魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
長大な斧槍が一閃。
横薙ぎの斬撃により、五つの複製魔法少女の首が飛ぶ。
断面から噴き出す、逆向きの鮮血の滝。
それを貫き、異形の槍が彼に向って飛翔する。
「おらよ!!」
返す斬撃で斬り払い、ナガレは背後に跳躍する。
戦闘開始から約二十分。彼の全身は彼我の血で塗れていた。
背中の悪魔翼は経年劣化を経た蝙蝠傘じみた孔だらけの惨状となり、顔や腕には多数の切り傷。
頭部から生やした、ゲッター1系列のそれを模した角にも斬線が幾つも走っている。
左目は抉られ、肉が炭化していた。熱線が掠めたらしい。
「へっ…お前は元気だな……なぁ、杏子」
血染めの顔で、口端から血泡を吹きつつ彼は嗤いながらそう告げた。
その視線の先には顔を白い仮面で覆い、胸の宝石を槍で貫いた杏子がいた。
そして彼女の伸びた髪と接続されている巨体があった。
『自棄のドッペル』。異形の槍を携えた着物姿の異形が、ナガレを無貌の顔で見降ろしている。
そこに躍り掛かる複数の影、対してドッペルは両手を振りかざす。
腕の裾から鎖付きの槍穂が放たれ、襲撃者たちを纏めて串刺しにし、その状態で腕を振り回す。
ハンマー投げの鉄球のように振り回され、骨肉が質量兵器と化して周囲の魔法少女達を蹂躙する。
しかしその隙間を抜け、何体かの魔法少女がドッペルへと迫る。
その前に、ナガレは飛翔し立ち塞がった。
相手が彼を視認した刹那にその肉体は数個の肉塊と化していた。
そして守護者となった彼へと向け。ドッペルは鎖を鞭として放った。
回避と剣戟を重ねて鞭とやり合い、着地する。
掠めた程度だったが、脇腹の肉が抉れていた。もう少し深ければ内臓を垂れさせていただろう。
ドッペルを、佐倉杏子を複製達から守りつつ、自分の命もドッペルから守る。
異様に過ぎる行為を彼は続けていた。
その行為を彼は矛盾とは思わなかった。ただ自分が戦闘不能に陥れば、自分は勿論の事、ドッペル=佐倉杏子も死ぬという事は分かっていた。
複製とは言え魔法少女という存在を、彼は決して嘗めていなかった。
彼の着地に少し遅れて、周囲に肉片と臓物の雨が降り注いだ。
可憐な顔の形はそのままに、血と汚物の体積の中に少女達の残骸が転がる。
その光景を成しているのが他ならぬ自分であるとはいえ、何時まで経ってもこの光景には慣れない。慣れたら終わりである。
そしてこの中に杏子を加える訳にはいかなかった。
今も十数体を屠ったと云うのに、周囲に満ち始める気配と足音。
さて、またやるかと構えたとき、彼は異変に気付いた。
ドッペルが彼への追撃も、周囲の魔法少女への襲撃もせずに停止している。
そしてバキン、という音を彼は聞いた。
その瞬間、彼は血と汚物と肉片が散乱する赤い地面を蹴った。
目指す先では、白い仮面が砕けていた。
胸を貫く槍も光と化していき、手がだらりと垂れ下がる。
崩壊は更に進み、杏子の身に纏う魔のドレスが光となって消えゆく。
ただ一か所、彼が彼女の胸に巻いた白い包帯だけはそのままだった。
眼が開いた。
赤い瞳を宿した双眸が世界を見た。
最初に見た存在は、とても眩く見えた。
まるで生まれて初めて見る光のように。
それは漆黒の輝きを放つ、輝く闇であった。
「よぉ、杏子」
ぼんやりとした思考と視界は、その声によって一気に覚醒した。
彼の放った声は、普段のそれに、程よく錆を含んだ若い男の声が重なって聞こえた。
それが自分の願望であると、彼女は理解していた。
その声は、生まれて初めて聞く音のように彼女の身体と魂に響いた。
生まれ変わったような気分だった。
「ひっでぇツラだな、あんた」
「いつもながらだけどよ。お前と、モドキとはいえお前の同類は強くってな」
血塗れの顔で彼は言う。潰れた左目は、彼のウインクのように見えた。
背に悪魔翼を展開し、左手を杏子の腰に回して彼は異界を飛翔する。
ほぼ裸体の杏子の背には、ナガレのジャケットが羽織らされていた。
布越しに感じる彼の腕の感触と熱い体温、そして血の滑り。
思わず杏子は上唇を舌で舐めていた。思わず欲情したのだろう。肉の襞と袋が痛む様に疼いた。
性癖破壊兵器めと、杏子は内心で思った。どっちもどっちである。
そこに追い縋る巨体。
自棄のドッペルが地を駆けて飛翔し躍り掛かっていた。
「大丈夫か?」
彼は尋ねた。殺害ないし破壊の許可である。
「ああ。あれはヌケガラみてぇなもんだよ。あたしとの関係は切れてる」
杏子は認めた。
「存分に殺っちまえ」
彼女が言った瞬間、彼は黒い流星となってドッペルへと跳んだ。交差する槍と斧槍。
彼の黒翼と体表から溢れる鮮血、そしてリボンを外された杏子の長髪が、まるで連れ合う二頭の竜のように異界の空に靡く。
切断音。
槍を放ったドッペルの右腕が半ばから斬り飛ばされていた。
愕然とした様子で振り返ったドッペルの左腕も後を追うように、こちらは肩で切り裂かれた。
「鈍いんだよ!」
バーカ!と悪罵が続いた。加害者は杏子であり、彼女の左手には真紅の槍が握られていた。
「形変わったな。イメチェンってやつか?」
「あたしなりのリスペクトだよ」
杏子が手に握る槍は、十字の左右を形成する叉が斧の形状に変化していた。
斧の中腹からは垂直の刃が突き出ており十字の形が保たれていたが、確かにこれは彼への、または「ゲッターロボ」という存在への敬意を表する形となっていた。
「だからあんたも、ちったぁあたしを意識しな」
そう言うなり、杏子は彼の唇に自分のそれを重ねた。舌を差し込み彼の舌を舐め、直ぐに離した。
柔らかく熱い少女の唇と舌が離れた直後に彼が思ったのは、奇襲すっこと覚えやがったなこのアマという感慨であった。
例によって、性欲は絶無である。
「さぁて、ケリをつけようか……ナガレ」
言い淀みつつ彼女は言った。
彼をどう呼ぶか、少し迷ったようだった。
そして選ばれたのは何時もの通りの呼び名。
元の名前は今の彼女にとっては遠く、吊り合わないとしたのだろうか。
「ああ。ちいと無茶させてもらうぜ、杏子」
「無茶しなかったコトが、今まであるかよ」
皮肉気に笑いながら、杏子は彼の腰を抱いた右腕の先の五指を開いた。
彼もまた彼女を抱いた左手を彼女の指に絡めた。
重ねられた手の間からは、煌々とした真紅の輝きが放たれていた。
まるで新たな命のように、紅い光が両者の間で育まれていく。
そこに殺到する、無数の魔法少女。そして主を喪って暴走する、ヌケガラと評されたドッペル。
愁嘆場は見たくないとばかりに襲い掛かる様は、嫉妬に思えなくも無い。
その中で両者はそれぞれの得物を前に突き出した。二種の槍が、切っ先を重ねるように寄り添う。
お前、俺の記憶を見たか?
思念の声で彼は尋ねる。
ああ。そんでもって本にまとめた。
杏子は返した。うえっと思いつつ、彼は今はまぁよしとした。
じゃあよ。多分見たよな。
ストナーってのより上かどうか分からねぇけど、こういう時のにピッタリなのがあったねぇ。
なら上等だ。やるぜ。
合わせろよ、あたしに。
抜かせ。お前が俺に合わせんだよ。
ああ、わーったよ。あんたに合わせるあたしに合わせて、あんたが合わせな。
口の減らねぇ女だな。
うっせぇ。帰ったら黙らせてやるから、覚悟しな。
そこで思念を打ち切った。そして同時に力を発動。
二人の身体を、二つの手の間に握られた宝石…ソウルジェムから発せられる光が包む。
真紅の光に、ナガレと半共生状態の魔女の黒い魔力が纏わりつく。
紅と黒が交わり、新たな光となっていく。
光の力が増大し、輝きが増す。
そして顕現したのは、眩い光そのものの色。
金色のような輝きだった。
「「ゲッタァァアアアアシャアアアアアアイン!!!」」
呟くように、だが力強く二人は言った。
ゲッターという言葉は彼にとって複雑に過ぎる意味を持つ。
だがその言葉を使う事に、彼は迷わなかった。
自らの内に潜む魔に打ち勝った者をその手に抱いているが故に。
そしてゲッターという言葉に、杏子は複数の意味を込めた。
望む。
願う。
奪う。
得る。
本来の意味は、今はいい。
自分の欲望を叶え、未来を切り開く力が自分にとってのゲッターであるとの思い。
それを彼女はゲッターという言葉に込めた。
二人の意識が同調した時、ナガレと杏子は光そのものと化した。
眩い巨大な光球の中、二人の輪郭と前に突き出した得物の形状が僅かに見えていた。
そして、二人は叫んだ。
それはゲッターという言葉や己の中の闇に対する適応の、進化の咆哮であった。
「「シャアアアアアインスパァアアアアアアク!!!」」
咆哮は、全てが終わってから遠く聴こえた。
真紅の結界の中を光の渦が通り抜けた後には、破壊だけが広がっていた。
胸を貫かれたドッペルは、僅かに形状を留めた直後に爆発四散し、無数の複製魔法少女達は衝撃と熱波で木っ端みじんに砕け散った。
光が駆け抜けた先には、真紅の世界に開いた黒い渦が巻いていた。
だがそれもやがて、小石を投じて波紋を浮かべた水面が元に戻る様に、自然のままに消えていった。