魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第16話 竜と朱②

「沁みるぞ」

 

「望む処だ」

 

 

 ビルの屋上で、ナガレと麻衣はそんなやり取りを交わしていた。

 前にもこんな事があったなと二人は思った。

 ビルの壁に背を預けた麻衣の顔に、ナガレが右手の指を伸ばした。

 

 少女のような、それでいて鋼の頑強さを持つ彼の指先は、透明な光沢で濡れていた。

 濡れた人差し指が麻衣の顔に触れる。右目の周囲を、輪郭をなぞる様に這う。

 

 

「くすぐったいな」

 

 

 その感触に、熱く濡れた声を漏らす麻衣。

 ビクビクと震える肩は湧き上がる情欲を抑えている事によるものだった。

 麻衣の右目は、青々と腫れていた。

 

 ゲームセンターで男たちを相手に大立ち回りを演じた際、彼女の顔の半分くらいはあるごつい拳が掠めた際に受けたものだった。

 一しきり塗薬を塗った後、ナガレは次に左頬を撫でて麻衣の喉を軽く擦った。

 それぞれが蹴りと手に依る圧搾による暴力の痕跡を受けていた。

 

 

「この暮らしも長くなってきたけどよ、風見野ってな物騒だな」

 

「まぁな。どうやら神浜あたりからも来てるみたいだ。会話の節々にあちらの地名があった」

 

「嫌な場所だな。名前からして好きになれねぇ」

 

「同感だが、行けば退屈し無さそうだ。その時はぜひ君と一緒に行きたいよ」

 

「まぁ、そうだな。でも無茶はすんなよ」

 

「善処するが、強姦される危機を感じたら今回のように即座に迎撃せざるを得ない」

 

「逞しいな」

 

「そうでもない。さっきのは素の私だが結構ギリギリだった。君がいなければ、今頃私は」

 

「お前は勝ったんだ。しばらくは勝利に浸ってな」

 

 

 簡易的な治療を施し、また受けながら二人は言葉を交わす。

 治癒魔法を行使すれば一瞬で完治できる負傷にも拘らず、麻衣はアナログな治癒を望んでいた。

 理由は自分が人間であると自覚したいからと、彼に触れられたいからである。

 

 

「なぁ、ナガレ」

 

「なんだ、麻衣」

 

「好きだ」

 

 

 呼吸のように麻衣は言った。

 それがなんらの緊張も自分に与えない事を、麻衣は当然のことと思った。

 彼への好意は真実であるし、当たり前のことであるからだった。

 

 

「ありがとよ」

 

 

 ナガレは素直に返した。皮肉以外の好意の言葉を向けられて、嫌がる人間はいない。

 その様子に麻衣は頷いた。

 付き合うとか彼氏とか、そんなのはどうでも良かった。

 彼と気持ちを通じさせられているなら、それでいい。

 負け惜しみではなく、本心から彼女はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナガレを貸し出してから数十分後。

 横になっていた杏子は不意にがばっと起きた。

 寝ようと思っても寝られず、自分を慰める気分にもならずに寝る真似をしていたのだった。

 それに飽き、杏子は行動を開始した。

 

 まずは近所の公園に赴いて用を足した。腹の具合が悪いのは何時もの事だった。

 ついでに歯を磨いた。歯茎からの出血。

 歯周病を患っていたらしく、魔力で作った鏡を見ると歯茎が赤くなりブヨブヨとしている部分が見えた。

 

 舌先で歯に触れてみると、歯同士の隙間が塞がれている。

 歯石も少し溜まっているようだった。頃合いを見計らってそれらは魔力で治そうかなと彼女は考えた。

 よく考えれば歯や歯茎はいつも殴り合いやらで破壊されるのに、なぜこれらが残っているのかが謎だった。

 自分と言う連続性を保つ為か、と杏子は思った。

 気構え一つで変わりそうなので、次に殺し合って壊れた際は新しく治そうと彼女は決めた。 

 

 あと歯石や歯を洗って無い事は、唇を重ねたナガレの反応を観てから考えるってのは変態かな、と少しだけ思った。

 

 生き物としての用を終えると、杏子は公園から足早に立ち去った。

 あと少ししたら老人と子供の憩いの場になる場所に、自分がいては邪魔だろうと思っていた。

 

 街へと繰り出して買い物を済ませる。ポケットに入る程度の菓子と歯ブラシのストック。

 キリカが寄越してきた『玩具』の電池など。

 時期的に生理が近いが、生理用品はナガレに買いに行かせた方が、というか一緒に買いに行った方が楽しそうだった。

 

 パーカーの帽子を被りながら、コンビニを物色する。

 目当ての商品を買い物かごに入れてレジに並ぶ。

 周囲や遠くからは好奇の視線を感じた。

 耳は勝手に音を拾う。

 小学校の時の同級生らしく、昔の話が聞こえた。

 

 特に問題なく買い物を済ませ、コンビニ袋を手に下げて帰路に就いた。

 

 

 

 見上げた空は、雲一つない快晴。

 されど眼に映るのは、同じ青でも青い絵の具で無造作に塗られたかのような雑多な青空。

 

 斜陽ながらも人の営みが感じられる家々やビルなどは、日差しの下で生じる影が異様に長く黒々として見えた。

 

 道路を走る車の音や人の足並みや話し声は、調律を放棄された古い楽器が奏でるような不協和音に聞こえた。

 

 歩く人々も、それぞれの表情を浮かべてはいたが彼女には部隊の書割りのようなのっぺりとした無貌に思えてならなかった。

 

 鼻孔が捉える世界の匂いは生ゴミや血の匂い。杏子が麻衣へと告げた『雌臭い匂い』も同然の悪臭が体内を巡っていた。

 

 それらは実体ではなく、感覚としてのものだと彼女には分かっていた。

 ソファに寝転がりつつ、八重歯で舌を噛む。

 

 舌がざっくりと切り裂かれ、口内に鮮血の香りが充満する。

 途端に、体内の悪臭は消えた。

 血の香りが駆逐したのではなく、そう感じていたものの原因が消えたのだ。

 

 

「ハァ…」

 

 

 口内に溢れる血を飲みつつ、杏子は溜息を吐いた。

 

 

「あたしゃツンデレだっつうの……これじゃヤンデレなメンヘラじゃねえか」

 

 

 一人言葉を零しつつ、杏子は理由が分かっていた。

 幻惑魔法。その発動。

 ナガレがいない喪失感を、ストレスとして捉える為に、そのストレスを味わう為に異様な感覚と光景を脳に投影したのだと。

 嘗ては憎むことで彼に依存していた。今もまた別の意味を含んで依存している。

 

 久々に一人だけになった今、彼女は孤独感に苛まれる自分自身に対して悲しむという行為を望んでいた。

 自分の今の感情を、杏子はそう判断した。

 

 

「イカれちまってんだなぁ……あいつによぉ」

 

 

 再び溜息を吐き、寝床に寝転がる。

 さてどうすっかなと考えた。

 次の瞬間には閃いた。

 細い指を有した両手が、ホットパンツの中に滑り込む。

 指先が薄い陰りに触れた。

 

 既に湿り気を帯びていた。何時からその状態だったのかは分からない。

 最近は常にこんな感じであるからである。

 存在を主張する突起を両手の指先で挟んだ。

 痺れる感覚が背骨を伝って頭頂に達した。

 

 ビリビリと伝う性の感覚の奥には、自分を苛むべくして生まれ出る孤独感があった。

 気分的には、何時ものことながら最悪の気分。

 肉の快感があるが、気休め程度にしかならない。

 だが今はその気休めが心地よかった。

 

 

 

「やっほー。お楽しみ中かい?そうなの?そうだよね?きっとそうだ!ちがいない!」

 

 

 廃教会の入り口で生じた、朗らかな調子のハスキーボイスが、杏子の中から全ての感情の殆どを駆逐した。

 後には、彼への依存心と家族への後悔と業罰の渇望。

 そして、呉キリカへの憎悪が滾った。

 

 

 

 

 

 
















やべぇよやべぇよ…

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