魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第17話 双樹②

 冷たい夜風を切り裂き、斬撃が交差する。

 刃同士の激突で生じる熱と火花が、冷気と闇を駆逐する。

 金属音が鳴り響き、轟音が鳴り渡る。

 

 前者は剣戟の音だが、後者は落下音だった。

 落下によりひしゃげた錆だらけの車輪型金属のフレームは、かつては恋人や友人、家族らの交流の場となっていた筈である。

 地上30メートルの高さから、それらは落下していた。

 落下物はゴンドラであり、戦場は観覧車であった。

 

 

「はは…」

 

 

 その根元で、乾いた笑いが生じた。

 乾いてはいたが、その口元は粘液と血液で濡れていた。

 

 

「平和なデートの…筈だったんだがな」

 

 

 血塗れとなった姿で、朱音麻衣は言葉を零す。

 魔法少女服の至る所が破れ、右の乳房が露出していた。

 深く長い傷を与えられた首筋から溢れた鮮血が、白い肌で覆われた胸をコーティングしている。

 

 

「いや、しかし…」

 

 

 血色の眼で、上空の剣戟を見つめる麻衣。

 月光を切り取る様に、二つの影が交差している。

 一つは白いドレスを纏った少女。

 

 それと相対するのは、闇の中でも色濃い黒髪の少年。

 彼が振るう蒼黒の輝きを放つ巨大な斧槍が、白い少女の剣とかち合い剣風を撒き散らし、足場であるゴンドラや鉄柱を切り刻む。

 その度に両者は跳躍し、新たな足場や空中にて剣戟を交わす。

 踊る様に舞う少女に、少年は禍々しい黒風のように追い縋りながら刃を交差させていた。

 

 

「…美しい。美しいぞ…君は」

 

 

 朱く濡れた声音で、麻衣はそう言った。

 

 

 

 

 

「地上からの熱い視線、モテる男って辛いよね」

 

 

 斬撃の奥で嘲る声。

 横薙ぎの一閃が、双樹の繰り出す刃を弾き切っ先をあらぬ方向に向けさせる。 

 そうしてがら空きになった胴体へと、ナガレは前蹴りを叩き込んだ。

 

 人間ならば即死、魔女ですら肉を抉る一撃。

 下腹部よりは上で、胸よりは下。ちょうど人体の真ん中あたりの位置に蹴りが直撃した。

 衝撃により、大きく後方へと下がる双樹。

 

 空中にて、刃の切っ先がナガレへと向いた。

 

 

「アヴィーソ・デルスティオーネ」

 

 

 舌を噛みそうだなとナガレは思った。

 直後に彼の顔を炎の光が照らす。

 再び横薙ぎの一閃。

 三つの炎塊が薙ぎ払われ、無害な熱と光と化して散る。

 

 

「うーん…」

 

 

 その様子に驚くでもなく、双樹は首を傾げていた。

 姿だけを見れば、その様は実に美しい。

 

 

「あなた、二次創作のオリキャラみたいだね。世界観に合ってないよ」

 

「だろうな」

 

 

 同意しつつ、ナガレはゴンドラを蹴った。

 体重200kgと外見に反して重量級の彼であるが、ゴンドラは小動もしなかった。

 

 

「スキくないよ。世界観を乱すとか壊すとか、そういうの」

 

 

 彼が宙に浮いた瞬間、先程まで彼がいた足場に高速で放たれた炎が衝突。

 錆びていたとはいえ鉄の塊が一瞬で溶解し、飴の様に迸る。

 

 その上をナガレが飛翔し、斧槍を頭上高く掲げる。

 

 

「でもその輝きはちょっとスキかも」

 

 

 双樹の目の前に着地した瞬間、斧槍は振り下ろされた。

 彼女の頭頂から顎先までを斧の刃が這う。

 

 

「ごめん訂正。ちょっとじゃないね。すごくすき」

 

 

 うっとりとした表情でナガレを見詰める双樹。

 彼女の視線は、ある一点に釘付けになっていた。

 

 

「そのすっごく綺麗で禍々しい、黒い瞳」

 

 

 掲げられた斧も、彼の顔も、身体も、双樹は見ていなかった。

 ただ、彼の眼を見ていた。

 

 

「アヴィーソ・デルスティオーネ・セコンダ・スタジオーネ」

 

 

 呟いた瞬間に双樹の周囲で複数の真紅が生じた。

 ナガレは再び宙に舞った。

 バク転の要領で後方に跳躍し、宙で身を捩る。

 その傍らを複数の炎が掠めた。

 

 身を捻る最中に、彼は翼のように斧槍を振った。

 複数の炎が掻き消され、または切り裂かれて後方へと消えていく。

 彼の背後で炸裂が生じた。

 炎は観覧車全体へと拡がり、夢の残骸を燃え行く金属の骸へと変えた。

 

 闇がわだかまる地面へと彼は落ち、そして無音で着地した。

 その背後で、巨大な構造物が崩れ落ちていく。

 焼け焦げる鉄の匂いを背後に彼は立ち、前を見る。

 

 零れ落ちる花弁のように、ふわりと優雅に着地する双樹の姿が見えた。

 その表情は甘く蕩け、熱い吐息を吐いていた。

 

 

「いい…良いねぇ……そのおめめ」

 

 

 欲情してやがるなと彼は思った。

 鉄の溶ける臭気に混じり、雌の匂いが彼の元へ届いた。

 またかよ、と彼が思ったかどうか。

 しかしながら、眼球に欲情されたのは初めての経験であったが。

 

 そして彼の関心は、双樹の趣味とは別の部分にあった。

 

 

「バリアかよ」

 

 

 忌々し気に彼は呟く。

 彼は剣戟により幾つかの手傷を負い、炎が掠めて火傷を生じさせていたが、双樹は全くの無傷だった。

 回避もあるが、身体に刃が見舞われたとしても傷に至っていなかった。

 硬い、というのとはまた別だった。ダメージカットとも異なる。

 物理的干渉自体が無効化されているような感覚だった。

 

 

「あ、知ってたの?神浜の新技術なんだけどオリキャラ君は情報通だね」

 

 

 感心する双樹。

 ナガレの存在が何であるかすら特に興味が無く、情報を与える事も無関心らしい。

 適当に言ったバリアという単語だが、的を得ていたらしい。

 となるとアレか、一定のダメージ量を無効化でもすんのかとナガレは考えた。

 

 キリカ宅に泊った際に遊んだゲームでも同名のシステムがあり、それではそんな仕様だった。

 新技術と言うからには、開発の際には参考にされたものがありそうだなとも。

 こういう時の自分の勘を、彼は信頼していた。

 

 これまでそれでやってきた、という実績もある。

 更に目を凝らせば、双樹の体表近くに渦巻く魔力の膜が見えた。

 所々で魔力がほつれ、薄氷のように薄くなっている部分が見えた。

 

 

「それにしても…結構耐久値に余裕はあったハズなのにバリアはボロボロ。あなた、結構強いですね」

 

 

 そこで違和感を覚えた。

 同じだが、何かが違う。

 

 

「カーゾ・フレッド」

 

 

 右掌を翳し、双樹は呟いた。

 咄嗟に身を翻す。

 火傷で熱を宿していた右頬に、熱と相反する感覚が掠めた。

 背後で燃え盛る炎と鉄を貫き、それは彼方の遊具の残骸に激突した。

 

 一瞬だけそちらに目を送ると、青々とした輝きに包まれたメリーゴーランドが見えた。

 手前の辺りに、長さ1メートルほどの刃状の物体、氷塊が落下している。

 そこから発せられる冷気が、巨大な遊具と周囲の地面を氷結させていた。

 

 視線を戻すと、双樹の身に纏う色が一変していた。

 一点の曇りも無い眩い白から、燃え盛る炎を思わせる赤へと変わっていた。

 魔力の性質は前者が炎で後者が氷。

 となると、と彼は思った。

 

 

「二重人格だったとはな。魔法少女とは何でもアリだな」

 

 

 彼の隣で少女の声。

 胸の露出はそのままだったが、治癒を完了させた麻衣がそこにいた。

 

 

「失敬な。これは生まれつきのものです。そして我が名は双樹ルカ。あやせに非ずの、同じ身体に宿りし魂。以降お見知りおきを」

 

 

 優雅な一例を添えて、双樹ルカはそう言った。

 重要そうな事柄である筈なのに、その出し惜しみの無さに麻衣は呆気に取られていた。

 

 

 

 

「にしてもあなた、理解が早いですね。漫画の読みすぎですか?それとも自慰行為のし過ぎで却って頭が良くなったとか?」

 

「ああ。ちょうど最近、愛読している格闘漫画でも遊園地で戦う回があってな。その時出てきたやつも丁度多重人格者だった」

 

「答えになってるようでなっていませんね。あとその漫画は知っていますが、第二人格がハイドで最後がテコンドーの達人パクって何なんですかね」

 

「私が知るか。あれは読者でも理解に苦しむ。それでだ、なんとなくそう思ったからカマを掛けたんだが見事に引っ掛かったな。特殊性癖も人の自由とは思うが、貴様は特級の変態にして大馬鹿者だ」

 

「別に隠してる訳じゃないですからね。例えば、あなたの血深泥の願いのように」

 

 

 愚弄の応酬の中、微笑みながら双樹はそう口にした。

 その瞬間、麻衣の表情が一瞬強張る。

 だが直ぐに敵意の眼差しをルカへと送った。

 

 

「何を言っている。口から出まかせも」

 

「『強者と戦いたい』」

 

 

 麻衣の言葉を遮り、ルカは告げた。

 ルカの言葉に麻衣は言葉を失った。

 その願いを知る者は極少数であり、決して他者には伝えないと思われるものばかりであるからだ。

 願いを叶えた当人にも口外は無しだと伝えてある。

 

 

「血塗れで卑しい願いですね。そしてなんと、他者に依存した破滅的な願いなのか」

 

 

 絶句している麻衣を他所に、ルカは嘆きの言葉を送る。

 麻衣本人も、自分の願いがルカの言葉の通りと理解している。

 だがそれを自覚するのと、他者から言われるのとはわけが違う。

 

 

「そんなあなたも、私達なら救えます。私とあやせの、命を育む尊い袋の中で癒して差しあげます」

 

 

 嫌悪感と吐き気が麻衣の中で込み上げる。

 別人格同様、こいつも同じ病気を患っていると把握したせいである。

 

 

「そしてそちらの殿方の眼も、私達のものとさせていただきます。舌で指先で、そして柔らかく熱い粘膜で包んであげましょう」

 

 

 あやせよりも妖艶さが増した口調で、欲情に濡れた言葉を送るルカ。

 それを受けたナガレの額には青筋が浮いていた。

 そんな二人の様子に、ルカは満足げな笑みを浮かべた。

 笑顔の裏側で、精神の片割れも笑っている事だろう。

 

 

 

 

「そいつは妄想だけにしときな、淫乱女」

 

 

 少女の声がした。

 激しく燃え盛る、生ける炎のような声。

 

 

「相変わらず、私のような健全さとは無縁だな。反吐が出る性癖だ」

 

 

 これも同じく少女の声。

 闇の中で舞う、春風のような朗らかな声だった。

 


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