魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「トッコ・デル・マーレ」
双樹はそう呟き魔法を放った。
傍らを通り過ぎたそれに、灰と黒の彫像と化したナガレが反応した。
死の寸前からの修復中のまどろみの中、言いようのない気配を感じたのだった。
魔法が通り過ぎた直後、今度は別の気配を感じた。
それは魔法とは逆方向へ、つまりは魔法が放たれた根源へと向かって行った。
気配は三つ。それは脈動する魂の波長だった。
瞼が開いた。内側の眼球は奇跡的に無事だった。
その眼が見たのは、三つの宝石を手中に収めた双樹の姿。
黒紫色のダイヤ型、紅い玉、そして爬虫類の瞳孔のような縦長の真紅。
それらが双樹の手の中で、同色の卵型へと変じた。
ソウルジェム。
魔法少女達の魂。
「友人」
背後で小さく、呉キリカの声がした。
「愛してる」
その声が聞こえたとほぼ同時に、何かが倒れる音がした。キリカのいる場所で。
少し遅れて、麻衣も倒れた。何も言わなかった。
言えなかったのだろう。
「ああ、やはり……なんと美しい輝き」
「ほんと。性格は屑ばかりだってのに」
「生命の輝きだけは、実に美しい」
融合体とあやせとルカ。
三人で一つの身体を持つ人格は、奪った宝石を赤い舌で舐め上げた。
唾液をたっぷりとまぶし、心から慈しむ表情で愛でる。
「では、一つになりましょう」
それを三つ纏めて口に含んだ。
一個ずつ丁寧に飲み込み、体内へ送る。
喉を通ったそれらは、胃へは行かずに途中で転送された。
既にぎっちりと宝石を詰めた子宮の中に、三つの宝石が宿される。
内側から肉を圧迫するその感触を、双樹はとても愛おしいと感じた。
下腹部を撫で、慈母のような笑顔を浮かべる。
「たっぷり愛してあげます。だから安心して「テメぇええええええええ!!!!」」
咆哮。双樹は目を丸くし、その発生源を見た。
それは、佐倉杏子の口から放たれていた。
有り得ない、という動揺が双樹の脳裏を掠める。
次の瞬間には、杏子は双樹の前にいた。
十字槍を振りかぶり、眼には殺意を湛えている。
胸にあった宝石は無く、ドレスの胸に開いた穴からは彼女の肌の色が見えた。
槍が振られた。双樹は剣で迎撃した。
「軽い」
右手一本で槍が受け切られ、双樹が接近する。
刃の柄頭が杏子の下腹部に突き込まれる。
肉の袋が抉られ、杏子は口から胃液を吐き出した。
「ぐぇえっ…!」
苦鳴を上げる杏子に、双樹は更に追撃の蹴りを放った。
杏子の顎が撃ち抜かれ、更に反転した蹴りが杏子の胸を激しく踏む。
そしてそのまま、時計台から落下した。
背中から地面に激突した杏子を、双樹は更に力強く踏みしだいた。
「がぁっ!」
肋骨が踏み折られ、胃と肺に突き刺さる。
口からは悲鳴と鮮血が吐き出された。
「…貴様、何者だ?」
武人口調でアヤルカが問う。
戦闘力の低下は理解できる。肉体を治癒したとはいえ、自分たちが放った合体魔法は特別製であり魔法少女に甚大な損傷を与える。
彼女の関心は、
「佐倉杏子、貴様は何故動ける?」
この点にあった。
杏子はそれが理解できなかった。
杏子が見上げた先にあるのは、夜空を背後に自分を見降ろす双樹の顔。
心底からの理解不能さと嫌悪感があった。まるで腐肉に湧いた蛆虫でも見るような眼をしていた。
その背後に、夜の闇を切り裂く黒い影が見えた。
長大な斧槍を振り翳した少年の姿。
振り下ろされた斬撃を、間髪で回避した双樹。
しかし、それは完全ではなかった。
破壊による熱気と夜の冷気が交わる大気の中に、鮮血を噴き上げて飛ぶ二つの物体があった。
肘の辺りで断たれた、双樹の両腕だった。
双樹の破壊魔法を受け止め、全身を炭化させたナガレ。
彼は身を治癒させつつ飛翔し斬撃を見舞っていた。
炭化した皮膚と肉が剥がれ落ち、その下から新しい肉が覗く。
衣服も同様に再生されている。
体表に纏われるのは二種の魔力。
キリカと麻衣が倒れる寸前、彼に送ったものだった。
「ヤンデレに愛されているようですね」
自らの両腕の欠損も意に介さず、双樹は微笑む。
両腕からの出血は既に停止している。肉の断面は凍り付き、または熱で焙られて炭化している。
止血したのは外見的な問題だろうが、より凄惨さが増していた。
構わずにナガレは前進。
逃げる双樹へと突撃し、斧槍を槍として見舞う。
裂帛の突きが放たれた。一瞬の後に、双樹の頭は貫かれて弾ける筈だった。
接触の寸前、ナガレは胸に熱を感じた。
双樹のいる方向から彼の胸に接触し、背から抜けていた。
左肺と肉を貫き、彼の胸に大穴が空いていた。
放ったのは双樹では無かった。
双樹の魔法によって破壊された遊園地の廃墟の中、小柄な影が立っていた。
瀕死からの強引な治癒、からの再度の重傷。
視界は乱れに乱れ、微細なシルエットを捉えるに留まっていた。
杖らしいものを構えたのは、黒い帽子を被り全身を黒いローブで纏った姿。
その杖の先端には赤い光が付着していた。
放たれた熱線の残滓だろう。
「借り物の出来損ないも、役に立つものだね」
あやせが笑う。そして開いた口を更に広げた。
「その輝きも、私が頂くぞ!!」
叫び、口を開いてナガレへと向かう。
「ぐがあああああああああああああああああ!!!」
ナガレも吠えた。
吠えた形のままに、彼も牙を剥き出しにする。
空洞化した胸から灰と鮮血を垂らしながら、彼は地面を蹴った。
そして両者が交差する。
鮮血が散った。
「たしかに、いただきました」
血染めの顔で双樹が笑う。
その口には、黒い瞳を宿す眼球が咥えられていた。
それが、口内からの血で濡れた。
双樹の喉は、首筋の数センチを残して齧り取られていた。
口にナガレの眼球を咥えた双樹に対し、ナガレは口内にある双樹の肉を吐き出した。
「あら残念。私はあなたとなら一つになってもいいというのに」
鮮血をダラダラと垂らしながら、更に彼の眼球を咥えながらに器用に双樹は喋る。
喉の肉の欠損により、声には笛を吹くような音が付着していた。
「まぁ、今日は此処で退きましょう。ではまたその内」
言い終える前に、ナガレは斬撃を見舞っていた。
その上を悠然と飛翔し、双樹は夜の闇へと消えた。
彼の胸に大穴を穿ったもう一人の存在も消えていた。
後には、傷付いたナガレと動きを止めた二人の魔法少女。
そして。
「…こいつら、眼を覚まさねぇな」
力なく、胸から宝石を喪った杏子が言った。
「軟弱な奴らだ」
吐き捨てる皮肉にも力が無い。
彼女の左手は胸に添えられていた。
双樹に叩き割られた肋骨が痛むのではない。
喪失の感覚に耐えきれず、宝石の場所の肉を掴んでいた。
当然ながら、喪失感が埋まる筈も無かった。
むしろ肌に触れることで、その感覚が強まるだけだった。
ナガレは膝を着き、魔女に治癒魔法を行使させた。
死の寸前から、再び引き戻される。
彼は奥歯を噛み締めた。加わる力に耐えきれず、何本もの歯が口内で砕けた。
双樹と彼らの戦闘は、実質的に後者の完全な敗北で幕を閉じた。