魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「うえええええええええっ、げっ、ぐぁ、ぐあああああああああああああああああああああああ」
絶叫を挙げ、のたうち回る。
薄闇が満ちるその場所は、廃教会前の広場であった。
かつて多くの信者が去っていき、またより大勢の信者で埋め尽くされた場所でもある。
今は閑散としているそこで、佐倉杏子は地面を這いずりのたうち回っていた。
魔法少女に変身していたが、真紅のドレスは吐しゃ物と泥に塗れていた。
口から絶え間なく吐き出される胃液が地面を濡らし、それで泥濘となった土が泥となっていた。
ドレスだけでなく髪もぐちゃぐちゃに汚れている。
立とうとするも膝が笑って崩れ落ち、挑む様に地面に突き立てられる腕は手が胃液と泥で滑って倒れた。
身体全体に力が入らず、それでいて口からは絶叫と胃液が滾々と湧き出る。
胃液は既に黄色くなく、真っ赤に染まっていた。
高濃度の胃酸が、胃と食道を溶かしていた。
杏子の口から吐き出されるのは、グズグズに蕩けた血肉であった。
「はぁ…はぁ……ぐぶ……ぐふ……」
死にかけの獣のような有様で、杏子は仰向けになった。
星々の輝きが見えた。
そこにぬっと、黒雲のような不吉な影と黄水晶の輝き。
「大丈夫かい、佐倉杏子。悩みがあるならお母さんが聞いてあげようか?」
「ううううううえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
盛大にゲロを吐き出し、杏子は転がり回った。吐き出された血肉の吐瀉を軽く躱し、キリカは杏子に歩み寄る。
頭を抱え、胎児のように体を丸めて横倒しになっている杏子に、キリカは身を屈めた。
キリカの鼻孔を、酸の刺激臭と血の塩臭さ、そしてアンモニアの臭気が掠めた。
前者二つは口からの、最後の一つは尿道からのものだった。
やれやれとキリカは思いつつ、それに対して何のコメントも発さなかった。
杏子の様子があまりにも無様過ぎて、良心が痛んだのである。
しかしながら、彼女としては疑問があった。
「あの、佐倉杏子。さっきから何をそんなに苦しんでいるんだい?私でよかったら悩みを聞こうか?カウンセリングしてあげるよ、って何処かで聞いたなこの台詞。どこだっけ?」
言葉の通り、キリカは杏子が何故こうなっているのかについて、全く分かっていない。
原因は唯一つ。彼女が杏子に見せた性倒錯行為、とすら呼べるのかも怪しい狂気の日々の記憶である。
胸から腹までに至る巨大な傷口を用いてナガレを同化吸収、捕食しようとするキリカ。
そこからの彼の乖離を出産と捉えるキリカ。
だから私は母になったと語るキリカ。
頬を撫でられて、傷口に薬を塗られて、そして彼の喉をがぶりと噛んで湧き出る血を音を立てて飲む事による性的絶頂を迎えるキリカ。
血肉を削り、内臓を破壊されて傷口から垂れ下がらせ、眼球と脳を破壊された死体も同然の姿と化すキリカ。
重ねられる生と死の交差。それを性行為と認識し、幸福感に浸るキリカ。
実の母に致死量に近い媚薬を盛られ、欲情に身を焼くキリカ。
そして、異常な感性を持つ芸術家によって、生きながらにおぞましい肉体破壊行為と生命の冒涜を受けるキリカ。
その感覚を、杏子は味わわされていた。
呉キリカとしての視線で。
キリカが寄越してきた記憶に、杏子の幻惑魔法が反応し、杏子にそれを見せていた。
以前、麻衣もキリカの記憶を受け取り、殺意を暴走させた。
今回のそれは、杏子の魔法も作用されているだけに麻衣のそれよりも酷かった。
麻衣には自意識が残っていたが、杏子はそれすらも奪われかけていた。
上記の例えが全体で見ればほんの一部である事も、杏子の苦痛に拍車を掛けている。
杏子の今の視点は呉キリカのそれであり、身に着ける衣服の感覚も同じであった。
スカートとワイシャツの中が涼しいのも、記憶の中でのキリカは殆どの場面で下着を着用していないからだった。
そして、杏子を苛んでいるのは異常な状況に陥らされた事への苦痛だけではなかった。
記憶の中、キリカは彼と共に戦っていた。そして互いに死ぬ寸前まで殺し合っていた。
共に食事をしていた。手を握られていた。
肉欲の疼く粘液塗れの雌を彼の腹に擦りつけ、キリカは絶頂していた。
その他にも多数。というよりも全て。
彼と時間を共有していたという事に対し、杏子は嫉妬していた。
そしてそれは彼女の中で限界を迎えつつあった。
苦痛を押し退け、耐えがたい依存心と独占欲が炸裂した。
狂依存、とでもすべき感情だろうか。
「お前……」
槍を召喚。それを杖に立ち上がる。
月の明かりが強い、黄色がかった月光に泥まみれの杏子の姿が浮かぶ。
「本当に…くるって…」
「あ、ちょっちごめんね」
言うなり、キリカは杏子の目の前に歩み寄った。
身長差故に少し見上げる形になっていた。
「うぐぅう!?」
その状態でキリカは左手で杏子の首を掴み、右手を彼女の口内に突っ込んだ。
小柄な少女とは言え、人間の口は人の手首までを受け入れられるようには出来ていない。
キリカはそれを実行した。赤い舌の上に白手袋を通された手が置かれる。
「よいしょっと」
「がががががあああああああああああ!!!!」
キリカはそれを更に進めた。
肘までが杏子の口内に入った。口の端が切れて出血する。
肘までの衣装を消し去っていたのは、キリカ的には慈悲だったのか。いや、単に突っ込むのに邪魔だったからだろう。
「ほいっと」
そして手を引いた。粘つく血液と溶けた肉の塊を、キリカの手が握っている。
破壊された胃袋の残骸だった。
「ほいな」
それを投げ捨て、血塗れの手を杏子の胸に重ねる。
そして掌から治癒魔法を発動させる。
破壊されていた内臓が、まるで絵を描くように再生されていく。肉も同様に治り、血液も増やされる。
「がはっ…はぁ……はぁ……」
荒治療だが、呼吸は楽になった。
だが礼を言う気にはなれなかった。
「お礼はいいよ。どうせ君の中で、この大惨事は私の所為ってコトになってるんだろうからさ」
やれやれといった風に両手を掲げ、キリカは言う。
イラっと来た。
だがそれ以上に違和感を覚えた。
「…お前…なんていうか……大人しいな」
「お、気付いたかい。感心感心。伏線察知能力は友人よりは上みたいだな」
イラつきを高めながらも杏子は黙って聞く。
キリカに斬りかからない事に、杏子は自分の成長を感じた。
という事にして耐えた。
「まぁ、分かっただろう。あれが友人だ。あの精神力はどうかしてる」
「…あぁ」
杏子は同意する。
フィジカルも大概だが、真に恐るべきはあの精神力、または魂の頑強さである。
杏子は彼の過去を少し見た。
何故狂気に陥っていないのか、何故絶望しないのかが分からなかった。
宇宙全てを敵に回して、並行世界の自分を殺す旅を続けるなど。
未来永劫に、終わらない旅を。
「汗顔の至りだけど、一人だけじゃ敵わない。友人を繋ぎ留められない。友人は何時か何処かへ行ってしまう。或いは私達は死ぬ」
杏子は黙って聞く。全てでは無いが、彼女もキリカの言葉に同意していた。
同意しかねるのは、敵わないと言う処と死ぬと言う処である。
「それだと愛を果たせない。それは望むべくものじゃない。だから、佐倉杏子」
キリカは手を伸ばした。
杏子から溢れた、血肉で濡れた右手だった。
「私の手を取れ。共通の願いの為に仲間になろう」
朗らかな笑顔で、キリカは告げた。
杏子はじっとキリカの顔を見た。
キリカを見つめる杏子の目の中には、赤い渦が巻いていた。
複数の感情が交じり合った眼差しだった。それが、ゆっくりと止んでいく。
渦が消え、凍えた炎のような色と化した。
「ああ。いいぜ」
昏い声で、暗い洞窟の奥から噴く風のような声で杏子は同意しキリカの手を右手で握った。
吐瀉物と泥にまみれた手だった。
「ならもう一匹、地獄に引き摺り込むか」
牙のような歯を見せて、杏子は言った。
開いた口は、耳まで開いた肉の亀裂に見えた。
キリカもにやりと微笑んだ。
体内から漏れ出た体液と肉と胃液の悪臭を、夜風が大気にばら撒いていく。
それは爽やかさとは無縁の、死を孕んだ風だった。
そしてこの二人の間に出来た関係にも、似た香りが、いや、それ以上に苛烈で悍ましい臭気が染み付いていた。
これは平和的な融和ではなく、新しい異形の関係の始まりである為に。
何処に向かってるんだこいつら…。