魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
鼻先を掠める鉄の香りで佐倉杏子は目を覚ました。
背中には冷気を、周囲に満ちる大気からは熱を感じる。
開いた眼が見たのは一面の夜空。
そこに向けて、視界の隅からは無数の赤い粉が立ち昇っていた。
身体を動かそうとするが上手くいかない。
四肢は揃っているが、関節が僅かに動くのみ。
腹の中には熱そのものと言った感覚が宿っている。
開いた口はどろっとした血を吐き出した。
粘度と黒味が増し、舌に絡む血は火傷するほどに熱かった。
高熱が体内を蹂躙し、機能を破壊している事が分かった。
この経験は、少し前にリナから受けた極大な雷撃と似ていた。
しかしそれよりもはるかに強力で、痛みは数段上だった。
無理矢理首を動かして周囲を確認する。
視認した光景に、杏子は絶句した。
周囲に林立していた、遊園地の遊具や施設が消え失せていた。
地面のタイルまでもが剥がされ、溶解した土やアスファルトが高熱により抉られて断面をガラス化させた地面に向かって流れていくのが見えた。
闇のように色濃い黒煙が濛々と立ち昇り、破壊の範囲は果てしなく続いている。
自分とナガレがいる、半径十メートルほどの楕円形状の部分だけが無事だった。
周囲を確認する中、同じように倒れているキリカと麻衣の姿も認めたが、それは杏子の関心事にはならなかった。
そして無事な部分は正面にも存在していた。
この大破壊を成した光を放った者の、その周囲である。
交差させた剣を前に突き出したまま、赤と白のミドルカラーとなった双樹。あやせとルカの融合体であるアヤルカは動きを止めていた。
それに対峙するナガレも、地面の斧槍を突き刺したままに動かない。
立ち尽くす彼からは、芳醇なまでの焦げた香りがした。
見ている間に、ドサリと音を立てて何かが落下した。
それは、彼の右腕だった。
断面から血色の粘液を垂らし、指は全て欠損している。
自重に耐えきれず、半ばから折れたのだった。
その光景に、杏子は思い出した。
双樹が放った閃光を前に、三人の魔法少女を飛び越えて飛来した彼が、斧槍を地面に突き立てた瞬間を。
そして斧槍が突き刺さった部分から、紅い障壁が発生し周囲を包み込んだのを。
閃光と障壁の交差は、どのくらい続いたのか分からなかった。
だが彼は耐え切り、魔法少女の生存を守り抜いていた。
その身を炭に変えた代償として。
「テメェ……!」
血臭い息を吐きながら杏子が声を絞り出す。
声の矛先は言うまでも無く双樹である。
声を出す中、杏子はナガレの体内で鳴る心音を聞いていた。
かすかだが、彼はこの状態でも生きていた。
彼の生命の音を聞きながら、杏子は双樹を睨む。
百数十メートルほど先だろうか。
熱線により抉られた地面の先にある時計台の上に双樹は立っていた。
しかし、その表情は一切の感情を浮かばせていない虚無だった。
美しい唇の隅からは、唾液が垂れて顎を濡らしている。
「あ」
声が零れた。感情の無い声だった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
声が連なる。狂った機械のようでもあり、また正しい動作を続ける精密機械のようでもあった。
言い終えた時、瞬きも無く虚ろに開かれている眼が二度三度と瞬いた。
「修復完了。よくもあやせの心を壊してくれましたね」
「よくもルカを酷い目に遭わせたな」
同じ顔で、別の別の意識が同一の殺意を四人へと向けた。
杏子には意味が分からなかった。
そこに、ハスキーボイスの笑い声が入り込んだ。
「そうか。お前ら、やっぱりそういう関係か」
むくりと起き上がり、呉キリカは言った。
「心が壊れる度に、互いの記憶だか妄想だかで互いに壊れた部分を穴埋めして、相方の人格を再構成してたのか」
戦慄の言葉をキリカは事も無げに言った。
あやせとルカもそれを否定しなかった。
嫌悪感が杏子の背中を貫いた。
「…成程。この威力、流石に代償無しではなかったか」
麻衣も意識を取り戻し、誰と無しに呟く。
戦力の分析を行う処が、いかにもこの少女らしい。
「狂ってるな」
杏子も呟いた。
それは異常に過ぎる双樹に対してか、それを即座に把握して指摘したキリカか、または麻衣に対してか。
恐らくは全てに対してだろう。
この場で正気なのは、杏子の感覚では自分とナガレだけである。
「となるとお前達の本当の人格ってどうなってるんだろうね。今回壊れたのは通常形態担当のあやせだろうが、治されたって事は再構築と同義だからさっきまでのあやせと今のあやせは別物って訳だ。いいのか?それでも」
キリカの言葉は労りのものではなく、相手の心を刻んで穢す毒の刃の言葉であった。
今までノーリアクションを貫いていた双樹は首を傾げた。
表情には困惑。
「…それの何が、問題なのかな?いやほんと、意味不明なんだけど。相変わらず気持ち悪いね、呉キリカは」
双樹は嫌悪と理解不能さ、そして自分達に毒の言葉を吐くキリカへの義憤の表情を浮かべていた。
「あの…イカれてるって言ってるんだけど、言葉通じる?どぅゆうすぴーくじゃぱにーず?」
「イカれてるのはあなたでしょうに。変わりたい、今の自分を変えたいなどと簡単な事に一度きりの願いを使った愚か者」
「…あ?」
キリカが反応した。言葉に籠った感情は怒り。
彼女にしては珍しかった。
「美国織莉子の考えも底が知れている」
固有名詞を述べる双樹。
麻衣も杏子も初めて聞く名前だった。
ただ、名字だけは何処かで聞いた気がした。
その名前を出された時、キリカの顔から表情が消えた。
「そして朱音麻衣は先程も言いましたが、願い事が破滅的に過ぎる。なんですか、強い相手と戦いたいなんて。私達のように命を育む心を養むべきですね」
そう言って双樹は腹を愛おし気に撫でた。
皮と肉を隔てた袋の中には、ぎっちりと魂の宝石が詰め込まれ、分泌される粘液と熱で揉み解されている。
それを双樹は『育む』と言ってるのであった。
理解不能、そして理解してはいけない感情だった。
「強い奴と戦うってことは、傷つけるし傷付く。それを望んでるなんて、あなた狂いすぎ。サドマゾな特殊性癖なんてキモチワルイ。吐きそう、ゲロゲロ」
自分の事を棚に上げるという感覚は双樹には無い。
理解しつつ、皮肉っている訳でもない全く何の良心の呵責も疑問も無く、双樹は言葉を発している。
怒りと嫌悪感に身を苛まれる麻衣を他所に、双樹は次の標的を見た。
「それにしても貴様は完全に理解不能だ。家族を救おうとした?父親の話を聞いてほしかった?それで世の中の人を救いたい?」
青い瞳が断罪者の視線を帯びて杏子を見る。
「なんという傲慢。なんたる世界への侮辱。貴様のした事は世の摂理を捻じ曲げて世界を混乱させただけ。誰か救えたか?幸せになれた者が一人でもいるのか?どうだ?言ってみろ佐倉杏子!!」
武人の口調で、正義と義憤に満ちた言葉を告げていく。
「言えないだろうね。それは真の邪悪って事の照明だよ。でももしかして、それが本当の目的だったりして?」
そうか!と双樹は叫んだ。
「成程。愚かな父と無力な母、邪魔な妹を抹殺し家族という枷を外す」
成程、と双樹はルカの口調で繰り返す。
「そして自由を手に入れる。その過程で破滅を眺めて楽しめる。なるほど見事な手並みだな。私はその手腕に敬意を評すぞ」
私の誇りに反するな、謝罪しよう。とアヤルカは加えた。
そこで限界が来た。
杏子だけではなく、全員の。
無言で治癒魔法を全開発動させて得物を抜刀。
その表情は怒りと虚無に別れていた。
怒りは杏子、麻衣とキリカは虚無だった。
だが怒りが頂点に達している事は変わらない。
「ああ…綺麗」
迫る死を前に、陶然とした顔を浮かべる双樹。
双樹は襲撃者たちの顔を見ていなかった。得物すらも見ていない。
視認ないし、気配として感じ取っているのは彼女らの魂の宝石の色と形である。
そして双樹の右手が掲げられた。
「では、頂くとしましょうか」
鈴の成る様な声と共に、指を鳴らす音が鳴った。
パチンという音と共に、双樹から魔力が発せられた。
「トッコ・デル・マーレ」
その魔法を、双樹はその名前で呼んだ。