魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
『美味い』
ナガレはそう言った。
牙のような鋭い歯が、海苔で包まれた白米を齧る。
『味付けは塩だけ…だっつぅのに、この味は……美味い』
語彙力の無さを呪いつつ、ナガレは続けた。
皿に齧る。手に付いた塩気と粘り気すら惜しいのか、彼は指をぺろりと舐めた。
それからでさえも、美味の残滓が感じられた。
『えへへ…嬉しい』
応答するのはかずみである。
塩むすびを作った張本人。
彼女自身も、ほっぺたに米粒を付けつつ食事を楽しんでる。
「ホラ、落ち着いて食べろよ。あと水もちゃんと飲みな」
かずみの頬に付いた米粒を指先で取り、杏子は鞄から水筒を取り出した。
中に入っているのは熱いお茶である。
コップを兼ねた蓋に湯気を立てる茶をかずみへと差し出す。
「ありがと、佐倉杏子」
礼を言って、かずみはそれを受け取った。
はふはふと息を吹きかけて良い感じに冷やし、かずみはとくとくと飲み込んでいく。
『…ねぇ、ナガレ』
『なんだ?』
思念で意思を交わすかずみとナガレ。
理由は察していたが、一応尋ねた。
何事も決めつけは良くないと、彼は思っていた。
『佐倉杏子、良い人とは思うんだけどちょっと怖い。なんで私の母親ムーブしてるの…』
『…辛いか?』
『ううん…だから、頑張る』
振り向くと、視線の先には廃墟に腰掛けたかずみと杏子の姿。
彼の左眼は今は無く、キリカの眼帯でそこを覆っている。
残った右眼で、彼はそれを見ていた。
かずみの頬に付いた米の粘り気を取る為か、濡れタオルで彼女の顔を磨くように擦る杏子の姿が見えた。
苦笑いをしながら、かずみはされるがままの存在と化していた。
なんとなくだが、飼い主に抱っこされて嫌がる猫のようなイメージが彼の脳裏を過った。
その様子に、彼は多少なりとも自分の姿を重ねたのかもしれない。
『偉いぞ。良い子だ』
生意気な口調と言い方。彼は今の言葉をそう思った。
対するかずみは、ゴロゴロと喉を鳴らした音の思念で応えた。
褒められるのは、正確には彼に褒められるのが嬉しいようだ。
このあたりは、自分の名前を取り戻す切っ掛けを与えてくれた事。
ともすれば彼に父性のようなものを感じているからだろうか。
その感覚は彼にも伝わっており、彼はそれを悪くないと感じていた。
「ホラよ。お前も食いな」
「ありがとう、ナガレ」
そう思いつつ、彼は砕けたコンクリに腰掛けながら傍らの存在に半分に千切った塩むすびを渡した。
右手の上に乗せられたそれを、そいつは勢い良く食んでいた。
「食欲は旺盛だな」
「栄養の摂取は大事だからね」
「ま、そうだな」
言葉を発するのは、人間ではなく白い獣。
猫にも似ていて可愛いものの、独特の異形なフォルムをしている。
キュゥべぇと呼ばれる存在だった。
首には誰かの所有物である事が示されている赤い首輪が嵌められている。
「にしてもなぁ…白丸よぉ。お前も随分とエグい奴だな」
「申し訳ないけれど、僕達に罪悪感は皆無だ。感情が無いからね」
「それでも申し訳ないっていう社交辞令は言えるってか。メタルマンの博士かよ」
「その映画は知っているけど、僕でも理解に苦しむね」
「なら今度一緒に観ようぜ。てめぇが感情とかを学べるまで周回してやる」
「君は拷問吏の才能がありそうだね、ナガレ」
「てめぇがほざくなよ。インキュベーター野郎」
異形の獣相手に、聞いている方が正気を削られそうな謎会話を繰り広げるナガレであった。
キリカの眼帯のせいだ。
そのやり取りを見る杏子はそう思った。思うことにした。
その一方で、杏子は少し前にファミレスで、風見野自警団の残党と共に聞いたキュゥべぇ…インキュベーターの話を反芻していた。
エントロピー云々、宇宙の寿命どうたら、希望から絶望への相転移はなんたら、だとか。
『ふーん』
というのが、杏子の率直な感想だった。
スケールの大きな、自分ではどうにもならなそうな事象について、最近垣間見たせいもある。
ナガレの、彼の精神の中で見たもの。
あれらを見ていたから、精神的な衝撃が和らげられていた。
先程のナガレに抱いた現実逃避的な思い同様に、杏子はそう思う事で精神的な苦痛に耐えていた。
そんな話がされたのが、それまでの伏線も皆無で場所は夜のファミレスというのがどうにも締まらないが、事故と同じく出来事の開始には前触れが伴わない時も多い。
自分も家族を救いたいと思った事が、破滅を導くとは思っていなかった。
執着の対象と会話を続ける白い獣に、言いたいことが無い訳ではない。
だが無意味そうだなと彼女は思った。
本人曰く、感情が無いとのことでは無意味そうではなく無意味である。
それに今は母親ごっこをする方が大事と、杏子は行動に移していた。
かずみのかいた汗を拭うべく、服の中にハンカチで覆った手を這わせる。
虫歯が無いかと口を開けてチェックする。
戦闘の余波で怪我をしていないか身体をまさぐるetc。
それらを、かずみは黙って耐えていた。
顔を逸らし、恐怖を感じている事を杏子に伝えないように努める。
その様子を、杏子はかずみが照れてるのか、記憶喪失故に寂しいのかと捉えていた。
なのでそれらを埋めてやろうと、彼女はかずみへのスキンシップに励んでいた。
当然のように、かずみの恐怖、というか怖気は深くなっていった。
それでも抵抗しないのは、雨風凌げる住処を提供してもらっている恩義がある為だ。
実に健気な少女であった。
「おい、杏子」
「ん?」
かずみを背後から抱き締めながら、杏子は声の方向を見た。
四足を地面に着けた獣と、その首に繋がれた鎖を握るナガレの姿が見えた。
「ちょっと散歩行ってくる。かずみの事頼んだぜ」
そう言ってナガレは鎖を軽く引き、湿気が籠る森の中へと歩き出した。
なんとなく楽しそうなのは、動物が好きだからだろうか。
キュゥべぇも特に拒否せず付き合っている。
杏子がこの獣への抗議は無意味と思ったのと同じく、獣もまたナガレへの反抗は無意味と思っているのだろう。
かずみの長い黒髪を手に取り、その感触を楽しみながら、これからどうするかなと杏子は考えた。
彼が散歩に出た、という事で彼女も一つを思いついた。
今回の風見野郊外へ出向いてのお弁当持参のバトルのように、遠くに繰り出すのもいいなと。
かずみの記憶回復にも役立つかもしれない。
かずみの後頭部に鼻を添え、彼女の香りを嗅ぎながら考えた。
髪に纏われた甘い香りに、杏子は一つの考えを思いついた。
少し前にコンビニで読んだ雑誌か、路地裏に捨てられてた雑誌にでも載っていた、とある店の名物料理。
直径20センチほどの深底のバケツに、溢れんばかりに盛られたアイスにフルーツに生クリーム。
ある種の夢の集合体、その名も尊き「バケツパフェ」。
それを取り扱う店に行ってみたいなと、杏子は思った。
雑誌に載せられていた画像には、その作り手と思しき男の顔も載っていたが、杏子の認識はそこには無かった。
大事なのはその所在である。
すぐに思い出せた。
幸いにして、それは風見野から割と近い場所だった。
「あすなろ…か」
杏子はぼそりと呟いた。
その単語に、かずみは思わず身を震わせた。
自分に対して距離感が近すぎる杏子に対する警戒心からのものではなく、その言葉が自分の心に与えた不可思議な感触によって。
話を進めねば