魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第6話 紅黒乱舞⑤

赤黒い波濤が、真紅の魔法少女を包み込む。

接触の寸前、幾ばくかの金属音が生じていたが、それだけだった。

波濤の蹂躙は留まるところを知らず、異界の一角を完全に破壊し尽くした。

あとには黒い魔法少女の先に広がる、荒涼とした異界の大地が残った。

 

おろし金に似た粗い断面の深さは約五メートル、

破壊の範囲は縦横でそれぞれ三十メートルほどにも及んでいた。

まるで巨大生物の足跡か、それが這い出てきた穴のようにも見える。

穴の底には、破壊の起点である六本の縦筋の名残が見えた。

そしてその穴の上空にも、また底の方にも、

真紅の魔法少女の姿どころか衣類や血肉の欠片すら残っていなかった。

 

「は…はは」

 

鎖のように連結した、血塗られた魔斧。

ヴァンパイアファングの余波によって生じた禍風を浴びながら、道化は嗤っていた。

異界の粉塵が、唾液と鼻水に塗れた唇と鼻孔を薄っすらとコーティングしていたが、

それらを不快にも思わずに優木の顔は卑しく歪み、白い喉を震わせていた。

 

「ざまぁみろ!」

 

止まない哄笑の隙間に、その言葉は放たれた。

短くも、無限大に等しい憎悪と侮蔑が籠っていた。

至福の感情が道化の心に広がり、思考が明瞭になっていく。

先ず真っ先に思い浮かんだのは、生き残りの敵対者への歪んだ思考であった。

 

佐倉杏子の死体が残らなかったのは、後々の小道具に使えない為に残念だったが、

その分の鬱憤は黒髪の少年で晴らそうと思っていた。

彼女の下腹部には、早くも熱が籠り始めていた。

彼女の場合、愛情とは蹂躙や暴虐と等しいらしい。

要は自分が楽しいかどうかが重要なのだろう。

 

「そこ」を疼かせながら思い描く、

淫らで卑しい残忍な妄想の数が百を越えたあたりで、道化はふと思った。

この戒めが解けないのは、何故だろうということに。

 

だがそれも一瞬の事で、

 

「まぁいいか。こんな事もあるでしょ」

 

と道化は再び妄想を再開した。

口中の異物が、しきりに叫んでいる事さえも気付かずに。

 

「ききぃっ!!」

 

業を煮やしたのか、猿に似た大きな声で異物が喚いた。

うるせぇなと、道化は異物であり最良の友人であり、

そして親衛隊長であるお気に入り魔女に牙を立てた。

 

がりっという音が鳴った。

道化が魔女に牙を食い込ませる前に。

 

音の発生源は、道化の背中の方からだった。

斜めに倒れた十字架の、その後ろから。

何かがずれ、何かが擦れる音が続いた。

 

「おい…この…イカレスクラップ女…」

 

幼げで、やや舌足らずな、それでいてひどくしわがれた声が続いた。

道化が悲鳴を放つ前に、その手首と足首に掛かる拘束の力が倍化。

呆気ない程に容易く、手足が内側に向けてへし折れ、道化の喉を絶叫が伝った。

だがそれが口に至る前に、叫びは喉ごと捻り潰されていた。

道化の細い喉に、ワイヤー状に伸びた真紅の縛鎖が巻き付いている。

 

「ごぁ…」

 

苦痛によって項垂れた視線の先に、道化は真紅の光を見た。

内部に禍々しい円環を描く瞳を見た途端、道化の細い脚に何か熱いものが伝っていった。

 

「助かりたけりゃ…手を貸しな」

 

恥も外聞もなく、道化は必死に顎を引いた。

直ぐ傍らの、燃え盛るような真紅の意志とは裏腹に、

道化の下半身に広がっていた熱は、すぐに冷気へと変わっていった。

 

 

 

 

「さて、と」

 

何事も無かったかのように、キリカは破壊の場から目を逸らした。

その脳裏には、先程まで立ち塞がっていた真紅の姿など、欠片も残っていないに違いない。

自らが参謀と評した道化についても同様だろう。

そして肉も服も、激戦の痕跡など一片たりとも残していない。

 

華奢な身体が無造作にくるりと回った。

 

「もういいかい?」

 

何気なくといった様子で向けられた視界の先に、黒髪の少年が立っていた。

こちらはキリカとは違い、全身が血と汗で濡れている。

 

彼が吹き飛ばされてから、まだ数十秒程度しか経過していない。

彼女の発言は、それを踏まえたものであったかどうか。

しかしながら、彼の答えは決まっていた。

杖にされていた斧が旋回し、黒い魔法少女へと槍状の切っ先が向けられる。

 

「さっさと来い」

 

荒い息と共にそう言ってから秒も置かず、何百回目かの激突が再開された。

彼の招きに、酷薄な笑みで返したキリカの六振りの魔斧が、空間を引き裂くような斬撃を見舞い、

長柄の槍斧の一閃がそれらを纏めて叩く。

余波に巻き込まれ、周囲の岩塊が砕け散る。

 

両者の苛烈な足捌きと得物の斬撃の余波、そして実物が掠めることで

地面には地割れのような亀裂が生じていく。

元は何処にあったのかも分からぬ異界の断片が無数の剣戟の間に落ち、

そこで交差する七つの光によって瞬時に塵へと変わる。

 

『友人』の操る槍斧の乱舞をいなしつつ、キリカはふと疑問を抱いた。

何故自分は、まだ彼と切り結びを演じているのかと。

今頃は二つになった友人を見下ろし、このしぶとさからして、

まだ息のあるであろう彼に、称賛か或いは失望の言葉を告げている頃だろうにと。

完全に内容は忘れたが、参謀に台本まで渡され練習もしたというのに。

 

彼女の身体から、毒花の花粉のように漂う不可視の魔法。

速度低下は無論、今この時も間断なく継続している。

眼で見れば確かに、斧の振りは前に比べてやや遅い。

それなのに、数多の同胞を切り裂いた魔斧は彼の肉ではなく、

道化から簒奪された魔なる者を打ち据える。

せいぜい掠める程度で、皮膚の表面を浅く切り裂くばかり。

 

「ふぅん…そっか」

 

何気ない口調で、かつそこに乗せられた感情も薄いままにキリカが呟く。

振った斧が少年の前髪を掠め、数本を宙に舞わせた。

先程までは、それに血潮が着いきていた。

今回は、毛髪のみだった。

魔法少女の間合いが、速度低下を加味した上で着実に読まれてきているのだった。

 

「君は慣れてるんだな。こういう事に」

 

そうとしか思えず、また疑惑も抱かなかった。

あまり興味も無いのだろう。

だがその「あまり」は、彼女の瞳に僅かばかりに色を足していた。

虚無ではなく、人間的な感情のそれを。

 

「ポンコツの操縦には自信があってね」

 

血染めの顔で、少年が応えた。

自らは遅い。

相手は速い。

速度低下がその差を更に拡大させている。

ならば、ひたすらに相手の先を読み、動く。

現在の自分を囮とし、未来の死を回避すべく身体を操る。

速度低下により生ずる肉体に生じるズレを勘案に入れ、

視界を埋め尽くす剣戟の交差を繰り返す。

 

ふとナガレは、剣戟の奥に浮かぶ朗らかな笑みを見た。

 

呉キリカのそれは、彼に対する好意からのものではなかった。

愉しいから。

ただ自分が愉しいために笑っていた。

それはある意味、何よりも純粋な笑顔であるのだろう。

 

「なぁるほど。『操縦』、『操縦』か」

 

また彼の言葉は、黒い魔法少女の関心を引いたようだった。

言葉を数度繰り返し、口調さえ真似て、弄ぶように呟いていく。

そしてその間も、激烈な遣り取りは続いている。

 

「私達と似てるな」

 

満足げに、童女のように微笑むキリカ。

対照的に、ナガレの顔には苦みが見えた。

魔法少女の返答に、何かを感じ取ったのだろうか。

だが今は、考察のための時間も余裕も彼にはない。

退路は無く、用意する気も更々ない。

物思いなど骸の傍か、自分がそう成り果ててから好きなだけすればいい。

彼はそう思っているのだろうか。

流れ出る血と、削られていく肉の量に反比例するように、戦いは激しさを増していった。

 

単純且つ、これしかないとはいえ、狂気に等しい戦法だった。

それが成立しているのは、生来の闘志と資質によるものだろう。

またこれまでに戦闘を繰り広げた相手が、黒い魔法少女曰くの

『風見野最強の魔法少女』であることも大きかった。

実質的に、彼の師であると言ってもいい。

肉体的な技量の向上は、彼女あってこそのものだった。

 

そして幸いにして、彼には思い当たるものがあった。

自らの肉体を動かすに際し、イメージの依り代となるべきものが。

 

自分の身であり、そして決して自分ではないものが。

そうなっては在らない、現身の姿が。

 

禍つ風の中、彼の唇に歪みが生じた。

眼の中の渦は色の濃さを増した。

ほんの一瞬の間だけ。

彼の内より、粘ついた感情が放射されていた。

幾千回も煮詰められたような、怒りの意志が。

 

それが原因かは定かではないが、キリカの動きがほんの一瞬だけ遅滞した。

好機を見逃す事も無く、少年が得物を真横に振った。

魔法少女の細い身体に、鋭い一閃が吸い込まれる。

彼から見て右から入り左から抜けた光に遅れ、大量の血肉と脂肪が大気に舞った。

彼女の胸は、再び破壊されていた。

本来の狙いはキリカの首元であったが、魔法少女は背を逸らすことで回避していた。

被弾したのは、そこが物理的に大きく張り出しているせいだろう。

 

「またおっぱいか…全く、君も好きだな」

 

宙に浮かぶ自らの肉片を眺めつつ、唇に嘲弄の意を乗せて口遊む。

その間にも止まぬ金属音と火花の乱舞がその音を掻き消していたが、

唇の動きを察し、何を言っているのか彼には分っていた。

 

今回もまた、キリカは痛痒の欠片も見せていなかった。

だが、変化した部分もあった。

黒い柳眉が、僅かな跳ね上がりを見せていた。

 

黄水晶の瞳が、空間の一点を見つめている。

そこには宙を舞う彼女の血肉があった。

それが何かに引かれた。

周囲に散らばる血と肉と、骨の一部も後を追う。

剣戟の上空で合流し、そこで大気が動き始めた。

 

魔法少女の血肉と大気が交わり、赤黒い渦が巻いた。

それまるで意思を持つが如くに上空を旋回し、一つの場所へとその根元を奔らせる。

そして、あるの一点へと吸い込まれていく。

絶え間ない斬風の根源の一つである、槍斧へと。

その中央に浮かぶ、異形の眼球へと。

 

魔法少女の肉を喰らった異形は、くるりと黒い眼球を廻した。

どこかはしゃいでいる様子だった。

眼は最初にキリカに焦点を当て、次いで紛い物の操者に視線を向けた。

 

もっと喰わせろ。

彼女は、少年に向けてそう言っているのだろうか。

だがなんにせよ、彼女は魔を滅するに相応しい武具である事には違いない。

 

「面妖な」

 

流石にその声には、不快感が宿っていた。

 

「全くだ」

 

思いがけない同意に、キリカは眼をしばたたかせた。

 

「気に入らないのか?」

「ああ」

 

剣戟の最中に、語り合う。

手は緩まず、ましてや手加減もしていない。

それなのに互いの責めは狡猾さを増していた。

両者にとって、これも戦いの手管の一種なのだろう。

 

「長物ってのはいいんだが…形が気に食わねぇ。分からねぇ事話して申し訳ねぇけどよ、

 俺の…知り合いか。偉そうな名前をしくさってやがる野郎の得物にそっくりだ」

「何の宿命を背負ってるのかは知らないが…君も大変だな」

 

キリカの口調には呆れがあった。

論点がややズレているし、何の話かも分からない。

幸いなことに、彼女はすぐにそれを忘れた。

この会話に限ったことでもないが。

 

会話が終わり、代わりに更に苛烈さが増した。

少年の頬が裂け、魔法少女の肩が血を噴いた。

皮膚の下から溢れ出す温かいものと、そして皮膚自体も弾け飛ぶ。

そしてそれらは異形の眼より生じた渦に誘われ、異形の糧となっていく。

剣戟と禍つ風が吹き荒れる。

 

打ち合いの最中、鍔迫り合いが生じた。

最初はキリカが圧したが、すぐに互角の様相となった。

巨斧の眼が、絶え間なく蠢いている。

柄を握る少年の手元で、黒い燐光が輝いていた。

食欲を満たさんがための、邪悪な助力であった。

 

「間女め」

 

虚無と冷気を宿した黄水晶の瞳が、蠢く眼球を睨む。

しばしの、数秒の硬直状態が続く。

そして、

 

「うおおおぉっ!!」

「はぁああッ!!」

 

埒が明かぬと、双方が得物を引き、全力の斬撃を見舞った。

六振りの魔斧が根元から砕け、巨斧の刃が破砕された。

魔法少女と少年の身体に激震が伝い、双方を背後へと引き飛ばす。

 

異形の体液を振りまくそれを後ろに投げ捨て、少年は上着の内へと手を滑らせる。

着地と同時に、両手を振った。

キリカとの間に隔てた空間を、黒銀の刃が円となって飛翔する。

 

「甘いね」

 

侮蔑と共に、投擲された一対の斧を赤黒い一閃が薙ぎ払う。

軽い音を立て、斧は明後日の方角へと消えていった。

今度は彼女の番だった。

 

「ステッピングファング!」

 

叫びと共に、伸ばされた右手の甲から三つの黒い欠片が飛んだ。

ややコンパクトに固められた魔斧が、報復の牙として彼の元へと飛来する。

背後の床面に突き刺さっていた得物を右手が回収。

傷付いた槍斧が旋回し、黒い群れを撃ち落とす。

だが。

 

「あぐ…」

 

押し殺した苦鳴が彼の口から漏れた。

弾いた筈の斧が自ら身を砕き、鋭い破片を彼の身にぶち当てていた。

魔斧の欠片は少年の両肩の根元に深々と刺さり、熱い血潮を浴びている。

 

同時に、彼の膝が崩れ落ちる。

肩の負傷もあるが、全身の肉と骨が酷使を極めていたためもある。

 

「さぁ、友人」

 

薄い笑みが鮮血色の唇に浮かぶや、黒い魔法少女が跳んだ。

一瞬で距離が詰まり、少年の眼前に美しい少女の顔が拡がった。

度重なる斬撃で傷だらけになった顔に、白い手が触れた。

傷付いた両頬を労わり、左右から包み込むように。

 

「キリカお姉さんからの、ささやかな贈り物だ。ちょっと面白い事をしてあげよう」

 

手つきは優しさに満ちたものだったが、籠められた力は万力のそれであった。

直後。

魔斧の煌きの代わりに、少年は鮮烈な赤と、美しく並ぶ白を見た。

そして血臭が籠る彼の鼻孔を、ふんわりとした甘い香りが刺した。

それは、彼の眼の前の、魔法少女の口の中から生じていた。

 

「がぁぷっ」

 

可愛げのある声と共に、キリカの口が閉じられた。

古の魔性の趣向を宿す魔法少女の牙が、少年の喉首を捉えていた。

 










遅くなりました。
欲を言えばクリスマス前、更には今年中に今の決着をつけたいところです。

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