魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
夜の公園。
月夜が映えた世界に、ギィギィという音が響く。
鎖に錆が浮いたブランコが揺れる音である。
「久々に乗ったけど楽しいな、これ」
「童心に帰ってんの?」
「そうなるかね」
軽い前後運動をしつつ、ナガレが応えた。
杏子も似た様子で遊具に座っている。
彼の答えが気に入ったのか、杏子はけらけらと笑っていた。
しかし声の様子がどこかおかしい。何かを引きずっているような、くぐもっているような発音だった。
「俺は小さい頃から空手の修行ばっかしてたから、こういうとこは来たことはあっても遊んだこと殆どねぇな。多分だけど、ブランコに乗んのは人生で二度目か」
「あたしが言うのもなんだけど、すげぇ人生送ってんな。ていうか、何しに公園来てたのさ」
「そいつも空手の修行だな。砂箱突きとかしてた」
「すなばこつき」
意味を確かめるように、杏子は舌先で言葉を転がすように呟いた。
「文字通りの意味さね。砂を詰めた箱を手刀で突くのさ」
「…えっぐいな。痛くねぇ…ワケねぇよな」
「すげぇ痛ぇよ」
「強くなれたかい?」
「小学校を卒業すっころには、抜き手で畳み三枚ぶち抜けるようになってたかな」
「畳み三枚」
分かる様な分からないような、そんな例えだった。
家が洋風であったため、畳があまり身近ではなかったせいもある。
しかし畳を踏みしめる感覚を鑑みるに、自分がいくら押してもびくともしないそれを抜き手で纏めて三枚破壊するというのは尋常ではない。
しかも小学校卒業時ならば12歳程度。
そんな歳で…という想いはあったがあまり強くはなかった。
こいつ、というかあの男ならやるだろうなと彼女は思っていた。彼の本体についてである。
その姿を思い浮かべたとき、杏子の鼻先を生臭い匂いが掠めた。
思考、というか妄想を邪魔され、杏子は露骨に顔をしかめた。
「くっさ」
嫌そうに吐き捨て、背後を見る。
その顔は、左右の頬が青黒く腫れていた。酷い内出血をしている証拠だった。
振り返った時、杏子は胸に手を当てていた。服ごと肉を握り締めるように掴む。
「痛ぇな…」
「さっきも聞いたけどよ、魔法使うか?」
「さっきも言ったけど、遠慮しとくよ。たまには自分の身体を使って治すさ」
そう言いつつ二人は背後を見た。
生臭い香りの源泉はそこに積み上げられていた。
暗闇の中、複数の肉塊が重ねられている。それらはこの二人より年上の男たちだった。
過度にダボついた衣服、耳や鼻、唇に付けられた多量のピアス。
肌が露出した部分には毒々しい色彩のタトゥーが入れられていた。
まともな連中では無さそうだった。
呼吸音と苦鳴を上げたそれらは、身体の一部が破壊されていた。
端的に言えば、全員が男性機能を破壊されていた。
肉の管は爆ぜ割れ、睾丸は潰されて溜められていた精液と血液を服の中に飛び散らされていた。
公園内を散策していた二人に、この連中は声を掛けてきた。
二人は無視したが、連中は二人に付き纏った。
果てにはその周囲を取り囲み、卑猥な言葉を投げ始めた。
『お前はあの教会の娘だろう』『金は無いけど代金代わりに孕ませてやる』
『そっちのお嬢さんも混ざらないか』『混ざらなくてもその尻を貸してくれるなら可愛がってやる』
『抵抗しない方がいい』『してくれても構わないけど』『暴れてくれた方が燃える』
『こっちは温かければ死体でも構わない』『この前の連中は自殺したんだっけか』
『子供のくせに夜遊びしてたから悪いんだ』『男は彼女を守れない甲斐性なし』『女は堕胎が怖くて死んだ馬鹿』
『ウケる』『最高』『時々動画見返してシコってる』
思い出して興奮しているのか、ズボンを下げて露出したそれを扱いている者もいた。
赤黒い肉が激しく擦られ、異様な匂いを夜風に含ませた。
杏子はそこへ向かって歩いた。
彼は止めなかった。
「手は出すな」
と、杏子は彼に思念を送っていた。彼はそれに従った。
怯えて服従したと思った男は、杏子を一思いに抱き締めようと近付いた。
口からは涎が垂れている。その脳裏では、杏子があらゆる方法で辱められていた。
尻から犯してやろう、そう思った思考は痛みと熱で塗り潰された。
「汚ぇもん見せんじゃねぇよ」
その声は遠く聴こえた。
杏子が放った蹴りが、男の股間を叩き潰していた。
ブーツの底で竿が折れ、睾丸が完膚なきまでに潰された。
直後に男達が沸騰、杏子へと襲い掛かった。
一発目、二発目の殴打を彼女は避けた。
三発目は鳩尾を貫いた。相手が子供であり女である事は一切意識されていなかった。
崩れた杏子の顔が蹴られ、地面に倒れた。そこに落ちる踏み付け。
安全靴を履いた足が、男の全体重を乗せられて降ろされていれば、杏子の頭蓋骨は割れていたかもしれない。
だがそれが彼女の鼻先に触れる前、男の身体は宙を舞っていた。
開いた視界の中、暴風の如く暴れ狂う存在を杏子は見た。
決着は一瞬で着いていた。
「ほれ」
伸ばされた手を、杏子は握り返した。その手を、彼は彼女の体に負担が掛からない程度の力を以て引き寄せた。
引き寄せられた瞬間、杏子は彼の口に自分のそこを重ねた。
殴打で膨れたせいで、普段よりも距離が近く感じた。
裂けた唇の間から、杏子は舌を伸ばしてナガレの口内を這い廻った。
にゅるにゅると口内を蹂躙するそれを、彼は好きなままにさせた。
足元近くにてその様子を見上げるチンピラの顔へ、ナガレは足を降ろした。
それは彼の感じている苛立ちを向けられた憐れな生贄であり、またそいつは杏子を踏み潰そうとしたものである為に因果応報そのものであった。
「でさぁ、話を戻すけど」
「ああ」
以降、二人の間から背後で呻く肉の山の事は忘れ去られた。
特に語る事も無いからだ。
「シャインスパークって言ったよね」
「ああ。それがどうした?」
「意味が重複してねぇか?」
「え、そうなのか?」
頭をガツンと殴られた様な気が、杏子にはした。
それは顔と胸の痛みも暫くの間消し去っていた。
「まぁいいや。消耗が激しいみたいだね、しばらくぐったりしやがって。心配掛けさせんなよ」
「心配してくれてたのか」
「悪いかい」
「いや、嬉しい」
「不意打ちでデレるな」
「嫌かよ」
「いいや、もっとやれ」
「注文の多い女だな」
「ああ。あたしは欲深なのさ」
そこで笑う杏子。少し困ったような顔になりつつ、ナガレは満更でもなさそうな表情を浮かべている。
会話が楽しいのだろう。
そして欲という言葉から、杏子は話を思い出した。
「それで、シャインスパークってのはなんのゲッターの技なんだい?」
ゲッターという言葉に、彼女は欲という意味を重ねていた。その他にも幾つもの意味が、この異界の言葉には乗せられている。
彼としては、これは何時ものことだがどう答えるか少し考えていた。
該当する機体は、彼にとっての皮肉と不吉の塊だからだ。
しかし結局、話すことにした。何時もの事である。
「『アーク』…ってやつ?」
彼が口を開く前に杏子はそう口にした。僅かだが彼が悩んでいる様子を見破ったのだろうか。
だとしたら大した観察眼である。これも彼女が彼に持つ粘ついた執着心故か。
「そうなるな」
嘘では無かった。寧ろ技の性質上、身に纏ったエネルギーを放つのではなくエネルギーごと体当たりしたのでアークのそれが近かった。
肯定した彼に、杏子は更に疑問を投げた。
「それを見たのはあたしが暴れてた時だけどさ。あんたの記憶の中で、あれは妙にハッキリ見えてたよ。あれに…乗ってたのかい」
尋ねた杏子の脳裏にはアークと呼ばれた存在の外見が浮かんでいた。
悪魔の翼を思わせる形状の装甲を生やした頭部、槍のような翼、均整の取れた逞しい身体。
禍々しくも、どこか神々しい姿をしていた。
そもそもアークという言葉自体、大日如来を意味する言葉であった。
以前は箱舟だと思っていたが、多分そっちの方だろうと杏子は思った。
「いや、あいつに乗ってるのは俺じゃねえ」
「じゃあ、誰だい。もしかして」
もしかしてと言ったが、杏子にはその続きが思い浮かばなかった。
しかし、応えは直ぐに来た。
「息子だ」
その返答に、杏子は息を呑んだ。
「俺の息子。アークに乗ってるのはそいつだ。つっても、別の世界の俺の子ってコトだけど」
いささかバツが悪そうに、ナガレは流竜馬としての言葉を佐倉杏子に返した。
…彼の今の現状は、真面目で良い子ばかりのアークチームに見せてはいけない