魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第17話 双樹

 滅びた夢の残骸、廃墟と化した遊園地に少女の笑い声が木霊する。

 その様子はまるで、色とりどりの花々が満開に咲き誇る花畑で、眼を輝かせて花摘みを愉しむ童女のようだった。

 月の明かりも薄い夜の下。闇と相反する純白のドレスが百合の花の様に舞う。

 

 

「お久しぶりー。元気だった?自警団の切り込み隊長さん?」

 

 

 麻衣に対して親し気に話しかけるその少女。

 麻衣は『双樹あやせ』と呼んだ。膝裏まで伸びた栗色のポニーテルが印象的な美少女だった。

 朗らかな様子ではあるが、翡翠の眼に宿る光は、闇に蠢く飢えた獣のそれだった。

 ごく短時間だったが、ナガレはそんなイメージを思い浮かべた。

 となると麻衣では相手が悪い。

 

 魔法少女同士の諍いに自分が、という感覚は彼にもあるが、その彼をしてこの存在は危険と感じられた。

 この者から粘つくような視線が、麻衣を舐めるようにして見ている。

 そしてその視線は、麻衣の腹の辺りを見ていた。

 彼女のソウルジェムを。

 

 

『こいつには借りがある。少しの間で構わないから、私に任せてくれ』

 

 

 麻衣は思念でナガレに告げた。彼は頷いた。

 

 

「ああ元気だ。そちらこそ相変わらずのようだな。そして、また切り刻まれたいと見える」

 

「相変わらずの戦闘狂ですね。人見リナのソウルジェムをちょおっと拝借しようと思っただけなのに」

 

「そう言って私達に問答無用で斬りかかってきた貴様に言われたくはない」

 

「やれやれ。心の狭い方々だこと」

 

 

 双樹は心底呆れ切ったように言った。

 自分がした事をなんとも思っておらず、むしろそれを邪魔した相手に罪があると認識しているようだった。

 サイコパスが。と麻衣は思った。

 

 

「心外な。貴女に言われたくありませんっ」

 

 

 頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いて双樹は言った。麻衣はゾッとしたものを感じた。

 

 

「あ、その顔。『なんで分かったの?』って感じ」

 

 

 にやっと笑い、麻衣を見る。

 一方的ではあるが、仕草で見れば親しい間柄のそれである。

 

 

「分かるよぉ。私、専門家だもん♪」

 

 

 微笑む双樹。

 麻衣は困惑していた。

 そして、戦慄の棘が精神に穿孔していく痛みを覚えた。

 遭遇したのは一度だけだったが、イカれた奴だと思った。

 

 今から約四か月ほど前、自警団でのパトロール中にいきなり襲われたのが初にして唯一の遭遇だった。

 奇襲を受けた事もあり、麻衣はリナを庇って重傷を負った。

 

 それでも必死に反撃し、剣戟の交差の果てに純白のドレスを深紅に染め上げた。

 麻衣本人もズタズタに切り裂かれたが、双樹よりは軽傷だった。

 血の滝を曳きながら撤退していく双樹を見ながら、麻衣は気を失った。

 

 狂気じみた奴だったが、それだけだ。

 万全な状態であれば自分の敵ではない。

 だが、今目の前にいるのは…姿は同じで声も同じだが、まるで別物のような感覚がした。

 吐き気も込み上げてくる。

 

 

「(なんだ…これは)」

 

 

 ここ最近は激戦が続いた。

 佐倉杏子の顕現させた異形には死の寸前まで追い込まれ、凶悪な触手を生成可能となったキリカにた体内の大半を切り刻まれた。

 顔の中を這いずり回り、脳味噌を刻みながら頭蓋の内側でのたうつ微細な刃が連なった触手の感覚は思い出すだけで泣きたくなる。

 

 しかしそれでもなお、今の双樹の雰囲気は異常だった。

 本能が危険だと訴え、すぐ逃げろと伝えてくる。

 

 それをしないのは、背後に彼がいるからだ。

 もしも一人だけだったらと思うと、どうなっていたか分からない。

 背後にいるナガレは、彼女にとっての拠り所であり枷だった。

 

 

「専門家とは笑わせる。お前に私の何が」

 

「分かります。その血色の輝きを見れば」

 

 

 麻衣の言葉を切って捨て、双樹が断言した。

 麻衣が二の言葉を紡ぐ前に、双樹は口を開いた。

 

 

「知っているかは知らないけど、魔法少女はその素敵な宝石が本体。故にその色からは人格や性癖、欲の深さも全てが分かる」

 

 

 更に告げる。

 

 

「貴女はその輝きと同じ。その魂は血色の淫らな肉孔。くぱぁと開いて粘液塗れの内臓を晒して自分の欲を咥え込む淫らで臭い雌の穴。それは何処までも暗くて長く、底が無い卑しき存在。貴女はそこに自他の血と肉を絶え間なく流し込んで埋めようとしてる淫らな女。まるで輪姦を受け、苦痛と快楽に喘ぐ肉便器。あ、肉便器って知ってる?知らなかったら画像検索すれば沢山出てくるからセルフでね。二次元の魔法少女の敗北ネタでも触手と並んで定番だよ」

 

 

 吐き気を催す言葉が紡がれていく。

 限界だと麻衣は思った。

 刃の柄に手を置き、抜刀の体勢に入る。

 そこに向け、双樹は右手を伸ばした。

 繊手の人差し指が、麻衣の顔を指し示していた。その美しい顔には、非難と義憤の怒りがあった。

 

 

「悪魔め」

 

 

 冷たい声でそう言った。

 あまりの冷たさと、そして殺気に麻衣の心が凍りつく。

 

 

「今の私を殺害しようなどとは、なんと愚かな。いち魔法少女として、いや、一人の女、いやいやそれ以前に一己の生命体として。朱音麻衣、貴女の愚かさを徹底的に非難する」

 

 

 分からない。何を言っているのか分からない。

 慣れてきたせいか、呉キリカの場合はある程度分かる。そして何より、ムカついたらブチのめしてなんなら殺してしまえばいい。

 だが今の双樹は何もかもが異様過ぎた。

 

 分からないし、分かりたくない。

 感情を振り切るように抜刀した瞬間、二人の周囲を光が照らした。

 

 光の中央には、手を掲げた白く輝くドレスの双樹がいた。

 手の先には繊細で美しい装飾が施された剣が握られていた。

 刃渡りは長く、幅の分厚い剣だった。

 

 

「この愚か者。邪悪で卑しき魔法少女に、私が天誅を下す。だから私は、みんなの力を預かり戦う。どんな奴が相手でも私は負けない、諦めない」

 

「『みんな』…だと」

 

 

 麻衣は思わず疑問を漏らした。

 そして、その答えは直ぐに来た。

 

 輝いているのは、既に役目を終えた外灯や遊具の受付の端末、または小さなモニターなどだった。

 在りし日は、そこでパレードの様子が中継されていたのだろうか。

 それらが魔力によって光を帯び、双樹を煌々と照らし出していた。

 

 自分が何を見ているのか、麻衣には分からなかった。

 これはまるで、アニメや漫画の魔法少女物のクライマックス。または舞台ではないか。

 配役は双樹が主役で、自分たちは悪役。正義に倒されるべき存在。

 そう声高々に叫ぶかのような、誇り高き戦士のような双樹の態度であった。

 

 

「だからみんな、私に力を」

 

 

 輝く光が、モニターが何かを映し出す。

 それは地面や虚空、そして壁面に鮮明な映像を投影させた。

 見た瞬間、麻衣はそれが何か理解した。

 眼が受け、脳が処理して魂が揺さぶられる。いや、グシャグシャに掻き混ぜられる。

 

 

「うぅぅぅぅあああああああああああああああ!!!ああああああ!!!ああああああああああああああ!!!!」

 

 

 夜を貫く悲鳴の叫びを上げる麻衣。腹の筋肉がまるで別の生き物になったかのように痙攣して蠢動し、生暖かく酸っぱい液体が喉に込み上げる。

 

 

「あああああああああ!!あああああああああああああああああああああああああ!!!!ぁぁああああああ」

 

 

 叫びながら麻衣は吐いた。

 

 

「……なん…だ……これ…は」

 

 

 吐瀉物を吐き出しながら、麻衣は震えていた。

 鼻にまで逆流した胃液が、頭を掻きまわす苦痛と嫌悪感を与える。

 だがそれを、麻衣は辛いとは思わなかった。

 他の感覚が無に帰するほど、映し出されたものは麻衣の想像を絶していた。

 

 

「やれやれ、そこまで愚かとは」

 

 

 にこりと双樹は微笑んだ。そして剣を近場に突き立て、人形のように華奢な両手で白いスカートの端を握る。

 

 

「こういうコトだよ」

 

 

 一息に引き上げられる。

 麻衣は再び叫んだ。

 

 その下には下着が無かった。

 

 スカートの裾の内側には小さな鎖が備わっていた。

 

 その先は、下腹部に伸びていた。

 

 そこで麻衣は認識を放棄した。

 

 女の肉、縦の唇。

 

 そこに打ち込まれた幾つもの金属の輪。

 

 麻衣から見て、左は血のような赤。右は双樹が纏うドレスのような白の輪。

 

 鮮やかな桃色。

 

 内臓の鮮紅色。

 

 剃毛の痕。

 

 そこから発せられる甘く淫らな雌の臭気。

 

 だがそれらの異常さは、更なる異常性を引き立てるための要素でしかなかった。

 

 淫らに倒錯的に彩られた女の器の少し上の、薄く腹筋が浮いた白い腹にはハートマークを模した複雑な紋様が浮かんでいた。

 色は赤と白の混合色。黒いコーヒーに溶いたミルクのように、マーブル状に重なりながら絡み合う蛇のように蠢いている。

 また或いは、互いに蔓と根と、枝葉を絡め合って一つになっている樹木か。

 その紋章には、そんな趣が感じられた。

 

 周囲の映像は、その紋章の内側を映したものだった。

 

 それは、鮮やかな桃紅色の肉の袋だった。

 外科手術で取り除いたか、輪切りの状態をガラス張りにしたように、その内部は丸見えにされていた。

 淫らな紋章は、視覚的に皮を除く役割も果たしているのだろう。

 他者に見せつける為に。

 それが誇りであるかのように。

 

 その内側には、輝く宝石が詰め込まれていた。ぎっしりと、ずっしりと、隙間なく。肉の弾性限界に挑むかのように

 双樹は、大量のソウルジェムを自分の子宮の中に溜め込んでいた。

 色とりどり且つ装飾が少しずつ異なり個性を主張するそれらは、肉の壁から分泌される粘液に濡れて淫らに輝いていた。

 

 

「美しい…なんて美しい輝き……生命の、魂の色…それらを宿した私は、まさに神話の聖母さながらの尊い肉体。穢れを知らぬ乙女、そして聖女」

 

 

 うっとりとしながら、双樹は自身の内臓の中身を見つめ、愛おし気に腹を撫でた。

 その表情を敵意と義憤、正義の塊と言った風に変えて双樹は麻衣を見た。

 

 

「その私を傷付け、挙句の果てに斬り殺そうなどとは……この悪魔同然の、いや、それ以上の最低最悪な所業は地獄の業火でも生ぬるい」

 

 

 そしてスカートの裾から手を離す。

 重力に引かれて下がったスカートで鎖が揺れ、双樹の口からは甘い吐息が漏れた。

 

 

「でも…私はそれを赦す。赦してあげられる」

 

 

 その熱が映ったのか、双樹の顔は淫らに蕩けていた。恐らくは絶頂にも達したのだろう。

 夜風が運ぶ雌の臭気が強まっていた。

 

 

「この身体も命も何もかも全て、全部ぜーんぶ、私のナカのみんなに捧げる!そしてこのこの醜く穢れきった卑しき淫らな魔法少女、朱音麻衣も私が救済してあげる!」

 

 

 高らかに、天まで届けとばかりに叫ぶ双樹。

 見た目だけで言えば、世の絶望を払う希望の戦士。

 魔法少女の見本であった。

 

 

「私達の崇高なる目的の為に。朱音麻衣、貴女の汚く虚ろな鮮血色の魂もジェム摘み(ピック・ジェムズ)してこのナカに「うるせぇええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 裂帛の叫びが場を貫き、長大な斧槍を翼のように広げた黒い風が双樹の元へ飛来した。

 そして、耳を劈く金属音が鳴り響いた。

 

 

 

 


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