魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
深夜零時。空に浮かぶのは満月と一面の星空。
日中に降った雨により、大気はじっとりと水気を孕み、夜風には冷気が宿っていた。
それが火照った身体を冷やす。
その感覚を、ナガレと杏子は楽しんでいた。
「うううううらああああああああああああああああ!!!」
「おおおらああああああああああああああああああ!!!」
鮮血を吐き出す傷に覆われた姿で、身を削る剣戟を交わしながら。
風見野の郊外、ほぼ隣の市に近い場所で、ナガレと杏子は命を重ね合っていた。
新しいものを創るのではなく、奪い合うという意味での。
真紅の十字槍を迎撃するのは、ナガレが両手に持った手斧であった。
この世界に来てから破壊と再生を幾度となく繰り返し、修繕材料として魔女の構成物や魔法少女の武具までも用いて作り上げた武器だった。
形状は両刃であり、刃は幅広く盾としての用途も可能。
『ゲッタードラゴン』。モチーフとしたのはその名を持つ機体の斧、ダブルトマホーク。
その機体は不吉な存在であり、彼にとっても本来の名前と重なる部分があるがそれはそれである。
魔法少女が自分の闇を背負っているのだから、というのも彼にこの形を選ばせたのかもしれない。
ただ単に、武器としての有用性を見出したからとも言えるが。
「厄介だな!!」
「お前らに鍛えられたからな!!」
絡み合う鋼の暴風。その中で両者は会話する。
新たに傷を作りながら、既に開いている傷口を更に深くさせながら、言葉を発する口から唾と血を吐きながら。
夜の、更に天井となり月と星の光を遮る森の中であったが、剣戟により火花は絶え間なく生じ、二人の姿はよく見えた。
戦闘開始から既に2時間。骨も内臓も大分痛めている頃合いだった。
今もまた新しい鮮血と肉片が宙を舞った。
「ぐっ…」
水平に振られた杏子の斬撃を、ナガレは間髪で身を屈めて回避。
一瞬の間も置かずに左手で身体を支え、蹴りを放っていた。
砲弾に等しい威力のそれは杏子の顎を綺麗に打ち抜き、その身体を宙に舞わせていた。
腹を上向きにして吹き飛ぶ杏子であったが、その状態で強引に姿勢を制御し斬撃を放った。
それは複数の金属塊を弾き、切り裂いた。
ナガレが放った、簡素な手投げナイフだった。それが電子の光を帯び、配線が絡められていると知った時、杏子は急いで外套に手を伸ばして身を覆った。
爆音、そして炸裂。
森の中が一瞬、白光で包まれた。
既に周囲に生物はおらず、木々にもダメージはない。
破壊の範囲を絞り、尚且つ威力だけが面ではなく点に作用するよう調整された結果だった。
地面に着地した杏子は、口から血の塊を吐き出した。
その身体には、白煙が纏われていた。
「容赦するな…っていう、あたしのリクエスト……守ってくれてありがとよ」
口から血を垂らしながら、杏子は微笑む。
その顔は、凄惨そのものの様相となっていた。
ナガレが放った、小型爆弾付きの手投げナイフは無数の破片となって杏子の全身に喰い込み、血で濡れた表皮とドレスを肉の柘榴に変えていた。
その猛威は顔にも及び、杏子の左頬は吹き飛び、口の中身も大きく抉っていた。
左目には大きな破片が突き刺さり、赤い瞳を縦に割っていた。
激痛と闘争心、そして怒り。
それらの裏側から湧き出す、充実感と更なる欲望。
自分が得たい地獄は彼の存在そのものであり、それは恋慕と同義であるとも自覚した。
それはキリカの影響、ではないと杏子は思っていた。
そもそも彼女の事など、この時杏子は全く考えていなかった。忘却していたとさえいえる。
また仮に今の彼女にキリカとの類似性を指摘しても、杏子の方が何処が似ているのかと首を傾げる事だろう。
そして今の彼女は、ただひたすらに彼の事が欲しかった。
あらゆる意味で。
「ナガレぇえええええええええええええええええええ!!!!!」
「行くぜ杏子ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
渇望の咆哮。迎撃の叫び。
何時もの二人だった。
そして同時に駆け出した。
互いの命を求め、奪う為に。
血の線を曳きながらの疾走、そして一瞬の交差。
刃の斬撃、切断音。
走り抜けた両者の距離は、10メートル。
その真ん中、交差した点に何かが落ちた。
それは両刃の斧を握った、ナガレの左腕だった。
杏子は振り返った。
口は耳まで裂けたように広がっている。
こちらに背を向けたナガレの姿が見えた。
左腕は肘の辺りで切断され、滝のように血が滴っている。
自分が彼に与えた戦果に、杏子は満足を感じた。但し、満足とは言いつつそれはまだ欠片。
本当に欲しいものは、まだ二本の足で立っている。噴き出す血が表すように、まだ鼓動が続いている。
だから、まだ……。
「奪ってやるよ。ナガレ」
槍を構えて身を低くし、杏子は突撃の構えを取った。
その時、ナガレは右手を振っていた。
手に握る斧から、血と脂を振り払う。
水を撒いたように、血と脂肪が湿度を含んだ草木に降り掛かる。
その瞬間、杏子の視界を深紅が覆った。
それは、彼女の胸から放たれていた。
絶叫が杏子の口から…放たれなかった。
喉から肉が裂け、胸を断ち割り臍の上まで朱線が続いた。
放とうとした叫びは形にならず、水気を孕んだ笛の音のように杏子の体の中から噴き出していた。
杏子との交差の際、彼が放った一撃の結果だった。
濁流のように、杏子の体内から鮮血が溢れ断ち割られた臓物が零れ落ちる。
それでも。
「ナァァァガレェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」
声にならない音で杏子は叫び、そして走った。
自分を求め、迫る死となって接近する杏子へと、彼は振り返って走った。
再びの交差。
今度は金属音が鳴り響いた。
三度目は無かった。
激突の数秒後、両者は互いにもたれ掛かる様にして倒れた。
そして互いが吐き出す血の海の上に横たわった。
「ハイ、どーぞっ」
眼を開くと、満面の夜空が見えた。
そして、その声を発したものの顔が見えた。
長い黒髪、前髪から飛び出たアホ毛。
赤く渦巻く瞳。
纏った服は、上がナガレの私服で下が自分のホットパンツの予備。
記憶喪失の少女、かずみがいた。
彼女は軽く身を屈め、水を掬うような形にした両手を杏子に差し出していた。
白魚のような指が並んだ手の上には、警笛を数十倍の大きさにしたような形の鮮やかな赤い肉が乗せられていた。
「あー……あんがとさん」
むくりと血の海から起き上がり、血染めの両手でそれを受け取る。
人体最大の臓器、肝臓だった。
杏子はそれを腹の傷口に強引に押し込んだ。
はみ出ている腸も一緒に格納する。
麻痺していた痛みが再来する前に、治癒魔法を全開発動。
傷口が塞がり血が増やされ、痛みが淡雪が溶けるように消えていく。
口の中に溜まっていた血をどうするか一瞬迷い、飲み込んだ。
あいつの血の方が喉越し良いな、と彼女は思った。
言うまでも無くナガレの血の事である。
立ち上がりながら背中の泥と血をぱっぱと払い、杏子はこきこきと首を鳴らした。
「はい、どーぞ!」
「おう。ありがとな」
視線の先では、かずみがナガレに切り飛ばされた腕を渡しているところだった。
ふむ。
と杏子は思った。
「平和だなぁ……」
皮肉でもなく、感じたままにそう言った。
欠伸を噛み殺しながらであったことも、それが彼女の本心である事を示していた。
順応性が高いに過ぎる