魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「…うわぁ」
呻くような声を出す佐倉杏子。
「すっげ…」
同じような、そして感嘆の言葉を呟くナガレ。
場所は廃教会。
外は曇天。
痛んだ屋根を叩くのは激しい雨音。
照明が無い為に薄暗い室内。
しかし、光を持たないものの、眩く輝くものが室内にあった。
「できたよー!」
年齢が一桁台の童女のような声で、かずみは快活に叫んだ。
その身に纏われているのは白いエプロン。
手に持たれているのは大きな皿。
かずみの背後には、廃墟も同然のこの場所には似つかわしくない最新式の調理台が横たわっている。
それが、硬質な輪郭を喪い、溶かした絵の具のように蕩けて吸い込まれていく。
調理台近くの壁に立て掛けられた、柄の長さが3メートルに達する斧槍へ。
ほんと、便利なもんだと彼は思った。
異常は更に存在した。
ナガレと杏子の前には、大きめのテーブルが置かれていた。
白いテーブルクロスが掛けられ、3つの椅子が接地されている。
その真ん中に、かずみは大皿を置いた。
湯気と共に、芳醇な香りが漂う。
苺の酸味と甘さ、そして米と胡椒の匂い。
「イチゴリゾットって言ったかな」
記憶を辿り、杏子は料理の名前を見つけて口にする。
どこで知ったのかは覚えていない。
ひもじい時期に、気を紛らわす為に捨てられてた料理雑誌でも読んだのだろうか。
「…すげぇ料理だな。作った奴は天才か?」
「えっへん!」
胸を張るかずみ。
胸の盛り上がりはかなり薄い。それでも杏子よりはありそうだった。
使う予定の無い部位ではあるが、杏子は少しだけムっとした。
ナニとは言わないが、挟んだりするのに使えればとは最近思ってきた。
あいつがそれをさせる気が無さそうなのが残念だが。
と、何を考えてるんだと思いを切り替える。
今は性欲ではなく、別の欲を満たしたかった。
「確かに、天才だな」
「ふふん!」
更に身体を仰け反らせるかずみ。
これが絵本か漫画であれば、かずみの可愛らしい鼻がデフォルメで伸びていそうである。
しかしながら、杏子は彼の評価に同意していた。
テーブルを埋め尽くすのは、様々な料理だった。
表面に優雅な模様を生クリームで描かれたビーフストロガノフ。
バジルが効かせられた、骨付きの子羊肉。
深皿に山盛りにされたペペロンチーノ。
小麦色の熱い肌でバターを溶かす焼きたてのパン。
鍋に満たされているのは、たっぷりとアサリを入れられたクラムチャウダー。
ミディアムレアに焼き上げられた牛ステーキ。
そして炊飯器には米が10合。
これらの料理を、かずみはたった一人であっという間に作り上げた。
全てが出来たての熱々であることからも、それが伺える。
『用意はしとくもんだな』
『なんであんなの魔女に入れてたのさ』
思念で会話するナガレと杏子。
あんなの、とはキッチン台の事である。
『隠れ家とか幾つか用意したけど、殺風景だったからな。ちょっと前に行った廃墟で綺麗なまま残ってたから拝借したんだよ』
『それ、理由として成り立つの?』
『温かい飯とか喰いたいだろ?』
『納得、しといてやるよ』
そう言って席に着いた。
他の二人も着席する。
「………」
杏子は無言で前を見た。
ナガレがいた。その隣にはかずみがいる。
「いただきます」
両手を合わせ、厳かとさえ言える口調でかずみは言った。
杏子とナガレもそれに合わせた。
座る位置に関して何かを言おうと思っていた杏子であるが、そういう空気ではなくなった事と大人げないという想いから口を噤んだ。
そしてこの口は、今は別の事に使う必要がある。
重ねられた皿の一つを使い、取分け用の大スプーンを用いて杏子はイチゴリゾットを取り分けた。
次いでかずみが同じ行為を行う。自分の分に加え、ナガレの分も用意する。
ありがとよ、と彼は言った。かずみはにまっとした屈託のない笑顔を返した。
自分の中の雌が反応するかと思ったが、あまりの朗らかさに杏子の感情は毒気を抜かれたようだった。
これがキリカや麻衣であれば、少なくともフォークを投擲して額に突き刺していただろう。
まぁそれはそれと、杏子はその光景を追い払う。
不愉快な奴らの額から弾ける赤い血と桃色の肉を想像するのは楽しいが、今は同じ色でもこちらの方が大事だった。
『……中々、勇気がいるな』
『……ああ』
ナガレの指摘に杏子も応じる。
凡そ、好き嫌いの無い杏子であるが、この食べ物は完全に未知だった。
成分的にはイチゴ大福が近いか?と二人は思った。
未知の食べ物を前にしたナガレを、かずみがじっと見ている。
顔をきょろきょろと動かし、ナガレの様子を伺っている。
残された時間は、あまりない。
今は期待だが、もう少し時間を掛ければかずみを悲しませることに繋がるだろうと彼は思った。
彼は迅速に動いた。
スプーンで白と桃色と赤の混合物を掬い、口に含む。
程よく炒められ、そして粘度を与えられた米を舌で転がして磨り潰して飲み込む。
その様子に、杏子は思わず唇を舌で舐めた。
彼の口内で動く舌を想像し、思わず疼いたのだろう。
どうにかしねぇとな、とは杏子も思っている。
食事する光景でさえ欲情しては、下着が何枚あっても足りない。
実際今、全裸であったかずみに新品の下着を半分貸している状態なのでかなり足りていないのだった。
「…美味い」
そんな杏子を放置し(彼自身も杏子のそんな視線に気付いてはいたが、気付いていないフリをしていた)、彼は感想を呟いた。
そしてもう一掬いし口に含む。
酸味と甘み、そして塩気がバランスよく、それでいてそれぞれの味を声高に主張している。
未知の味がそこにはあった。手は止まらなくなった。
あっという間に、取分けた分が食べ尽くされた。
はぁ、と一息つくと、かずみも杏子も食べるのに夢中になっていた。
リゾットだけではなく、スープに肉にと、可愛らしい猛獣たちの手で次々に喰われていく。
やっべぇと彼は思い、このバトルに参戦する事とした。
30分後。
全ての料理が食べ尽くされ、空皿が机の上に重ねられていた。
皿に付いたソースの残りさえも喰い尽くし、3人は満ち足りた様子で椅子に座っていた。
平和だった。
この連中、仲が良くなったとはいえナガレと杏子の間の出来事としては信じられない程に。
「ねー、おとしゃん」
「ん?」
そんなナガレにかずみが尋ねた。
「ほんとに、このあだ名使ってていいの?」
杏子は思わず首をがくんと揺らした。
記憶喪失の少女に呟いた名前。それを機に自我を芽生えさせ、名前を思い出した少女。
それは第二の生であり、その切っ掛けを与えた彼はある意味彼女の父。
彼を父親と認識する刷り込み。
そんな、物語でありそうな状況を根底から覆すかずみの発言だった。
「ちょっとハズいな」
「んー、じゃあ基本はナガレでいくね。よろしく、おとしゃん」
「お前、中々面白い事言うな。小説家とか絵本作者とか向いてるんじゃねえのか?」
「小説……うーん、何か思い出せそうな…………まぁいいや。ナガレは好きな本とかあるの?」
「『まごころを、君に』って映画のフィルムブックかな」
「へぇ!それ、美味しそうな食べ物とか載ってたりするの!?」
「あー…悪ぃ。そういう本じゃねぇんだわ。よかったら忘れて貰ってもいいか?」
「あの映画観ると、ウナギが食べたくなるんだよね!あ!ちょっと何かを思い出せたかも!」
「そいつぁ良かった。ま、焦らずこの調子で思い出していけばいいだろうよ」
早速繰り広げられる、キッズ二名による電波じみた会話。消化の為に胃袋に血が行ってるとは言え、杏子はぼんやりとした気分になっていた。
平和、という言葉の本当の意味を、彼女は久々に思い出していた。
みんな旧劇好きすぎ