魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「そろそろかな」
「多分な」
昼下がりの廃教会。
祭殿の半ばあたりで昼寝をしていた杏子とナガレは、むくりと起き上がるやそう言った。
ナガレは立ち上がり、祭壇の麓に置かれていた発泡スチロール容器を開けた。
潮の香りが立ち込める。入っていたのは、茹でられた蟹だった。
松葉ガニにタラバガニやズワイガニなどがぎっしりと。
廃教会の中、それらの赤い甲羅が眩く輝いていた。
「回想、するかい?」
「するほどでもねぇだろ」
魔法を用いての回想は便利だが、魔力の無駄遣いは控えとこうという彼の意向である。
尤も今の杏子はソウルジェムを喪っており、彼女の魂は双樹の子宮の中にある。
中々に、というか狂いきった状況だが、そう云う訳で今はソウルジェムの浄化もへったくれもないのであった。
奪われてから十日が経過し、その間特に何の異常も無い。
結論。普段通りで良し。
しかしながら、彼が言った通りに別に幻惑魔法を用いての回想をするまでも無い。
単純な事だった。
気まぐれで出した懸賞が当たり、それを受け取った結果がこれである。
受け取り場所は近場の郵便局にしておいたので受け取りもスムーズだった。
ほったらかしにして解凍し、今に至るという訳だ。
「どれ」
タラバガニの足を根元からボキンと折り、ナガレは蟹の肉が露出した断面を歯を立てた。
肉ではなく、甲殻ごと口に含んでいた。
口が閉じられると、甲殻はスポンジケーキのように簡単に噛み千切られた。
そのまま咀嚼されて飲み込まれる。
「うん、イケる」
棘だらけの足だったというのに、彼には痛痒の欠片も無い。
歯と顎が頑丈過ぎ、口の中の粘膜も強靭過ぎるのだ。
「どれどれ」
杏子は手を伸ばし、ナガレが持っていた蟹の足を引っ手繰った。
そして彼が齧った部分に口を近付ける。こういったところでも、
彼とのつながりを持ちたいらしい。依存心の顕れである。
その手を、横からがしっと掴む者がいた。
「任せて」
諭すような口調を放ったのは、記憶喪失少女のかずみ。
見ていられない。そんな感情が彼女の赤い瞳に浮かんでいた。
十数分が経った。
廃教会の中央には白いテーブルクロスが敷かれた机が用意され、その上には大量かつ多種の料理が並んでいた。
蟹チャーハンに蟹玉、ピラフにクリームパスタに蟹入りのサラダなど。
素材の味を存分に生かした料理がずらっと並んでいた。
席に着いた面々の背後では、調理道具を用意しこの後の後片付けを担う事の報酬として、蟹の殻を貪り食っている牛の魔女がいた。
「「「いただきます」」」
食材と料理人に感謝を込めて、三人は手を合わせてそう言った。
そして言うが早いか、料理を貪り食い始めた。
呼吸をする間も惜しいと言わんばかりに、丁寧にされどガツガツと食べていく。
蟹肉特有の豊潤な旨味がかずみの調理によって飛躍的に向上し、口に含む度にえも言われぬ多幸感を捕食者達に与えていく。
「佐倉杏子、ちょっとごめんね」
席の並びはナガレ・かずみ・杏子である。
隣に座る杏子の顔を、かずみは一言言ってから白いナプキンで拭いた。
彼女の顔は、パスタから跳ねたクリームが付着し、どろっとした白さを纏わされていた。
一種の淫らさを触発させかねない外見となっていたが、これは彼女の意図が含まれたものではなかった。
ただあまりにも料理が美味すぎて、我を忘れて貪った事の結果だった。
顔を拭かれつつ、杏子はほんの極僅かとはいえ食べ物を無駄にしてしまった事、そしてこの子供じみた行為からの扱いに精神的な打ちのめされを感じていた。
実行者であるかずみはといえば、この行為に安堵感を覚えていた。
その理由は杏子から受ける目上の、というか自分を子ども扱いしての杏子の母親ムーブに感じる妙な居心地の悪さと少しの恐怖への対抗心。
自分が大人にならないと、とかずみは記憶喪失ながらに思っていた。
良い子にすぎる少女であった。
その様子を横目で眺め、「平和だな」と思いつつ彼はチャーハンを食べていた。
卵黄でコーティングされた黄金の白米に混じる、白と赤の蟹の身が実に美味い一品だった。
熱波が渦巻き、雷撃が降り注ぐ。
魔女結界の中は地獄と化していた。
地面には無数のクレーターが生じ、果てしない深さの底には灼熱の泥が溜まっている。
破壊を為した黒衣の少女は、背中の黒いマントを翼のように靡かせながら、
「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!アアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
声にならぬ叫びを上げ、手に持った黒十字の杖を振り回し熱線と雷撃を放ち続けていた。
それらを真っ向から斬り刻みながら、破壊者たるかずみに向かって真紅の暴風が奔っていた。
「かずみいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
破壊者の名を叫ぶ佐倉杏子。
肩や頬には、熱線や雷撃による重度の火傷が生じていた。
右眼も周囲の肉ごと蕩け、顔半分は桜色の皮膚となっていた。
胴体にも複数の黒点が穿たれ、よく見れば炭化した穴の奥には向こう側の光景が見えた。
首も半分ほど千切れかけ、断面からは血泡がシャボン玉のように付着している。
その状態でありながら、杏子の動きは衰えていなかった。
そして遂にかずみの前に立った。
横薙ぎの一閃が、かずみが放った熱線を消し飛ばし、稲妻の毒蛇の首を撥ね飛ばした。
「ざぐら…ぎょうこおおおおおお!!!!」
不格好な発音だったが、かずみは確かに名を呼んでいた。
そしてぎこちない動きで以て、杏子に向けて拳を放つ。
当たれば胴体が粉砕される。
拳に絡みつく猛風から、杏子はそれを悟った。
だが、彼女は恐れなかった。
「だから…甘いんだよ!!」
叫び、右手を放つ。
迫る右拳の側面に杏子は右の裏拳を放って軌道を逸らした。
拳が痺れ、肩が捥ぎれそうなほどに痛む。
だがその前に、杏子はかずみの懐に飛び込み、彼女の薄い胸に数十発の打撃を放っていた。
肉が抉れ、肋骨が破損し、かずみの身体が吹き飛ぶ。
だがそれを赦さず、杏子は左手でかずみの首をがしっと掴んだ。
そして手前に強く引いた。
「オラァ!!」
叫びと共に頭突きを放つ。額同士が激突。
受ける寸前、狂乱のかずみの眼には明らかな恐怖が浮かんでいた。
杏子の石頭がかずみの額を打ち抜き、彼女の額からは出血。
意識が飛び掛け、かずみの眼が虚ろになる。
「おい!!」
それを引き戻したのは、杏子の叫びだった。
再び首が引かれ、杏子の額と激突する。
「ただ闇雲に暴れてもなぁ……いいことなんざねぇんだよ!!」
その叫びはかずみに向けたものであったが、同時に杏子自身にも向けられていた。
狂乱は確かに一時の力のブーストにはなるが、持続力が無い。
暴走した巨大なドッペル、精神の中で彼と戦った自分の経験。
そして彼の記憶で垣間見たもの。
狂乱するかずみは、それらとダブついて見えた。
だからこそ、制御する必要があると感じられた。
自分の事であるように。
叫ぶ自分の背に、杏子は彼の視線を感じていた。
まだだ、と彼女は思念を送った。彼も了解を示した。
自分はまだ戦える。
選手交代はまだ先だ。
「力ってのは、使われるんじゃなくて使ってなんぼだからな」
血染めの顔で杏子は微笑む。
それを理解しているのか定かではないが、かずみも唸り声で返した。
そして、拳の交差が再開された。
かずみの放つそれは確かに荒々しさの塊であったが、僅かに洗練されていた。
杏子がそれに押され、手も足も砕けて血塗れとなるまでそれは続いた。
そして言葉の通りに、ナガレがその後任を引き継いだ。
彼の咆哮とかずみの絶叫が絡み合う音を聞きながら、杏子は意識を失った。