魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

266 / 455
第18.5話 敗北者たちの平凡な日常

「…はっ!」

 

 

 蒲団をガバっと跳ね上げながら、朱音麻衣は目を覚ました。

 眼を擦って周囲を見て、状況を把握する。

 

 服装、普段の寝間着。桃色の可愛いパジャマ。

 

 場所、自室内。天井や床には愛する異性であり獲物である少年の顔写真が隙間なく貼られている。照明は落とされていて薄暗い。

 

 体調、問題なし。強いて言えば性欲を感じる。そういう歳なのだから当然と自己判断。

 

 結論。

 

 

「…嫌な夢だったな」

 

 

 蒲団を投げ出したまま、寝床に倒れ込む。

 愛用の枕と敷布団が彼女の背を出迎えた。

 思い返すと、ロクな事ではない、だけでは無かった。

 

 

「しかし……楽しかった」

 

 

 そう言った麻衣の顔は緩んでいた。

 異性との交流を重ねられたという満足感、そして彼と時間を共有したが為に疼いた欲望。

 獲物を狩りたいという戦闘狂の欲望が4、身を焦がして疼く性欲が6である。

 その欲望に麻衣は従う事とした。

 

 既にぬかるみ始めたその場所に手を伸ばす前に、麻衣は魔力を使った。

 鞘に入れられた日本刀状の刃が、天井に向けて伸ばしていた左手に握られる。

 その武器の様子は、少し奇妙だった。

 

 鞘にひびが入り、巻かれた糸はほつれていた。

 そして鞘だというのに、それは固まった血液により赤黒く汚れていた。

 

 それを剥がさないよう、麻衣は慎重に握った。

 そして柄に手を添え、ゆっくり、ゆっくりと引き抜いていった。

 刃が鞘から出るに連れ、麻衣の性欲は高まっていった。

 

 

「はふぅ……」

 

 

 普段は見せない、彼女を知る誰もが知らない蕩けに蕩けた表情で、麻衣は刃を引き抜いた。

 その瞬間、体内の肉襞は蠢き粘液を分泌させた。鞘を自身の器、刃を異性のそれとでも思ったのだろうか。

 彼女の雌は、雄を受け入れる準備が出来ていた。

 残念ながら、今回もそれは指の役目となるであろうが。

 

 

「…美しい」

 

 

 心から、麻衣はそう言った。

 乾ききって、赤黒い血に塗れた愛刀を。

 それを顔に近付け、刃に宿った香りを嗅いだ。

 

 鉄錆と潮の、濃厚な香りが鼻孔から脳へと抜ける。

 その瞬間、麻衣の身体は痙攣した。

 腰が浮き、魚のように跳ねる。

 数にして5回。

 敢えて何がとは言わないが、回数は5回だった。

 因みに彼女はナガレとデートに赴くにあたり、欲望が爆発しないようにと外出前に自室で欲望を発散させていた。

 その回数は二十数回に及んでいた。

 

 

「これが……愛か」

 

 

 麻衣の両眼からは涙が生じていた。

 両眼の許容量を直ぐに超えて溢れた。

 

 そして麻衣は顔を刃に近付けた。

 唇を尖らせ、赤黒い表面を接触させかける。

 

 

「おおっと、勿体ない勿体ない。我慢だ私、頑張れ私」

 

 

 寸前で離し、呪詛のように唱える。

 演技ではない。する理由も無い。

 麻衣は全身全霊で、ナガレと自分の血が付着した血刀を舐めることを止めていた。

 倫理感や衛生観念ではなく、今の状態を維持したいようだった。

 

 ナガレとの交戦の際に溢れた血と浴びた血を刃に溜め、そして彩った刀がこれである。

 匂いを嗅ぐたびに、彼との交戦の様子が鮮明に思い出される。

 

 斬り合った事、殴り合った事、馬乗りにされて顔をグチャグチャにされた事。

 どれもが掛け替えのない思い出だった。

 その思いを糧に、麻衣は右手をズボンと下着の中に滑り込ませた。

 指先が熱く濡れ、触れた突起は痛いくらいに固くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

 

 

 

 叫びが響いた。

 咄嗟に麻衣は指を引いた。指先の粘液が下腹部と臍を蛞蝓が這ったように濡らした。

 声の主は考えるまでも無かった。

 その美しい声を放つものに抱く嫌悪感は、魂に深く刻まれている。

 

 

「やったやった!今際の際に想いを告げられた!私の夢達成前の夢の一つが叶った!叶ったよ!」

 

 

 声の方向へと麻衣は視線を送った。

 見慣れた自室の壁の奥が透けて見えた。

 というよりも、境界線があいまいになり、色が蕩けて歪んでいる。

 まるで複数の絵の具を触れさせている境目のように。

 そこに、彼女はいた。

 

 呉キリカが。

 彼女の自室と思しき、大きめのベッドとちゃぶ台と、テレビとゲーム機が置いてある部屋に。

 ベッドの上でぴょんぴょんと、白シャツにピンクのミニスカ。そして左右非対称のソックスという出で立ちで。

 

 

「叶った!叶ったんだ!死ぬ前に愛を告げられた!これで私も悲劇のヒロインだ!」

 

 

 ああ、そうか。と麻衣は思った。

 

 

「ここは地獄か」

 

 

 それは確信の言葉だった。

 

 

「私は常々悩んでいた。この魔法少女と謂う立場に」

 

 

 動きを止め、天井を仰ぎ見ながらキリカは言う。

 天から技を授けられた芸術家が描いたかのような、美しい姿だった。

 それに関しては、麻衣も認めざるを得なかった。

 

 

「私は、私達は強い。強過ぎる。肉片になろうが挽肉になろうが平然と生きている。それはいいのだが……うむ…ちと不死身にすぎる」

 

 

 麻衣は思わず頷いた。確かに自分たちはタフすぎる。

 タフという言葉が自分達の為にあるかのように。

 

 

「だから……瀕死の私、糸の切れた人形のように倒れる私、苦しそうに喘ぐ私、抱きかかえられる私、その中で想いを告げる私…というシチュエーションに憧れていた」

 

 

 この前読んだ二次創作で、そんな尊い場面があったから。

 キリカはそう付け加えた。

 

 それを聞き、麻衣は無意識の内に涙を流していた。キリカが語った場面を、自分に当てはめて想像したのだった。

 確かに、悲劇とは乙女心をくすぐる要素であるのだろう。

 趣味嗜好は個人個人のものとして、そのジャンルは人類の黎明の時から存在したに違いない。

 

 

「たしかに、そう言った場面は無くはなかった。魔女化の寸前とか。でも、友人てば魔女のジェノサイドが趣味だからグリーフシード溜め込みすぎなんだよ!なんだよそれ!畜生!ファック!したい!!」

 

 

 それ言いたかっただけだろう、と麻衣は無言で突っ込んだ。

 こいつにしては面白いなとも思っていた。

 

 

「でも遂に!遂に今日それが叶った!これで友人の心に私を刻めた!無限に有限に!私は友人の中で生き続けてやる!ああもう嬉しすぎて後ろ足が跳ね上がってねじ曲がって刺さる!腰から子宮に刺さってお腹を貫通しちゃう!痛い!コワイ!」

 

 

 ここまで黙って聞いていて、麻衣はイラつきが溜まっていくのを感じた。

 そしてそれは、限界に達していた。 

 血刀を傍らに静かに置き、別の刃を召喚する。

 初めから鞘に入っていなかった。青白い刃が、薄暗い室内で冷え冷えとした輝きを放っていた。

 

 

「殺す」

 

 

 呟いたその言葉に、麻衣は疑問と罪悪感の一切を思い浮かべなかった。

 今の麻衣の感情は、無意識に反射的に蚊を潰した。とでも言うべき状態だった。

 為すべき事ではなく、為した事として麻衣はキリカの殺害を認識していた。

 

 ここが何だか分からないが、この不愉快な存在と一緒にいる事は嫌すぎた。

 例えば無人島か、脱出不可能な部屋に閉じ込められ、一人ではいつか必ず孤独に圧し潰されて狂うとしても、自分はキリカを殺すだろうな。

 麻衣はそう思った。

 

 その麻衣を、曖昧な輪郭の境界線の奥にいるキリカが見ていた。

 

 

「ねぇねぇ自慰行為中断させて悪いけどさぁそこの朱音麻衣!君はどうだった?君も友人に想いを告げられた?それとも死体を抱いてくれって言った?あ!もしかして「お腹に君の…」って意味深な伏線ぽい台詞を言ったりとか!?嗚呼!ずるい!それはずるいよ!あああああ!!!私もそれ言えばよかった!ああああああああああ!!!言えばよかった!言えばよかったよおおおおおおおおお!くっそおおう!やられたああああ!朱音麻衣に出し抜かれたああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 朱音麻衣は呆然としつつ、ベッドの上で跳ねて暴れる呉キリカを見てこう思った。

 

 

「地獄だ、ここは。間違いない」

 

 

 麻衣の顔には氷のような冷気と、仮面のような虚無が。

 そして、食肉加工の機械のような残忍で冷徹な殺意が宿っていた。
















元気過ぎる

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。