魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
小さな寝息が、廃教会の中に溜まる空気を僅かに揺らす。
割れたステンドガラスから覗くのは曇天の空。
分厚い雲の奥に、薄っすらと月の形が滲んでいる。
闇に等しい空間の中、重なり合う身体が二つ。
そしてそこから生じるのは、寝息よりも小さな水音。
発生源は二つだが、積極的に発しているのは片方だった。
崩壊しかけの祭壇に腰掛けた少年の正面に、向かい合うように腰掛けた少女の唇と口内から。
「痛ぇな」
「ああ」
重なり合う唇。呼吸の合間に言葉が交わされる。
座るナガレと、彼の膝の上に座って身を絡めて唇を貪る杏子。
いつもの不健全な二人であり、その風体はいつも通りであるが少々異なっていた。
服からはみ出ている皮膚の部分、顔の大半と手首から指先まで。
杏子の場合は腹や足の付け根まで切り込んだ、ナガレ篭絡用にわざわざ履き替えるホットパンツから露出する肌の全てを白い包帯で覆っている。
包帯には朱が滲み、よく見れば指や腕の形も少々歪んでいる。
シャツの裾からも包帯の端が見えることを鑑みると、服の内側も帯で覆われているらしい。
つまりは全身に傷を負って内臓や骨も重症という訳である。
つまり、いつもの有様だった。
異なるのは魔法で瞬時に治る負傷が、今も継続している事だった。
「あいつの動き…良くなってきてるし、少しだけど会話できるようになってきたけどさ…」
「打撃の時の置き土産が…強烈だな」
ナガレの指摘が両者の現状を示していた。
かずみの手足に宿る魔力が傷口や負傷に対して毒のように作用し、治癒魔法を阻害していた。
命に関わるものは峠を越えたので、今は苦痛が間断的に生じているだけだ。
つまり大丈夫と、両者は自己判断を下した。
本当に怖い家庭の医学此処にあり、である。
ふとナガレは疑問を抱いた。
「お前、これ好きだけど楽しいのか?」
普段の彼なら、愚問だとして問わなかっただろう。
問い掛けを誘発したのは、頭に喰らったかずみの蹴りによる影響の可能性がある。
これもまた愚問だが、彼の言う「これ」とは杏子が今続けている性行為もどきの事だ。
身体を重ねて胸と下腹部を擦りつけ、唇を相手のそこに重ねて舌で口内を蹂躙する。
相手を得たい、奪いたいという意思表示。
故に応えは決まっている。
「楽しいね」
牙のような八重歯を見せて笑いながら、杏子は肉食獣の眼で彼を見ながら言った。
「あたしの身体と触れてるあんたの骨と肉の感触。あたしの胸の奥で感じる心臓の音、舌で感じる牙みたいな歯の形、喉奥をちらっと舌先で触れた時の窪み、口の粘膜や舌の柔らかさ」
舌をくねらせる様子を見せつけながら、杏子は彼を評価していく。
それはまるで解剖刀で検体を切り刻み、取り出した臓器を銀盆に並べ整理していくようだった。
「そいつらを確かめねぇと、安眠できねぇのさ」
自嘲の欠片を笑顔に宿して杏子は言う。
彼女の見る夢は常に悪夢だが、それはそれで見ないこと自体が彼女を苛む悪夢である。
精神は安息を求めず、されど肉体は休息を求めるというのが、彼女の生活スタイルだった。
人生のある時点からずっと続き、今後も続いていくであろう無限の地獄。
「あと……ここが疼く」
祭壇に着いていた彼の両手を取り、包帯で覆われた自分の下腹部に指先を触れさせる。
痛んだ皮と肉の奥にあるのは、杏子の子宮。
本人曰く、自分の身体で一番不要な器官。
「使う気はねぇけど、二手順くらい飛ばして今は母親ごっこしてるからかな。本能が呼び覚まされてるのかも」
「なら、仕方ねぇな」
性欲の高まりについてである。
子役のかずみがいるから性欲が抑えられてるとは何だったのか、という彼なりの遠回しの突っ込みと理解でもあった。
「逃げるなよ」
「あン?」
「本能だけじゃねえ。あたしの意思もちゃんとある。だからそれだけで済まさねぇでくれよ」
そう言って再びキスをした。口の中に溜めていた唾液を、杏子は彼へと送り出す。
吐き出すわけにもいかず、彼はそれを飲んだ。
「好きって事さ。愛してるんだよ。あたしなりに、あんたを」
柄にない言葉なのは分かっている。
仮に自分以外の誰かがそんな言葉を言っていたら、指を指して笑って愚弄するに違いないとさえ思っていた。
しかし本能と理性は彼を求める。
邪魔な存在が二つも死体になっている事も、杏子にその言葉を発する衝動を促した。
だから欲望は加速し、雌としての本能が激しくなる。
だがその一方で、その雌の本能が最後の欲望の解放を阻む。
意思としては、彼と今すぐ交わりたい。
セックスがしたい。
自分の肉を開いて、溢れ出す粘液で濡れた赤桃色の肉襞を見せたい。
純潔の膜で覆われたそこに彼を導きたい。
しかし、本能は母親である事も強いる。
「でもあたしは……母親役が出来てねぇ」
行動の逐一を自分なりに考え、彼女は呟いた。
自分の母親はもういない。
知り合いや友達もいないため、母親という存在と接する機会がそもそもない。
「ごっこすらできてねぇ……とことんポンコツだな。あたしって女はよ」
彼は眉を少しだけ跳ねさせた。
杏子の悲観思考に、少しイラっときたらしい。
彼女の必要以上に自分を責める態度と、それをどうすることも出来ない無力感に苛まれていた。
向き合いながら、杏子とナガレは互いに苦悩の表情を浮かべていた。
彼も彼とて、かずみの保護者役が出来ているか自信が無いのであった。
ナガレは考えた。その間に杏子は彼の背に手を回し、自分の体温と匂いを彼へと与え続けた。
重なる唇からは唾液が滴り、顎と胸の包帯を濡らし続ける。
「母親か」
その中で、ナガレは呟いた。決断の意思が籠っていた。
「アテが無い、訳でもねぇ」
杏子の額に自分の額をこつんと付け、ナガレは言った。
苦渋に満ちた一言だった。