魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第16話 竜と朱⑤

 風見野の夜の街をナガレと麻衣が歩いていく。

 ラーメン屋で腹を満たした後は、幾つかのゲーセンをハシゴした。

 常連になっているのか、ナガレは何人かに手を上げて挨拶をしていた。

 

 年少者が多いな、と麻衣は思った。

 注視して観れば、痩せ気味の子供が多い。家庭環境が悪いのだろうか、と思った。

 中学生の自分が言えた事でもないが、深夜のゲーセンに小学生くらいの子供が来ている事自体、あまり褒められた事ではない。

 そう言った子供らから、ナガレは好かれているようだった。

 

 縋り付きたく成る存在なのだろう、そういう風に自然と感じられた。自分も似たような立場だからだ。

 自分が彼に感じているそれが依存心である事は、疑いようのない事実だった。

 

 胸を焦がす恋慕と疼く性欲。

 滾る闘志に凍てつくような殺戮・破壊衝動。そして至高の獲物を仕留めたいという殺害欲。

 それらは彼あってのものであり、他の人間や魔法少女では代用できない。

 故にそれらの願望は、矛盾することなく同一のものとして麻衣の中に存在している。

 

 愛し合いたい、だから殺したい。

 殺したいから、肌を重ねて命を育みたい。

 切り刻みたいから、恋をしたい。

 

 自分は今、恋をしている。

 彼を愛している。

 時の経過ごとに、一緒にいる度に欲望が増していく。

 

 前日に、気が果てるほど繰り返した自慰行為で性欲を発散させた。

 

 眼が覚めてからミラーズに赴き、殺戮の限りを尽くした。

 

 室内の床や天井と壁にびっしりと貼り付けた彼の写真の中からお気に入りのものを抱き、暫く眠った。

 

 それは、眼を閉じて眠るナガレの写真だった。彼と添い寝している気分で、麻衣は安らかに眠った。

 

 全ての欲望を可能な限り希薄化させてから、麻衣は彼と出逢い行動を共にした。

 たった数時間で、その欲望はかなり蓄積した。

 彼の頬や唇に舌を這わせたくなり、首を刃で斬り飛ばしたくなる。

 

 異常な思考である事は、麻衣自身も分かっている。

 しかしながら、止められない。

 どうしようもない。

 卑しい思いなのは分かり切っている。

 それが麻衣を苦しめる。

 

 

「ほれ」

 

「ぴゃっ!?」

 

 

 頬に当てられた冷たい感触に、麻衣は悲鳴を上げた。

 店内の喧騒を貫いたそれに、何人かが顔を向けた。可愛い声だったからだ。

 

 

「あんま難しい事考えんなよ、楽しもうぜ」

 

 

 ナガレが何時の間にか、缶ジュースを買ってきてくれたようだった。

 

 

「そうか…そうだな。ありがとう」

 

 

 礼を言って封を切り、一気に飲み干す。

 淡い酸味と強い炭酸のサイダー水が、喉にわだかまっていた粘つきを体内へ押し戻した。

 込み上げていた欲望もまた、心の中に沈んでいく。

 そんな気がした。

 ああ、そうだな。楽しもう。

 そう思い、筐体に向かう二人。

 

 その前に立ち塞がる、大柄な男達。

 二人に向けて何かを喚きながら告げる。

 ナガレと麻衣の記憶には無かったが、いつだったか蹴散らした連中らしい。

 どうでもいい事過ぎて、二人の記憶からは消え失せていた。

 

 食後の運動に丁度いいなとナガレは言った。

 三秒くらいで全てが終わった。手首や足首を圧し折ったそいつらに、ナガレは顔を近付け

 

 

「俺以外の奴らに手を出したら、どこまでも追い掛けて地獄を見せてやる」

 

 

 と告げていった。

 その後、手際よく男たちを抱えたり引き摺ったりして店外へと運び、ゴミ箱に詰め込んだ。

 キリカと遊んでいた時といい、DQNの処理はこの方法を好むようだった。

 5個のゴミ箱に10人の男たちを詰め込み、ナガレは店内に戻った。

 子供たちに囲まれて遊ぶ麻衣がいた。

 楽しく笑う麻衣の様子に、笑顔が似合うなぁと彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、気を付けろよ」

 

「私は魔法少女だ。この程度は何てことない」

 

 

 数時間後、二人は夜空の下にいた。

 錆の浮いた鉄柵を、跳躍で軽々と乗り越える。

 ほぼ無音で着地し、周囲を見渡す。

 

 

「いい雰囲気だな。嫌いじゃねぇぜ、こういうの」

 

「趣味が合うな。身体に纏わりつくような虚無感がたまらない」

 

 

 二人の周りは、錆を吹かせた鉄の残骸で満ちていた。

 嘗ては賑わっていたであろう売店やレストラン。

 

 絶え間なく回転する、コーヒーカップを模した遊具にメリーゴーランド。

 闇の中で更に色濃く闇が溜まった、藻だらけのプール。

 それらを取り囲む、まるで死した竜の残骸のように朽ちたジェットコースター。

 

 廃園となって幾年を重ねた、風見野の遊園地だった。

 夢の残骸の跡地を、ナガレと麻衣は歩いていく。

 

 

「ここも昔は、夢いっぱいってカンジの場所だったんだろうな」

 

「そうだな。だが今ではこんな有様だ」

 

 

 誰もいない。

 当然だろう。ここは既に廃業した施設なのだから。

 人気などあるはずがない。

 それでもナガレと麻衣は、園内を見て回った。

 

 

「昔、ここに来たことがある。このくらいの時に、親に連れられてな」

 

 

 手を水平にし、腰より少し上程度の場所に置いて麻衣は当時の身長を示した。

 

 

「なんか覚えてるか?」

 

「ああ。ジェットコースターに乗りたいといって、身長制限がある事に泣かされた」

 

「そりゃ悔しそうだな」

 

「君はどうだ?というかそもそも、遊園地に行った事はあるのか?」

 

「御察しの通り、行った事はねぇな。でもジェットコースターみてぇのには、ちょっと前はよく乗ってた。ついでに遊園地っつうか化け物屋敷じみたトコに住んでたりとかもよ」

 

「面白い人生だな」

 

「全くだ」

 

 

 廃園の中で笑い合う。

 麻衣にとっては、それこそが重要であった。

 ナガレと一緒にいられる事が嬉しい。

 その想いが、他の感情を覆い隠してしまう。その裏で、幾種もの願望を育みながらも。

 

 だから、麻衣はナガレとの会話を楽しみながら歩いた。

 そして、見つけた。観覧車だった。

 かつては赤かった塗装も、今はすっかり剥げ落ちてしまっている。

 

 

「ざまぁみろ」

 

「ん?」

 

「ああいや、なんでもない」

 

 

 麻衣はとっさにそう言った。

 破滅した赤。彼女にとって何を指しているのかは、言うまでも無さそうだ。

 それはそうと、麻衣は錆びた巨大建造物を見上げていた。

 

 

「昔はこれにも乗ったな。当時は何が楽しいのか分からなかった」

 

 

 そうかもなと彼は思った。高所を上るとはいえ速度も無く、退屈な遊具かもしれないと。

 

 

「少しは成長した今なら何かを感じられるかもしれないが、最早適わぬ願いか」

 

「そうでもねぇだろ。別の場所に行けばいい」

 

 

 彼の言葉に、麻衣ははにかむ笑顔を浮かべた。

 

 

「付き合ってくれるのか?」

 

「お前さえ良けりゃな。俺も動いてる遊園地に行ってみてぇ」

 

「行こう!」

 

 

 麻衣は叫んだ。

 

 

「行こう!隣のあすなろ市の、ラビーランドってところが色々と凄いらしいぞ!メインキャラクターのウサギが凄く可愛くて、建物もメルヘンチックで乙女心をくすぐられるんだ!」

 

 

 飛び跳ねながら麻衣は言う。

 普段の彼女を知る者なら、誰だこいつはと疑うだろう。

 

 

「やった!やったやったやった!遊園地に行ける!普通の子らしく私も遊べる!生きられる!」

 

 

 両手を回転翼のように伸ばし、右脚を宙に浮かせて残った左脚を軸にくるくると回る麻衣。

 余程嬉しいらしい。

 闇の中でも眩い笑顔を浮かべる麻衣。

 それを楽し気に見るナガレ。

 既に息絶えた遊園地の中で、そこだけは嘗ての栄光を取り戻しているかのようだった。

 

 

 そんな二人の笑顔が、不意に鋭さを宿した。

 刃の眼が、闇の一角を見据える。

 

 

「もういいだろう、さっさと来い」

 

 

 麻衣は闇に向かって言った。

 怨恨の塊のような声で。

 楽しい時間を、よくも奪い去ってくれたなと。

 

 その声に、闇が応えた。

 

 

 

「アヴィーソ・デルスティオーネ」

 

 

 

 鈴が鳴る様な美しい声。

 それに連れて放たれたのは、闇を切り裂く炎の塊。

 飛翔する炎塊の数は三つ。

 それら全てが、一回の斬撃で斬り払われた。

 

 刃を振り切った麻衣の姿は、魔法少女に変じていた。

 

 

「相変わらず、気持ち悪い趣味に精を出しているようだな……出て来い!!」

 

 

 炎の根源へ向けて麻衣は叫んだ。

 

 

 

「双樹あやせ!!!」

 

 

 

 嫌悪感に満ちた声で、その名を叫ぶ麻衣。宿った敵対心は、キリカや杏子相手にも劣らない。

 闇の中で、軽やかな笑い声が鳴り響いた。

 そして月光の下へ、その者が歩みを進める。

 

 ナガレと麻衣の前に表れたのは、純白のドレスを纏った少女。

 ここは夢の残骸である錆の城。その城に住まう、美しい姫君のようだった。














やべぇのが来たな

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