた。

 それが聞こえたか、その女は優しく微笑んだ。

 

 

「お待ちしておりました」

 

 

 そう言って、女は深々と頭を下げた。

 それに倣って、来客たちも首を垂れる。

 開いた玄関のドア近くの表札には『』に文字が刻まれていた。















ひっ

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