魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第20話 黒の少女

「警察だな」

 

「ああ。あたしらの出番じゃねえ。こういうのは公僕さんらの仕事だね」

 

 

 思念で会話する二人。

 まともな判断に過ぎていた。

 風見野の路地裏、建物同士の隙間に設けられた簡素な段ボールハウス。

 その中にいるのは、長い黒髪の全裸の少女。

 長い髪をマフラーのように、或いは獲物に絡む大蛇のように身に纏わせ、小柄な体躯を更に縮める体育座りをして二人をじっと見ている。

 血か炎のように紅く、そしてその色が渦を巻いた瞳だった。

 

 

「似てるね。あんたに」

 

「お前にもな」

 

 

 思念で短く会話し、ナガレは少女に歩み寄った。

 少女はジッとしたまま、迫る少年の姿を見ていた。

 対するナガレは極力裸体を見ないようにしながら、羽織ったジャケットを脱ぐや、それで少女の背を覆った。

 自分よりも小さな体躯故に、少なくとも尻までは隠せるはずだと彼は踏んだ。

 

 

「寒いな」

 

 

 と彼は少女に言った。

 少女は頷きもせず、ただ彼の顔を見ていた。

 仮面のような無表情だが、冷たい感じはしなかった。

 むしろ無垢な子供のような、実際のところ年齢的には13、4と言った程度だろうが、それよりも幼い童女のような雰囲気があった。 

 例えるなら、保護者の行う家事や仕事の意味が分からずに呆けている幼子というような。

 

 その様子に杏子は小さく口笛を吹いた。

 

 

「何だよ?」

 

 

 と思念で彼は尋ねる。揶揄うな、とでも言いたいのだろう。

 

 

「いや、似合ってるなと思ってさ」

 

「何が」

 

「父親っぽいよ、今のあんた」

 

 

 思念を唸り声にして、それを彼は杏子に返した。

 杏子は笑い声で返した。

 揶揄している感じはない。ただ妙におかしくて笑っていた。

 ならいいか、と彼もそれ以上の反応をやめた。

 少女の濡れた顔と髪を丁寧に拭く彼の様子に、杏子は「へぇ」と感じた。

 

 性に関する部分には触れていないが、彼の今の行動はセクハラとも捉えかねられない。

 しかしそれを自覚しつつも無視し、やるべき事として行動できるところにこいつはこういう奴なんだなと杏子は思っていた。

 感心すべき事なのかどうか判断はつかないが、彼という存在の一端を今日も垣間見えられた気がした。

 

 さぁて、どうすっかな。

 二人はそう思った。

 その時に、二人の感覚に怖気が走った。

 雨の冷気ではなく、本能に触れるような危機感と生理的な嫌悪感。

 退避する間もなく、二人は異界へと吞まれていた。

 

 極彩色の空間が周囲に広がる。そして前方には一面の黒。

 黒の淵には鋭角の列。

 それが閉じられた。牙同士が激突する音が鳴った。

 

 鮫と犬を合わせたような顔、円柱状ないしは超巨大な蛇のような胴体。末端には可愛らしい人形。

 魚でいう鰓の辺りから生えた、ひれ状の手か手のような鰭。

 肉として食むべきはずだった存在を、丸い眼が見上げていた。

 そして見られる方もまた、青黒い体色のその魔女に見覚えがあった。

 歯に付着した血を舐めながら、魔女はにやりと笑った。

 血の味が気に入ったのだろう。

 

 

「この前の奴だな。全滅できてねぇとは思ってたが、よりによって今出くわすたぁな」

 

 

 背から悪魔翼を生やし滞空するナガレ。 

 右手には斧槍を握り、左腕で黒髪の少女を抱いている。

 その左頬には深く長い切り傷が生じ、肉の断面から血を吐き出している。

 

 

「あたしらはとことん運がねぇってコトだろうさ。でもこいつにとっちゃ幸運だったかな」

 

 

 その傍ら、外套の裾を燃やして彼と並んで滞空する杏子の姿があった。

 手には既に真紅の十字槍が握られている。

 

 背後で風切り音が鳴った。

 振り向きざまに、二種の刃が振られた。

 十字の槍穂と大斧が旋回し、迫っていたものを横一文字に両断する。

 空中でずれて落下してくのは、これもまた青黒い姿の同型の魔女。

 

 二つになった死骸に、地上のものと更に湧いてきた二体が喰らい付き肉を貪る。

 大口ゆえに、二口程度んで殆どの肉が口内に収まる。

 食欲に狂った六つの眼が上空を見上げた。

 そこに獲物の姿は無かった。

 

 

「トロいんだよ!!」

 

 

 杏子の咆哮。

 上から下に流れた槍が魔女の顔面を縦断し断ち割る。

 そこに向かう二体の魔女。 

 立ち塞がるのは、魔翼を背負った黒髪の少年。

 

 

「悪いな、食事の邪魔してよ」

 

 

 獰悪な笑顔で斧槍を振り回し、一体の顔面を十字に刻む。

 残った一体が彼へと迫る。が、その動きが手前で強制停止させられていた。

 彼の翼の根元、背中から生えた尾状の鋼の鞭が魔女の喉を圧搾し、動きを止めていた。

 その力が更に強まり、喉が圧壊。

 眼球が飛び出し、口内に満ちた咀嚼された肉が十字の傷の断面から溢れた。

 充満する異形の血臭。

 そこを目指して、何処に隠れていたのか更に異形達が殺到する。

 

 その間を潜り抜け、或いは切り刻んで文字通りの血路を開いてナガレと杏子が戦場を駆ける。

 

 

「こいつら、何体いやがるんだ」

 

 

 少女を庇いながら斧槍を振い、殺戮した魔女が遺したグリーフシードを回収するナガレ。

 いったん飛翔し、上空で魔翼を広げる。

 

 

「さぁね。ぱっと見50体はくだらねぇか」

 

 

 呆れた口調で杏子は言う。

 よほど成長の早い魔女であるらしい。

 

 

「退却、してぇのはヤマヤマなんだけどな…」

 

 

 苦々しい口調でナガレが言う。

 

 

「どしたのさ。殺し足りねぇっての?なら心配すんな。あたしが最後まで付き合ってやるよ」

 

「ありがとよ。それなんだが、結界が開けねぇ。あいつらがこいつにちょっかい掛けてるみたいでな」

 

 

 斧槍を顎で指しながら彼は言った。

 

 

「敵の魔女さんらは学習してるってこったね」

 

 

 『敵の』『は』、という部分を杏子は強調した。

 斧の中央に開いた魔女の眼が、気まずそうに収縮した。

 

 

「ならやっぱり、殺し尽くして堂々と出ていくしかねぇってコトか」

 

 

 牙を見せて嗤う杏子。

 

 

「難しく考える必要、ねぇじゃんかよ」

 

「そうなるな」

 

 

 彼も似た表情となる。

 昂った感情の為か、頬から一筋の血が垂れた。

 

 

「…ん?」

 

 

 そこに向け、これまで沈黙を保っていた黒髪の少女が顔を近付けた。

 表情は変わらない。ぽけっとした童女のそれである。

 

 

「ちゅっ」

 

「え」

 

 

 黒髪少女はナガレの傷に口を付けた。

 唇をすぼめ、傷口に宛がう。

 杏子は思わず疑問の声を出した。

 何してんだこいつ、と少女の正気を疑っていたが、今の杏子も大概だろう。

 そしてそれに、杏子自身は気付かない。

 

 杏子の感情を他所に、少女は息を吸った。

 当然、管の役割を果たした唇によってナガレの血が啜られる。

 紅く柔らかい唇が彼の血で濡れた。

 にゅるっと伸びた桃色の舌が、それを綺麗に舐め取った。

 

 呆気にとられる彼、心がザワつく杏子。

 それを隙と感じたか、少女はナガレの手から抜け出た。

 当然ナガレは手を伸ばしたが、それは一瞬だけ少女の肌に触れてから滑り抜けた。

 その瞬間、彼の眉が跳ね上がった。

 地上15メートルの高さから、少女は軽やかに着地した。膝を曲げすらせず、ただ両脚が地面に着いていた。

 飢えに狂った魔女が蠢く地上へと。

 

 

「おい!」

 

 

 杏子は叫んだ。

 その叫びは、少女に対する心配と脅威を等配分に宿していた。

 この高さから受け身もせずに着地して、無事な人類は存在しない。

 例外は自分の相棒と、そして…。

 

 

「ったくよぉ!!」

 

 

 それでも杏子は自らも戦場へ立とうとした。

 移動しかけた彼女の右肩を、ナガレの左手が抑えた。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

 彼の静止の言葉。普段ならば有り得ない。

 だが彼から伝わる手の感触は、杏子の動きを止めるのに十分な情報を備えていた。

 

 彼の感触は、生肉の柔らかさと骨の肩さ。

 皮が消え失せ、手の中身が露出していた。

 その原因は考えるまでもない。

 杏子の白い肩を、彼の手から溢れる血が見る見るうちに赤く染めていく。

 

 対して地上。

 50に達する魔女に取り囲まれながら、少女は呆然と立ち尽くしていた。

 羽織っていたジャケットは地面に落ち、完全な裸体となっている。

 胸や尻は薄く、体毛の類も見られない。

 生まれたままの姿、という言葉がぴったりと合う姿をしていた。

 

 異形達の口からは唾液が滴り、鋭い歯を巨大な舌で舐めている。

 当然ながら、巨体故に少女の事など一口で喰えてしまう。

 そして彼女らに餌を分け合うという概念はない。

 

 むしろ自分以外の他の全ては餌。

 それが同類だろうが関係ない。

 人類も似たようなものである。

 

 それを体現するかのように、異形達は吠えた。

 耳を聾する大音声。

 だが、それを。

 

 

「が」

 

 

 口を開いた少女の一声が止めた。

 魔女たちの動きも停止する。

 彼女らを止めたのは、貪欲な食欲さえも上回る、底無しの恐怖だった。

 

 

「があああああああ!あああああああああ!あああああああ!ああああ!あああああああっ!」

 

 

 黒髪の少女が叫んだ。

 間隔を生じさせての叫びは、まるで赤子の産声のよう。

 叫びと共に、少女の裸体から光が生じた。

 それは、輝かんばかりの闇色の光だった。

 

 頭部に手足に腰にと、輝く闇が衣装として纏われる。

 同時に叫びが終わった。

 

 そこにいたのは、闇色の衣装を纏った少女。

 黒いマント、胸を僅かに覆う布、申し訳程度に腹を隠す白い布と極めて短い黒のスカート。

 腕を覆う布は、例外とでも言うように肘まで伸びている。

 頂点がくるりと回った三角帽子は、物語の魔女を思わせる造形だった。

 鍔広の帽子の下では、前髪の一部が帽子の頂点のように丸まっていた。

 

 そして少女は、帽子から覗く赤い眼で世界を見ていた。

 周囲を覆う異形を前に、少女は口を開いた。

 その端は耳近くまで伸びた。

 露出したのは鋭い八重歯。

 

 紅い眼は爛々と輝き、口元には捕食者の笑み。

 それは奇しくも、彼女を拾った二人とよく似た表情だった。

 

 

 

 

 



















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